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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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戦の皇子

人狼172話


 エレオラ邸の庭園に、大柄な青年貴族が入ってきた。こちらにまっすぐ歩いてくる。ぞろぞろと取り巻きがくっついていた。
「ヴァイトさん、たぶんあれってドニエスク家の次男・ウォーロイ皇子ですよ。継承権第四位です」
 あれが野心家ファミリーの次男坊か。
 俺に何の用だろうな。


 ドニエスク家の次男坊がやってくると、その場にいた他の貴族たちはそれぞれ距離を取り始めた。
 ドニエスク派はそれなりに、他の派閥はかなりの距離を。
 どうやらみんな、あの次男坊が怖いらしい。


 のしのしとやってくる青年は、皇子にしておくのが惜しいような巨漢だ。よく鍛えられていて、ガーニー兄弟と比べても遜色はない。
 歩き方にちょっと品がないが、足取りそのものは訓練された戦士のそれだ。


 休憩していた俺は立ち上がり、彼に会釈する。
「はじめまして、ヴァイト・グルン・フリーデンリヒターと申します。ウォーロイ殿下であらせられますか?」
「ああ、そうだ。おっと悪い、先触れをよこすのを忘れていた。申し訳ない」
 屈強な青年は照れ笑いを浮かべると、堂々と名乗った。
「俺はドニエスク家次男、ウォーロイ・ボリシェヴィキ・ドニエスク・ロルムンドだ。よろしくな、ヴァイト卿」
 いい笑顔だった。


 ウォーロイ皇子はイスに座ると、大声で給仕を呼ぶ。
「ヴァイト卿と少し歓談したい! 何でも構わん、適当に軽食を運んできてくれ!」
 遠巻きに様子を見ていたエレオラの使用人たちが、慌てて一礼してサンドイッチと紅茶を運んでくる。


 他の貴族や使用人たちがおそるおそるこちらを見ている中、ウォーロイ皇子は笑顔で俺に話しかけてくる。
「どうだ、謀棋でもやるか?」
 彼のいう「謀棋」とは、ロルムンド式チェスのことだ。
 駒には飛車や角のように動きの派手な「武官タイプ」と、金や銀のように動きの地味な「文官タイプ」の二種類があり、「文官タイプ」は将棋のように相手の駒を取れる。
 という程度のルールは知っているが、俺はまともにやったことがない。


 俺は内心の動揺を隠して微笑み、首を横に振る。
「私と盤面遊技をするためにいらしたのではないでしょう。本題をどうぞ、殿下」
「おお、話が早いな。助かる」
 ウォーロイ皇子は嬉しそうな顔でうなずき、こう続けた。


「親父……っといかん、ドニエスク公配下でも指折りの剣客をああもあっさり打ち負かすとは、貴殿は何者だ?」
「ただの副官ですよ」
「副官?」
「はい。エレオラ様の副官のつもりでおります」
 うっかりいつもの口癖が出てしまったので、俺は慌ててごまかした。
 ごまかせたかな?


 ウォーロイ皇子は嬉しそうにニヤニヤ笑い、イスの背もたれに堂々と体を預ける。
「ドニエスク家の皇子に、その物言いはなかなか大胆だな」
 エレオラ派アピールと受け止められたらしい。
 しかしウォーロイ皇子は笑顔だ。
「貴殿は面白いな! 何か話を聞かせてくれ!」
 何かって何?


 唐突な無茶振りではあったが、この手のグイグイ来るヤツはガーニー兄弟で慣れている。
「ではまず、先日の決闘の件でドニエスク家に謝罪をさせてください。エレオラ様の名誉を守るための戦いだったのです」


 するとウォーロイ皇子は不思議そうな顔をして、それから煩わしげに手を振った。
「ああ、あんな男はどうでもいい。むしろ俺が謝罪したいぐらいだ。立場上、そうもいかんがな。それよりもっと面白い話題をいくつも持っているだろう? なんでもいいぞ」
 なんなのこの人。


 この体育会系皇子様が好きそうな話題か。
 よく見ると、この皇子はサーベルにしてもブーツにしても実用一点張りだ。装飾は申し訳程度で、とにかく丈夫そうなのを身につけている。
 前世だとアウトドアグッズとか迷彩色とかが好きなタイプだな、きっと。


 俺は微笑み、こう答える。
「決闘の極意など、お聞かせいたしましょうか?」
「ああ、そいつは興味があるな」
 俺は庭の向こうで行われているウォッド爺さんの講習会を眺めながら、皇子に説明した。


「簡単なことです。決闘のために整えられた剣術は決まった様式があり、動きを読むのはたやすいことです。戦場での組み討ちに比べれば、約束稽古と変わりません」
「戦場、か。貴殿はさぞかし、多くの戦場を経験してきたのだろうな」
 ウォーロイ皇子の口調は、どこか羨ましそうでもあった。
 勇ましいことが好きな性格のようだ。


