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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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内乱への道

188話


 俺はエレオラ邸に戻ると、エレオラに状況を報告して各所に手配を回した。緊急事態だけに初動が肝心だ。各勢力の動きや味方の状態を把握することも大事だが、こちらの動きを悟られてはいけない。密使を送るのにも神経を使う。
 ほとんど夜通しで人員を動かして、夜明け前に俺はようやく一息つくことができた。


 魔撃大隊のナタリア四等士官が紅茶とサンドイッチを持ってやってくる。この匂い、具はローストビーフだな。
「ヴァイト卿、夜食いかがですか?」
「ああ、すまない。そうだ、うちの連中にも食わせてやってくれないか?」
「大丈夫です、同じものをメイドさんたちが配ってますから」
 さすがエレオラのお気に入りだけあって、気が利くな。


 ちょうどそのとき眠そうな顔をしたカイトとラシィが戻ってきたので、俺はみんなでローストビーフサンドを食べることにする。
「これからどうなりますかね?」
 ガツガツとサンドイッチを頬張りながら、カイトが少し不安そうにしている。
 不安なのは俺も同じだ。


 帝位継承権二位のドニエスク公が、第三位のイヴァン皇子に暗殺された。
 そう考えれば、帝位を狙っての行動と取れる。
 少なくともロルムンド人はみんなそう思うだろう。
 だからイヴァン皇子は、ドニエスク公殺害を隠し通すに違いない。父親殺しは大罪だしな。
 ……いや、あの方法があるな。
 俺も嫌な具合に暗殺慣れしてるから、無駄に経験だけは積んでいる。


 そこまで考えてから、俺はこう答える。
「もしイヴァン皇子が帝位を欲しているとすれば、北ロルムンドの兵力を動員して西ロルムンドに侵攻かな」
「また戦争ですか」
 カイトが嫌そうな顔をする。
 ラシィも不安そうだ。
「戦争になったら私たち、どうなっちゃうんですか?」
 わからないよ、そんなの。


 そうは思ったが、突き放すのもかわいそうだ。
 俺はまた考え、こう答えるしかなかった。
「俺たちはエレオラ派だから、アシュレイ皇子とイヴァン皇子の争いには中立の立場でいられるな。様子を見て、どっちかに味方することになるだろうが……」
 イヴァン皇子側に大義がないから、こっちに味方するのは危険だ。


 かといって現段階では、アシュレイ皇子に味方する理由もあまり見あたらない。
 そもそも今の段階でアシュレイ皇子に協力したら、ドニエスク派を監視していたのがバレてしまう。
 アシュレイ皇子が異変に気づくまでは、知らん顔してるしかないな。


 これをラシィにわかるように説明するのが面倒だったので、俺は要点だけ伝えることにした。
「戦争になったところで、カイトとラシィはまだ戦場で戦う必要はない。そういうのは俺と人狼隊に任せておけ」
 するとお盆を持ったまま話を聞いていたナタリアが、ここぞとばかりに主張してきた。
「第二〇九魔撃大隊も戦いますよ。東ロルムンドの領主たちも、きっとエレオラ殿下の味方ですし」
「カストニエフ卿が声をかければ、そうなるだろうな」


 そこにハマームが戻ってきた。
「アシュレイ皇子の動静ですが、まだ事態に気づいていないようです」
「気づいていないふりをしているかもしれない。交代で兵の動きを見張らせよう。ハマーム隊は引き継ぎをしたら休んでくれ」
「はい、副官」
 カストニエフ卿には連絡したし、レコーミャ卿たちにも身辺に警戒するよう伝えてある。


 するとエレオラ邸の警備にあたっていたファーンお姉ちゃんが、サンドイッチを片手に部屋にやってきた。
「夜食もらってるけど、ヴァイトくんも食べてる?」
「ああ、食べてる。交代で休んでくれ」
 俺の言葉に、ファーンお姉ちゃんが怖い顔をする。
「だったらヴァイトくんも休まないと。夜が明けたら、きっと今より忙しくなるよ? ヴァイトくんは交代できる人がいないんだから」
 それもそうだ。


 俺は落ち着かない気分だったが、ローストビーフサンドを全部食べると立ち上がった。
「よし、夜明けまで寝てくる。何かあれば……そうだな、エレオラ殿に報告しろ」


 自室に戻った俺に、急に睡魔が襲ってくる。
 時刻はわからないが、冬だから夜明けまでまだ数時間あるだろう。
 俺はベッドにぶっ倒れると、そのまま目を閉じた。


 翌朝、俺は昼前に起きた。
 南中している太陽を見上げ、俺は目をこする。
「……誰も起こしてくれなかったのか?」
 返事はない。


 俺がみんなの集まる客間に行くと、人狼隊の連中もそこかしこにぶっ倒れていた。ガーニー兄弟が戸口で寝ているので、邪魔な巨体を適当に踏んづけながら室内に入る。
「おはよう。どうだ、その後は?」
 早めに休んでいたジェリク隊の連中が振り返る。
「隊長、寝てなくていいのか?」
「まだ何にも連絡はないよ」
 意外だな。


