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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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温室の皇子(前編)

167話


 鮮血伯と畏れられるなんとかスキー宮伯爵は、翌日かなり強引に宮殿に乗り込んできたという。
 目的はもちろん、俺が人狼であることを直訴するためだ。


 俺を宮殿に呼び出したアシュレイ皇子は、苦笑まじりに首を振る。
「困ったものです。彼が叔父であるドニエスク公の支持者なのはわかっていますが、帝室の判断をないがしろにされては黙っていられません」
 鮮血伯の訴えはもちろん全く相手にされなかったが、問題はそこではなかった。
 宮廷魔術師たちが激怒したのだ。


 ロルムンドの魔法の水準はそれほど高くない。魔法の道具を作り出すのに重点が置かれ、個人の魔法はさほど重視されていないのだ。
 それでも宮廷魔術師ともなれば相当なものだ。プライドも立場もある。


『ヴァイト卿は人狼だ!』
『ヴァイト卿は人間です。我々が念入りに魔法で調べております』
『だが私はこの目で見たのだ!』
『貴殿の目が我々の魔法より確かならば、貴殿が宮廷魔術師になられるがよろしいでしょう』


 だいたいこんな感じのやりとりがあったと聞く。
 気の毒だが、彼が何を訴えても無駄だ。決闘に負けた腹いせとしか思われないしな。
 アシュレイ皇子が俺に謝罪する。
「ロルムンド帝国のために力を尽くそうというお気持ちで参られたあなたに対して、あのような物言いは許せません。ロルムンド人の品位にも関わります」


 俺は苦笑してみせた。
「いえ、異国の者ですから疑われるのも仕方ありません。伯爵のお見舞いにおうかがいしたときも、あまり歓迎されませんでした」
「伯爵の見舞いに行かれたのですか。それなのにシュメニフスキー卿はなんという非礼を」
 アシュレイ皇子はほんの一瞬だが、不快そうな表情を浮かべる。


「申し訳ありません、ヴァイト卿。ミラルディアの指導者であるあなたに対して、私が陛下に代わって謝罪いたします」
「いけません殿下。私は帝国の庇護を求め、その代わりに帝国に惜しみない協力をする者です。私などに軽々しく謝罪なさっては、秩序が乱れます」
 もっともらしい顔で恐縮しつつ、内心でペロリと舌を出す俺。


 アシュレイ皇子は少し悩み、こう答えた。
「では私の誠意の証として、今後このようなことがあれば私の名において帝室侮辱罪を適用し、その者を処罰いたしましょう」
 よし。
 これで今後俺を魔族よばわりするヤツがいたら、アシュレイ皇子に言いつけてやる。


 俺はついでにアシュレイ皇子と少し話をしたが、聡明で穏和な性格だと感じた。噂通りだ。
「エレオラ殿については、私も心を痛めていました。あまり顔を合わせることはありませんが、大事な従妹ですから」
 おや、嘘をついている様子はないな。


「ですがエレオラ殿が無事に任務を終えて帰国され、帝国も悲願であった領土拡大を果たせました。ミラルディアには期待しています」
「お任せください、アシュレイ殿下。ミラルディアが帝国領となった場合は、どうかミラルディアに慈悲ある配慮を」
 俺はエレオラ派という扱いだから、ここで具体的な要求はしない。
 何より俺の計画がうまくいったときには、アシュレイ皇子は玉座には座れなくなっているはずだ。


 ただ、何も要求しないというのもミラルディアの外交官として不自然なので、曖昧な表現で要求をしておく。
 曖昧な要求は明確に断りにくいので、こういうとき便利だ。
 案の定、アシュレイ皇子は快くうなずいた。
「もちろんです。ロルムンドを照らす陽光は、ミラルディアにも同じように降り注ぎます。降り注ぐ日差しは少し違うかもしれませんが」
 暗に「属国としてなら厚遇するよ」と言われてしまった。


「日差しといえば、この宮殿には温室があります。この季節は少し暑いぐらいですが、よろしければ御案内しましょうか?」
 事前情報で、アシュレイ皇子は花の栽培が趣味だと聞いている。
 この美貌のせいもあり、あだ名は「花の皇子」だ。なかなかにファンシーでいいと思うが、なんだかまたむかついてきた。


 俺はイケメンを爆発させる魔法について考えながら、中庭にある温室へと案内される。
「これは……」
 さすがに王宮にある温室だけあって、広さも内装も桁違いだ。
 ガラスも透明度の高い、立派なものが惜しみなく使われている。これだけそろえようと思ったら、リューンハイトの年間予算を全部使っても足りないだろう。


 とはいえ、広さだけなら前世の植物園とたいして変わらない。
 俺が感心したのは、そこにある植物の種類だ。
 品種名や産地、系統などを記した札が、全ての植物につけられている。博物館や研究室のノリだ。
 こちらの世界でこれだけ学術的な植物栽培をしている場所は、そうそうないだろう。


