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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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決闘日和(前編)

164話


 怯えた彼らがアイコンタクトしていると、こいつらのリーダー格らしい中年男性が進み出てきた。
 態度や服装から、それなりに身分の高い貴族なのがわかる。体格もいい。
「断る。属国の犬に下げる頭など持っておらぬわ」
 いい度胸だ。


「使い道のない頭にしても、せめて適切な場面で下げるぐらいの使い道は心得ておくべきだったな」
 俺はロルムンドの作法にのっとり、サーベルのベルトについている装飾用の鎖を外した。
 余計な飾りを外し、戦う準備を整える動作だ。決闘の意志を示すサインでもあり、『かかってこい』の意思表示といえる。


 他の貴族たちが気後れする中、リーダー格の貴族が同じように鎖を取り出す。
『やってやろうじゃねえか』のサインだ。
 後はどちらかが鎖を床に叩きつければ、決闘の合意が成立する。
 だが彼は鎖を床に叩きつけない。あくまでも「決闘も辞さない」というアピールだけのようだ。


 実際、決闘なんかしてもお互いに何の得にもならない。決闘好きの貴族というのはだいたいが短慮だから出世しないし、出世する前に死ぬ。
 俺もミラルディアから来ている外交使節である訳で、こんなところで決闘しても外交に悪影響を及ぼすだけで意味はない。


 ……と、こいつは思っているのだろう。
 あいにくと俺は、今のロルムンドと仲良くする気なんかない。
 だから俺は歯をみせて笑ってやる。
 俺は派手な音が鳴るように、鎖を床に力いっぱい叩きつけた。


 周囲がざわめき、相手の貴族が真っ青になっているのを、俺は愉悦を含んだ悪役スマイルで眺める。
「き、貴様……正気か!?」
「さあ、どうだろうな? だがもう逃げられんぞ。せいぜい楽しむがいい」
 ほんの余興程度だが、軽く暴れさせてもらうぞ。


 決闘は翌日の夕刻と決まった。場所は宮殿を守る近衛連隊の訓練場だ。
 エレオラの私邸の一室で、ラシィがおろおろしながら俺に訊ねてくる。
「ヴァイトさん、本当に大丈夫なんですか? 人狼に変身したらバレちゃいますよ? あ、でも私がヴァイトさんの姿を幻術でうまくごまかせば……いやいや、でも」


 勝手に混乱しているラシィはそのままにしておいて、俺はカイトに向き直る。
「決闘には介添え人が必要だ。お前やってくれ」
 するとエレオラが眉を寄せた。
「私が介添え人になるべきだろう。貴殿は私の名誉のために決闘するのだ。傍観者に徹していては皇女の立場がない」


 だが俺は首を横に振った。
「貴殿が今まで自分の立場を考え、自重してきたのは知っている。ここで貴殿を当事者にする訳にはいかない」
 王弟派の貴族と揉め事を起こせば、彼らのボスであるドニエスク家と、自分の実家であるオリガニア家の関係が悪化してしまう。
 女系であるオリガニア家は立場が弱いので、それは困るのだ。
 また、父方の実家であるカストニエフ家にも迷惑がかかる。


「だが俺なら、ミラルディアから来た変わり者の貴族ということで済む。ミラルディアとロルムンドの外交関係が悪化する可能性はあるが、そんなものは最初からどうでもいい」
 エレオラを皇帝にして、後は適当にグダグダやっててもらう予定だからな。


 しかしエレオラはまだ納得しかねる様子で、小さく溜息をついている。
 だから俺は彼女が気に病まないよう、あえて悪者っぽい口調で笑ってみせた。
「勘違いするな、エレオラ殿下。俺は貴殿の名誉のために戦うのではない。俺はミラルディア連邦の評議員、魔王様の副官として必要な行動をしているに過ぎん。それだけだ」


 俺の言葉にエレオラはようやく少し納得したようだが、今度は違うことを言い始めた。
「だが黒狼卿、相手が誰だかわかっているのか?」
「なんとかスキー宮伯というのは覚えているが、もう忘れた」
 エレオラ皇女はそれを聞いて、ますます険しい表情をする。


「シュメニフスキー宮伯爵だ。かつては北ロルムンドの領伯爵だったが、農奴の反乱を七回起こして領地を没収された札付きだ」
 反乱が七回もって、何をやらかしたんだ。
「あの男はとにかく残虐でな。収集品の剣の切れ味を試すためだけに奴隷を殺すような屑なのだよ」
 ミラルディアでは見かけなかったタイプの屑だ。


 エレオラは口に出すのも汚らわしいといった様子で、こう続ける。
「夕食の席で詩の『血のように紅い夕陽』という一節で客人と議論になり、その場で奴隷を斬首して夕陽と比べたという逸話もある。それでついた異名が『鮮血伯』だ」
 サイコか。


