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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

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雪の魔王(想像図)

199話


 俺がこっそり心の中で「炎上姫と雪のお城」と呼んでいる砦建設は、順調に進んでいた。
 もともと、エレオラ軍の陣地には仮設小屋などを建てている。
 簡単な柵もあり、兵舎もある。というか、ないと確実に凍死する。
 それをぐるっと雪の防壁で囲むだけなので、そんなに難しいことをしている訳ではない。
 ただし、それでもトラブルはひっきりなしに起きる。


 俺が兵糧の調達計画の書類に目を通していると、外が騒がしくなってきた。喧嘩だろうか。
 ここは戦闘訓練を積んだ屈強な人間が、戦うために大勢集まっている場所だ。喧嘩は多い。
 暴動になりそうなら仲裁するのも指揮官の役目なので、俺はひょっこり顔を出す。
 どうやら外の防壁工事現場のようだ。
 あれ、あの声はガーニー兄弟じゃないかな?


「ブッ殺すぞ、てめえ!」
 ガーニー兄が怒鳴っている。弟のほうも怒りの形相を露わにして、今にも変身しそうな勢いだ。やめてくれよ。
 ガーニー兄弟は作業をしている兵士たちに怒鳴っているようだった。
 あれは確か、懲罰部隊としてエレオラ軍にやってきた連中だな。裏切り者のリャーグ伯爵の部下で、スヴェニキ城の守備隊だった兵士たちだ。


「ち、違う! 話を聞いてくれ!」
 懲罰部隊の兵士たちは必死に弁明しようとしているが、頭に血が昇っているガーニー兄弟は聞く耳を持たない。
 このままだと面倒なことになりそうなので、俺は急いで間に割って入る。


「待て待て、どうしたんだ」
 するとガーニー兄が防壁を指さし、こう叫んだ。
「ヴァイト、こいつら壁を壊してやがったんだ!」
 そりゃ本当か。
 傍らを見ると、撤去された雪の塊がゴロゴロ転がっている。こりゃだいぶ作業が後退したな。


 ガーニー弟が叫ぶ。
「ヴァイト、こいつらやっぱりドブニステ家の回しもんだぜ!」
 誰だよドブニステって。
 偶然うまいこと日本語に翻訳しやがって。
 笑いの神に愛されてるな、お前は。


 俺は事態を収拾するため、とりあえず従兄弟のバカ兄弟をなだめる。
「まあ待て、彼らの言い分も聞こう。処罰するかどうかは、それから決めればいい」
 俺が振り返ると、スヴェニキ城の守備隊だった兵士たちは口々に訴えかけてきた。


「この雪じゃ、春先になったら真っ先に融けちまいます」
「黒ずんだ雪はダメなんです。雪洞には向かないんですよ」
「融けるのが早いんです」
 あ、そうだった。
 よく見ると、転がっている雪の塊はどれも中まで泥で汚れている。
 除雪した雪がどこかで紛れ込んだらしいが、これはダメだ。


 ガーニー兄弟は意味がわからないらしく、まだ怒っている。
「色が関係あるかよ! 見てくれなんか問題じゃねえんだ!」
「そんな適当な嘘で騙されると思ってんのか! なあ、ヴァイト?」
 俺はにっこり笑ってやった。


「いや。彼らの言い分が正しいぞ」
「ほらみろ! だから……え?」
 ガーニー弟が振り返り、目をパチパチさせる。
「ヴァイト、今なんて?」
 俺は二人の理解力を思い出しながら、なるべく平易な言葉で説明してやった。


「黒っぽい色は日の光をよく蓄える。温まりやすいんだ。だから雪国では、除雪した雪を早く溶かすために黒い砂をまいたりする」
「ほえ……」
「相変わらず詳しいな、お前……」
 人狼の隠れ里にはあまり雪が降らなかったが、前世の祖母が山間部暮らしだったからな。
 そのときに聞いた話だ。


 それでやめておけばいいのに、俺はつい余計なことまで言ってしまう。
「逆に白い色は温まりにくい。ほらベルーザやロッツォは、建物も服装も白っぽい色だっただろう? あのへんは暑いからな。白いほうが涼しいんだよ」
 ガーニー兄弟は顔を見合わせ、ひそひそ話を始めた。