「宮殿の花園というよりは、帝室博物館というところですな」
 俺が言うと、皇子はうなずいた。
「ええ、よくお気づきになりましたね。ここには有益な植物を集めています。温室なのでミラルディア地方の花もありますよ。百年ほど前に採集され、何世代にもわたって大切に育てられています」
 それだけ昔から、ロルムンドはミラルディアを意識していたということだな。


 アシュレイ皇子と俺は歩きながら植物の話をしたが、途中で俺は妙なことに気づいた。
 この世界の植物は前世とかなり違うが、使われ方は似ている。
 俺の目の前で可憐な花を咲かせているヤドクギクの汁には、心停止を起こす猛毒が含まれている。ただ日持ちしない。
 その隣に植えられているムラサキニガヤナギの樹皮は加工が大変だが、保存と携行が容易なお手軽毒だ。


 奥のオオカミユリの球根を食べると慢性的な中毒を引き起こすし、ムラサキニガヤナギに絡みついているのは強烈な嘔吐作用を持つトガビトマメだった。
 毒草ばっかりだ。


 一方、観賞用にしか使えない植物は全くない。全てが薬草や毒草の類だ。
 俺が最初に感じていた違和感は、無害な観賞用植物が皆無だったからだろう。
 これは観賞用でもなければ、学術用でもない。
 化学兵器のプラントだ。


 アシュレイ皇子は立ち止まり、花壇に植えられていたイチゴのような果物を二粒取る。
 俺はそれを見た瞬間、危険を感じた。
 ミラルディアの各地に群生しているマジョイチゴ。
 見た目は赤くてみずみずしい小粒のイチゴだが、その実は猛毒だ。一粒食べれば呼吸困難に陥り、治療が間に合わなければ死ぬことになる。


 彼は微笑みながら、マジョイチゴを俺に差し出した。
「どうぞ、ヴァイト卿」
「アシュレイ皇子?」
 俺は彼の意図がわからず、一瞬戸惑う。
 彼はおそらく、ここの管理者だ。
 マジョイチゴが何なのか、理解した上で栽培しているはずだ。


 俺は彼の匂いを感じ取る。
 感じるのは微かな期待感。嘘をついているときの匂いとは違う。
 しかしたまに、人を欺くことに全く動揺しないサイコパスみたいなのがいるから、油断はできない。
 とはいえ、皇子から勧められた果物を食べないというのも、ちょっと具合が悪いな。


 幸い、最近の俺は解毒の魔法を常備している。特にアルカロイド系の毒とは相性がいいから、毒殺の心配はほとんどない。
 俺はあまり深く考えず、マジョイチゴを受け取って無造作に口に放り込んだ。
 甘くておいしい。
 種を動物に運ばせるための甘い果実なのに、なんで毒なんかあるんだろうな。自然界はときどき不思議なことをする。


 そんなことを考えていた俺は、アシュレイ皇子の視線にふと気づいた。
 彼は俺を驚きの表情で見つめている。
「どうかなさいましたか、皇子?」
「いえ……まさか本当に口にされるとは思っていませんでしたから」
 汗の匂いから察するに、本心らしい。


 彼の意図をはかりかねた俺は、ふとマジョイチゴの葉を見る。
 おや、葉のギザギザがないな。縁がつるんとしている。……ということは別種か。
 あー、なるほど、わかった。


 俺は最初からわかっていたような顔をして、こう答えた。
「ミラルディアのマジョイチゴに似ていても、葉の形が違います。殿下が私をここで毒殺する理由がありませんし、無毒の別種なのでしょう」
 アシュレイ皇子はその言葉に納得した様子だ。
「御明察の通り、これはマジョイチゴではありません。ロルムンドのユキイチゴです。食用にもなりますが、ここでは干して生薬にしています。摘んでしまうとマジョイチゴとは見分けがつかないので、注意が必要ですね」


 アシュレイ皇子はそう言って、残っていた一粒を自分で食べた。
「それにしても、この一瞬でよくそこまでお気づきになりましたね。あなたが断った後、私が食べてみせて驚かせる予定だったのですが……どうも私には謀略家の才能はないようです」
「いえ、十分に驚きましたよ。先ほどの私の動揺、心臓の音をお聞かせしたかったぐらいです」
 本当にびっくりしたので、もう悪い冗談はやめてください。


 俺たちは学校帰りの小学生みたいなノリで、ユキイチゴをつまんで食べる。皇子はこんなことも教えてくれた。
「南征中のエレオラ殿が、野生のイチゴの食中毒について報告してくれました。見た目がユキイチゴに似ているので魔撃大隊の兵士が食べたところ、危篤状態に陥ったと」
 ああ、ロルムンドからミラルディアに来たらそうなるな。
 前世でもそうだったが野イチゴは種類が多い。


「その兵士は無事だったのですか?」
 アシュレイ皇子は微笑む。
「ええ。幸い、部隊の治療術師が処置してくれたので、一命は取り留めたそうです。その後、戦闘で死亡したそうですが」
 悪いことしちゃったな……。
※明日12月6日(日)は定休日です。
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