 ラシィがガタガタ震えているので、俺は彼女を安心させてやる。
「大丈夫だ。ミラルディアにはそんな貴族はいない。非道を働けば身分を剥奪される。過去は元老院、今は評議会が、その責任を負っているからな」
「そっ、そうじゃなくて! ヴァイトさんが斬首されちゃいますよ!?」
 決闘用のサーベルやレイピアじゃ、そう簡単に首は落とせないよ。


 俺はエレオラに苦言を呈する。
「そんな貴族がのさばっているようでは、この国の未来も暗いな」
「私とて、鮮血伯を鮮血で染めてやりたいのだがな。今の立場では無理だ」
「では今回は俺がやろう。ここのところ運動不足だったのでちょうどいい」
 俺は軽い冗談のつもりで言ったのだが、エレオラはますます困惑を深めたような顔をしていた。
 笑ってくれよ。


 翌日の夕刻、俺は近衛連隊の訓練場に赴いた。
 付き添いはカイト。彼には決闘に使う武器のチェックなど、様々な雑用がある。
 それに人狼隊の有志数名もついてきた。
 ファーンお姉ちゃんと手下たち、ともいう。
「ヴァイトくん、いつでも助けてあげるからね?」
「大将、助太刀なら任せてくれよ」
「ヴァイト! 俺たち兄弟が決闘前にそいつ殴っといてやるからな!」
 みんな、決闘はルールを守って正しくやろうな。


 なんとかスキー伯爵のほうも、介添え人と共に来ている。それと背後に護衛がずらり。二十人ぐらいか。
 人数で威圧する気なのだろうが、あれぐらいの数ならファーンお姉ちゃん一人でも何とかなりそうだ。


 決闘の見届け人は、どちらの派閥にも属していない第一皇子派の貴族たちだ。彼らは皇帝への報告義務を持つ。
 なんとかスキー伯爵の介添え人が、大きなトランクケースを運んできた。
「決闘の武器です。お改めを」


 決闘を申し込んだのは俺のほうなので、武器の指定権はなんとかスキー伯爵側にある。
 トランクケースの中身は、数本の剣だった。
 クロスボウ対決とかでなくてホッとした。当てる自信がない。
 俺は背後のカイトを振り返る。
「確認を頼む」
「はい、ヴァイトさん」


 カイトはトランクケースの剣をひとつずつ、手に取って確かめていく。武器に変な細工がされていないか、チェックしているのだ。
 他の人間は気づいていないかもしれないが、俺はカイトが魔法を使っているのがわかった。
 かなり念入りに探知魔法で調べているな。


 カイトはその後、相手の介添え人に一礼して所定の位置に戻る。
 代わりにトランクケースに近づいた俺に、魔法のブローチを通じてカイトの声が聞こえてきた。
『紅い瑪瑙のはめ込まれたサーベルに、激痛の魔法がかかっています。他は全て通常の剣でした』
 激痛の魔法か。


 ほんの少しでも触れれば、瞬間的に恐ろしい激痛を感じさせる魔法だ。
 修行時代にちょっと実験したことがあるが、虫歯の孔に電動ドリル突っ込んで回転させたらこれぐらい痛いのかな、と思った。
 痛みの感じ方は個人差が大きいので、戦闘で使うには確実性が劣る。うまくかからないことが多い。
 人狼は総じて痛みに恐ろしく強いし、俺には効かないだろう。……たぶん。


 武器の選択は俺に優先権がある。
 どうしようかな。このサーベルもらっちゃおうかな。
 しかし剣はあまり使い慣れていないので、こんな長いサーベルは持て余しそうだ。それに刀身は華奢で頼りない。
 せっかくなので、なんとかスキーさんに選ばせてあげよう。


 俺は「何もかもお見通しだぞ」とばかり薄く笑い、鮮血伯に声をかける。
「私はどの剣でも構わん。優先権を譲ろう、先に選ぶがいい」
 その瞬間、鮮血伯が勝利を確信した笑みを浮かべた。
「ではお言葉に甘えて」
 予想通り、そそくさと激痛のサーベルを手に取るなんとかスキー伯爵。
 わかりやすい悪人って好きだよ。


 俺は残り物の剣の中から、一番短いのを選ぶ。防御用の小剣だ。
 まっすぐな刀身は短く厚みがあり、重心は手元に近い。そして、しっかりした造りのハンドガードがついている。
 反面、切り込むのには全く向いていない。実戦では突くことしかできないだろうが、相手のサーベルより二十センチほど短い。


 鮮血伯がニンマリと笑う。
「おやおや、剣に自信がないのですかな? そのような初心者向けの護身用を選ばれるとは」
 こいつ口調まで変わったぞ。
 今まであまり見かけなかったタイプなので、俺はだんだん彼に愛着が湧いてきた。
 一撃でやっつけてしまうには惜しい。


 俺はにっこり笑い、小剣を手にして所定の位置に下がる。
「貴殿などこれで十分だ」
「抜かしたな、貴様……」
 また口調が変わってるぞ。顔が紅潮し、怒りに口元を震わせている。
 悪者っぽさを出すなら、首尾一貫してないとダメだ。
 俺が本当の悪者というのを見せてやろう。
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