「兄ちゃん覚えてる?」
「覚えてる訳ねえだろ」
 やっぱり無理か。言うんじゃなかった。
 しかしガーニー兄は、こう続ける。
「ヴァイトの言うことに間違いなんかねえんだ。いいからうなずいとけ」
「わかった、兄ちゃん」
 聞こえてるぞ。


「あ、ああ……そう! そうだったな!」
「白かった! 太守の髪の毛まで白かったからな!」
 それは何の関係もない。
 でもとりあえず場が丸く収まったから何でもいいんだ。
 ガーニー兄弟に多くを期待してはいけない。


 俺は二人に笑いかける。
「雪国育ちの兵士を侮るなよ。ほら、お前たちが勘違いしてたんだ。ちゃんと謝れ」
「おう……それもそうだな」
 二人はうなずくと、懲罰部隊の兵士たちにぺこりと頭を下げた。


「すまん、俺たちが間違っていた」
「疑って悪かった。許してくれ」
 以前なら人間に頭を下げるなど絶対に認めなかっただろうが、ガーニー兄弟も色々経験して少し成長したらしい。
 あっさり頭を下げる二人に、兵士たちが呆気にとられている。


 俺は懲罰部隊の兵士たちにも笑顔を向けた。
「ミラルディア兵は雪に詳しくないものでな。だが貴殿たちがいたおかげで助かった。これは貴殿たちの功績だ。報告しておこう」
 兵士たちの表情がパッと明るくなり、露骨に安堵の表情へと変化した。
 功績を重ねれば懲罰任務からも解放され、また元の生活に戻れるのだ。


 俺は黒ずんだ雪を使わないよう改めて指示を徹底させ、懲罰部隊の兵士たちに向き直った。
「それにしても、なぜエレオラ軍の陣地のためにここまでしてくれたんだ? 貴殿たちはドニエスク軍の兵士だろう?」
 俺なんか彼らの主君の仇だからな。
 恨まれるのが筋だ。


 すると彼らは笑いながら首を横に振った。
「主君のリャーグ様には、確かに御恩がありました。しかしリャーグ様も亡くなられ、奉公すべき方がおられません」
「自分たちがドニエスク側に忠誠を誓っても、あっちはお呼びじゃないでしょうし……」
「俺たちにも家族がおります。早く自由になって、家に帰りたいんですよ」


 裏切ったリャーグ伯爵はそれなりに慕われていたようだが、一般の兵士ならこんなもんか。
 彼らにとって領主は勤務先の社長に過ぎないしな。彼らはドニエスクグループのリャーグ社に勤めていた社員だ。
「貴殿たちの懲罰任務が早く終わり、いずれスヴェニキ城の守備にも戻れるよう、私からも働きかけておこう」
「ありがとうございます」
 彼らは俺たちの正体に気づいているのか、怯えたように頭を下げた。


 スヴェニキ城の守備隊の一部は、襲撃してきた人狼隊を目撃している。
 軍法会議では人狼のことも話題に出たようだが、末端の兵士、しかも裏切り者の言うことなど誰もまともに聞いてくれない。
 彼らは少数の兵士に城を奪われた無能集団として、他の貴族たちから処分されかかっていたのだ。
 人狼に殺されたり命を救われたり、彼らも波乱万丈だなあ。


 そんな感じでときどきトラブルは起こりつつも、工事は無事に進んでいく。
 湖上城に籠城しているウォーロイ軍も、こちらの動きには気づいているようだ。
 しかし対岸ではアシュレイ軍が虎視眈々と隙をうかがっているため、なかなか手出しはできないようだった。


 目下の悩みは、やはり雪が足りないことだ。
 防壁をもっと高くしたい。本格的な城壁同様、攻城用の長梯子がないと登れない高さにしたいのだ。
 しかしこれには途方もない量の雪が必要なので、さすがに全然足りない。氷も作っているが、それでもまだ足りない。
 近場の新雪は全部集めてしまったし、下のほうの泥まみれの雪を使うとそこから融けてくる。


