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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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伯父と姪

175話


 俺はエレオラ邸の窓から外を眺め、午後の日差しを見つめる。
 南向きの窓から見える景色の遙か彼方には、懐かしいミラルディアがあるはずだ。
 みんな元気にしてるだろうか。


「どしたの、ヴァイトくん? もしかして人狼の隠れ里が懐かしい? それとも、リューンハイトのほうかな?」
 ファーンお姉ちゃんがクスクス笑いながらそんなことを言うので、俺は苦笑してしまう。
「どっちもだよ。早く終わらせて、春になったらみんなで帰りたいな」
 ロルムンドの短い夏が終わり、秋が近づいていた。


「ヴァイトくん、最近はエレオラさんのとこにも結構人が来るようになったね。警備がもう大変」
「あの気むずかしい皇女様の代わりに、俺が道化師になってるからなあ……」
 俺は「決闘外交」によって帝都の貴族たちとかなり親しくなったが、どうやらエレオラ派につきたい貴族もそれなりにいるようだ。


 理由はもちろん、自分自身の利益のためである。
 貴族には一族と大勢の使用人を養う義務がある。事業主みたいなものだから、「この御方を皇帝にしたい!」などという理想で突っ走ったりはしない。
 だから当然のように、彼らの協力を得るには見返りが必要になる。


 エレオラは今まで特に見返りが期待できるポジションではなかったが、今は俺という「打出の小槌」がいる。
 みんなミラルディアの土地が気になっているから、俺の何気ない一言でグラグラと揺さぶられている様子だ。


 俺がそんなことを考えていると、ドアがノックされてエレオラが入室してきた。
「ここにいたのか、ヴァイト卿」
「どうした、夕飯か?」
「それなら自分で探したりはせんよ、一応この屋敷の主だからな。それより、ノヴィエスク城への帰還は延期することにした」


 帰りたがり皇女様が意外なことを言うので、俺とファーンお姉ちゃんは顔を見合わせる。
「どしたの、エレオラさん?」
 ファーンお姉ちゃんの問いに、エレオラは困りきった様子で溜息をついた。
「伯父上……カストニエフ卿がこちらに来るそうだ。私がいつまで経っても帰ってこないので、様子を見に来るらしい」
 心配性の伯父さんだ。


 ちょうどいい機会なので、俺は前々から気になっていたことを切り出してみることにした。
「カストニエフ卿は信頼できる身内だと思うのだが、貴殿はそう思えないのか?」
 するとエレオラはイスに腰掛け、遠い目をする。
「信じたいのだが、どうしても信じられないのだよ。……以前、私の乳母が私の暗殺を企てた話はしたな?」
 ああ、十年ぶりに再会したら命を狙われたというヤツか。


 エレオラは額に手を置いて顔を隠しながら、うめくようにつぶやく。
「その乳母に暗殺を命じた黒幕は最後までわからなかったが、乳母はカストニエフ卿の使用人だった」
 そりゃ怪しいな。
「私が生まれたときにカストニエフ卿がよこしてくれて、私の養育が終わった後もカストニエフ家に戻っていたのだ」


 確かにそれは怪しみたくもなるが、それならそうと早く言ってくれればいいのに。
 そう言おうと思ったが、エレオラのつらそうな表情を見ると俺は何も言えなくなってしまった。
 ロルムンド貴族は赤ん坊の養育を乳母たちに丸投げするから、乳母は実の母より身近な存在になることが多いという。
 それが命を狙ってきたら、人間不信にもなるな。


 ただ暗殺というのは一般的に、黒幕がバレバレでは意味がない。
 カストニエフ家に深く関わっていた者が実行犯になったら、カストニエフ卿が真っ先に疑われる。
「俺がカストニエフ卿で、貴殿を暗殺するつもりなら、自分の家の使用人など使わんぞ」


 エレオラは手をおろして俺の顔を見る。
「では誰が彼女に命じたというのだ? 当時の情勢を考えれば一番怪しいのはドニエスク家だが、彼らとの接点がない」
「そこまでは調べられなかったのか」
「当時の私は十四だぞ? 今なら憲兵を使うこともできるが、あの頃はまだ一介の学生だった」
 それで暗殺者を返り討ちにしてるんだから、やっぱりこいつただ者じゃないよ。


 エレオラは肌身離さず持ち歩いている魔撃書を撫でながら、こう続けた。
「信じてしまうと、裏切られたときに心が痛む。それだけではない。私にも部下や家臣がいる。彼らを守るためにも、警戒は怠れないのだ」
 なるほど、彼女の立場もわかる。


 だが俺は違う考えを口にした。
「だからといって誰も信用しないままでは、味方は増えないぞ。ときには思い切って信じてみることも必要だ」
 するとエレオラは少し不満そうな顔をする。
「それは貴殿が人狼だから可能なのだろう。悪意や敵意に敏感に反応できるし、直接戦闘でもまず負けることはない。だが私はそうもいかない」
 それを言われると、確かに人狼で魔術師の俺はずいぶん恵まれてるんだが……。


 しょうがない。
 ここは頼れる副官タイプ、堅実な仕事ぶりに定評のある人狼のヴァイトさんがサポートしてやろう。
 エレオラ皇女がプレイする帝位簒奪シナリオ、まずはチュートリアルモードだ。
 初期ボーナスで頼れる味方をもう一人作ってやるぞ。
「エレオラ、それでもやはり信頼できる味方は必要だ。有能な味方を一人でも多く作る必要がある」


 俺は頭の中で、これからの予定を組み立てる。
「カストニエフ卿がこちらに来るのなら、ちょうどいい。俺が彼と話をして、真意を確かめてみよう」
 エレオラは眉をぴくりと動かし、急に汗の匂いを漂わせ始めた。人間が不安なときに発する匂いだ。


 俺はエレオラの不安を和らげるために、笑顔を浮かべてみせる。
「心配するな、エレオラ。レコーミャ卿をみるがいい。俺の手腕を信用しろ」
 アシュレイ派の下っ端だったレコーミャ卿は、エレオラ派に転向してからは毎日せっせと宮廷内の情報を運んできてくれている。


 エレオラは彼の名を聞いて、ふと表情を緩めた。
「私は宮爵たちとは縁がなかったので、レコーミャ卿の働きには感謝しているよ。宮廷内で私の支持者を増やしてくれているようだな」
 レコーミャ卿の頭の中には、温暖で豊かなミラルディアの領主となったイメージが浮かんでいるのかもしれない。
 エレオラが皇帝になれば、彼にはロルムンドでもミラルディアでも好きなだけ領地をあげられるだろう。


「帝国内ではまだまだ弱小勢力の我々だが、ミラルディア領という切り札がある。そう難しいものではない。俺を信じろ」
 エレオラはまだ少し迷っている様子だったが、最後には俺に頭を下げた。
「すまない、ヴァイト卿。皇女としてだけではなく、姪としても伯父上の本当の気持ちが知りたい。力を貸してくれ」
「ああ、任せてくれ」


 いつもの癖で、また安請け合いしてしまった。
 まあ何とかなるだろう。
 たぶん。
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