 皇子は溜息をつき、周囲に他の者がいないことを確認してからつぶやく。
「男系皇子の俺には、戦場での組み討ちなど許されぬ。せめて俺もエレオラのように、女系の生まれであれば良かったものを」
「何をおっしゃいます。それでは帝位から遠のいてしまいますぞ」
 ニヤリと笑ってみせる俺。


 ウォーロイ皇子は苦笑し、頭をかいた。
「まあな。俺とて帝室に生まれた以上、皇帝の宝冠に興味がないといえば嘘になる。伯父上やアシュレイに不満がある訳ではないが、俺だって国のために大きな仕事をしたいのだ」
 初対面の人間……いや人狼だが、とにかく初対面の者に簡単に野心をぶっちゃける人だな。
 それならこっちも遠慮なく訊いてみようか。


「帝位を争われるおつもりですか、ウォーロイ殿下?」
「いや、それは無理だろう。アシュレイが皇帝にならなかったとしても、次の候補はうちの親父だ。兄貴もいるしな」
「たった三人、何か起これば良いだけの話ではありませんか?」
 俺がそそのかすような口振りで笑うと、ウォーロイ皇子は急に不機嫌になる。


「おいよせ、やめてくれ。俺は親父や兄貴に何か起きることなど、想像したくもない。そんな話題をするつもりなら、俺はもう帰らせてもらうぞ?」
 いや、帰ってくれていいんですよ。呼んだ訳じゃないし。
 だが彼が本気でこの話題を嫌がっているのは、汗の匂いでもわかる。
 少なくとも親兄弟をブッ殺して帝位を奪おうというタイプではないようだ。


 俺はすぐさま謝罪する。
「失礼いたしました、殿下。私は殿下を誤解していたようです」
 ウォーロイ皇子は腕組みをし、それから溜息をついた。
「誤解か……まあ、会っていきなり野心を打ち明けていれば、誤解もされるな。いや、俺も悪かった」
 強引だけど素直なヤツだな。


 皇子はそれから、自分の理想についてあれこれと語り始めた。とにかく押しの強い男だ。
「アシュレイは良い皇帝になるだろう。農業で国を豊かにする力がある。エレオラも悪くない。あいつは時代を先取りするような学問や技術に長けている」
 確かにアシュレイ皇子は農学や薬学が得意そうにみえる。エレオラは魔法や工学が専門で、軍事転用が得意だ。どちらも研究者タイプだな。
 このウォーロイ皇子、短慮にみえるが意外とまともな分析をしている。
 さすがは皇子といったところか。


 もっとも彼は、こう付け加えるのも忘れていなかった。
「だがな。俺ならロルムンドをもっと強大な国にしてみせるぞ。まずは強い軍隊だ。領主どもの手勢を集めさせているようでは、帝国としてもおぼつかん。国家によって完璧に統制された軍隊、皇帝の軍隊がもっと必要だ。そうすれば魔物や他国、それに反乱に怯える必要がなくなる。落ち着いて開拓や内政もできるだろう。もちろん同胞としてミラルディアも守ってやれる。どうだ、良いと思わんか?」
 どうだといわれても……ウォーロイ皇子は軍事が専門か。
 それにしてもこの人、なんでこんなに積極的に俺にアピールしてるんだろう。


 なんとなく不気味に思った俺だったが、すぐに理由がわかった。
 ウォーロイ皇子は、ミラルディアの土地と人間に興味があるのだろう。
 よく考えるまでもなく、俺はミラルディアの代表としてここに来ている。
 だから俺を自陣営に取り込めば、温暖で豊かなミラルディアが手に入るのだ。


 俺は少し考え、こう答えた。
「私は現在、エレオラ様にお仕えしております。決闘のような些事はともかく、重要な案件はエレオラ様の許可が必要です」
「命と名誉を賭けた決闘を些事と言ったか。さすがに戦場帰りは違うな! 気に入った!」
 ウォーロイ皇子は今すぐにでも俺を袋詰めして持って帰りそうな雰囲気だ。
 やだこの人怖い。


 彼はすぐさま立ち上がり、エレオラ邸を振り仰ぐ。
「考えてみれば、まずは屋敷の主であるエレオラに挨拶するのが筋であったな。よし、挨拶がてら貴殿をくれと頼んでくる」
 いや、無理だと思うよ?
 俺がどう答えるか考えているうちに、ウォーロイ皇子は大股で屋敷のほうに歩き去ってしまった。
 変な皇子だ……。
※明日12月13日(日)は定休日です。
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