 作業監督をしていたボルシュ副官が、難しい顔をして戻ってきた。
「現状では、歩兵の侵入を防ぐには心許ないですな。騎兵突撃と矢を防ぐのには十分すぎるのですが」
「これは雪集め部隊でも編制するしかないかな?」
 俺が苦笑したとき、魔撃大隊のレンコフ小隊長が入ってきた。
「ヴァイト卿、懲罰部隊の兵士たちから報告があるそうです」


 早速工事現場に出かけて、彼らから話を聞くことにする。
 すると懲罰部隊の小隊長が進み出た。
「ヴァイト様、おそらく今夜遅くに大雪が来ます。皆に暖を取るよう手配をお願いいたします。それと明日、雪を集める準備を」
 初老の戦士は節くれ立った指で、遠くの山を指さした。


「地元の者が雪狼山と呼んでおる山です。この季節はあそこに雪雲がかかることはまずありませんが、かかれば必ず大雪になります」
 この辺りの言い伝えでは、数十年に一度の大雪が降るという。
 幼い頃に実際に体験したそうだ。


 スヴェニキ城はここからそれほど遠くないから、スヴェニキ城の守備兵たちはこの周辺の地理や気候に詳しい。
 俺は老兵の言葉を信じることにした。降雪予報が外れても失うものは何もないし、当たっていた場合は凍死者が出るかもしれない。
「わかった、すぐに手配しよう。恵みの雪になりそうだ」


 もちろん、これも忘れない。
「また貴殿たちに助けられたな。貴殿たちの功績として、責任をもって報告しておく」
 嬉しそうな顔をする兵士たち。
 せっかくだ、後で酒でも振る舞ってやろう。


 その夜遅く、老兵の言葉通りに雪がひっそりと降りはじめた。
 前が見えなくなるほどの大雪だ。風に舞いながら、大きな雪片がどんどん降ってくる。
「あ、ヴァイトさん。ダメですよ、薄着だと風邪ひきますよ」
 ラシィがやってきて、俺の首にマフラーをぐるぐる巻きにしてきた。
 ますます田舎のおばあちゃんっぽくなってきたな、お前。


 ラシィは空を見上げ、ミラルディアではまずお目にかかれない雪の乱舞に目を丸くする。
「クラウヘンより凄いですね、これ」
「ロルムンドでも数十年に一度らしいからな」
「天佑ってやつですね!」
「偶然にしてはできすぎてるな」
 数十年に一度の豪雪が、ちょうど雪が不足するタイミングに降るなんて運が良すぎる。


 俺はふと、老兵が指さした山を見た。南の方角だ。
「南か……」
 南にはもちろん、ミラルディアがある。
 俺はふと、ダイヤモンドダストをまとったちっこい大賢者のことを思いだした。
 まさかな。


 師匠は師匠で、魔王軍を束ねる仕事がある。転移魔法でここまで飛んでくることはできないし、こちらの状況を伝えることもできない。
 あ、でもミラルディアには占星術師のミーティがいたか。可能性はあるか。
 いやでも、まさかなあ。


 俺と同じことを考えたのか、ラシィが腕組みして難しい顔をする。
「これもしかして、モヴィちゃん先生が……?」
「さあ、どうだろうな……」
 無事に帰れたら聞いてみよう。


 俺はふと、北壁山脈の遙か上空に浮かぶ大賢者ゴモヴィロアの姿を想像した。
 凍てつく冷気をまといながら、くるくると楽しげに舞う師匠の姿だ。
『ふふ、わしがおらんとあやつはダメじゃからのう』
 そんなつぶやきまで、なんだか聞こえてくるような気がした。


「まさかとは思うけど、一応念のために感謝しておこう」
 俺は南に向かって頭を下げる。ラシィもそれに続いて、ぺこりと頭を下げた。
 俺たちは頭を上げて、顔を見合わせる。
「寒いな……」
「あ、そうだ。魔撃大隊の人たちが甘い豆のスープを作ってくれました。すごく美味しいですよ、ぽかぽかしてきました」
「お、いいな。俺ももらおうか」
 明日は忙しくなりそうだ。
 頑張りますよ、師匠。
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