 俺がソファに腰掛けると、背後からモンザが忍び寄ってきた。手にブラシを持っている。
「あーもう隊長、寝癖直さないとダメだって」
「寝癖? 夕方には直るさ」
「もう昼だし。ほら、頭出して」
 髪型なんかどうでもいいのに。
 言い争うのも面倒なので、俺はモンザに好きなように髪をいじらせる。


「ところで何か報告はないか?」
「んー……うちの隊はないねえ。あ、動いちゃダメだってば」
 頭を押さえつけられた。
 モンザは俺の頭をブラシでゴシゴシやりながら、こう続けた。
「カストニエフ卿のほうは予定通り。早馬を領地に送ったって」
 郷士たちに合戦の準備をさせる手はずだ。農閑期だからそれは問題ないが、雪が積もるので出兵には時間がかかる。


 そこにファーンお姉ちゃんが入ってきて、モンザの手からブラシを受け取る。
「ヴァイトくんの髪は癖毛だから、もっと強くやらないと。ほら、こう」
 痛いんですが。
 やめてくれない?


 ファーンお姉ちゃんは俺の寝癖を直すという非生産的な作業をしながら、こんな話をしてくれた。
「ボルシュ副官がノヴィエスク城に戻ったよ。魔撃大隊にも動員かけてくれるって」
 第二〇九魔撃大隊は少数だが、市街戦のプロフェッショナルだ。城門を吹っ飛ばせる歩兵もいれば、騎鳥を駆って裏路地を走り回れる騎兵もいる。
 立場上変身できない人狼隊より、ここでは強いかもしれない。


「こちらの動きは気づかれていないか?」
 軍を動かしていることが露見すると、まずいことになる。
 するとジェリクが屋敷の蝶番を勝手に修理しながら返事した。
「大将、宮殿を監視してる分隊からは定時報告だけだ。大丈夫じゃねえかな?」
 だといいんだが。


 午後にはカストニエフ卿もやってきて、今後の相談が始まる。
「驚きですな。イヴァン殿下がそのような暴挙に出られるとは。焦り過ぎではありませんか?」
 カストニエフ卿の言葉に、俺はうなずく。
「イヴァン皇子は持病があったようなのです。そして息子は一人。自分が死んだ後のことを考え、自分の手を汚して改革を成し遂げようとしているのでしょう」
「なるほど、持病ですか……」


 カストニエフ卿は少し考え込むと、俺に言った。
「そういう事情であれば、こちらは長期戦に持ち込むのが良策でしょうな。焦れば焦るほど、イヴァン殿下の策は拙速になります」
 いざとなればイヴァン皇子の余命が尽きるまで粘ればいいんだしな。
 しかし、さらりと酷いことを言う人だ。
 ロルムンド人はみんなこうだから怖い。


 その日の午後、ウォーロイ皇子とリューニエ皇子がドニエスク邸を出たとの報告があった。
 ハマーム隊がそのまま馬車を追跡していったので、後のことは任せる。今回はしっかり準備していたので、追跡に失敗することはないだろう。
 このまま泳がせて本拠地を探ってきてもらう予定だ。


 宮殿内部で動きがあったのは、さらに一晩が過ぎてからだった。
「アシュレイ皇子が近衛連隊に召集をかけました。今は宮殿の警備に専念しているようですが、近隣の領主たちにも使者を送っているようです」
 報告をもたらしてくれたのは、宮殿に入り浸っているレコーミャ卿たちからだった。


 アシュレイ皇子がどうやってどんな情報を手に入れたかはわからないが、この動きは明らかに戦争の支度だ。
「平穏に戴冠式を迎えられたのは、ここ数代では先帝のときぐらいでしたが……」
 レコーミャ卿はそう言って、苦笑いしてみせた。
「できれば何事もなく、ミラルディアの領地でももらって南国気分で余生を過ごしたかったんですがね」
 俺はそれを阻止するために来ているので、北ロルムンドか西ロルムンドの領地で我慢してください。
 たぶん今回のゴタゴタで領主が何人かいなくなるから。


 そのとき客間にナタリアが駆け込んできた。
「大変です! ドニエスク家のイヴァン皇子が、アシュレイ皇子討伐のために挙兵しました!」
「なんだって!?」
 レコーミャ卿がイスから飛び上がる。
「名目は!?」
「えーと……『アシュレイ皇子は帝位を守らんとして、ドニエスク公を暗殺した。我々北ロルムンド連合は暴虐の皇子アシュレイを打倒し、帝位を正当な血筋に取り戻さんとするものである』だそうです!」


 自分で暗殺しておいて、政敵に全部押しつける作戦だ。俺が以前、ミラルディアの元老院にやられた方法でもある。
 もっとも、これを信じてもらえるかどうかは日頃の行い次第だろう。ドニエスク家は謀略の一族だというのは知られているから、ちょっと弱い気がする。


「よし!」
 俺がうなずくと、レコーミャ卿が緊張した顔つきになる。
「いよいよ戦ですか?」
「いや」
 俺は首を横に振った。
「巻き添えを食らわないように、このまま傍観する」
「え?」
 表向きはね。
※明日1月5日の更新ですが、風邪と書籍化作業が原因で臨時休業にさせて頂く可能性があります。何とか更新したいと思いますが、休載した場合は申し訳ありません。
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