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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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終わりを告げる者

156話


 俺がエレオラから相談を持ちかけられたのは、朝の日課である墓参りの直前だった。
「ヴァイト卿、話がある」
 ここしばらく覇気のなかったエレオラ皇女だが、今日の彼女は以前のような活力に満ちていた。
 怖いぞ。


 エレオラは俺と二人だけで執務室に入ると、いきなりこんなことを言い出した。
「ロルムンドにおける、身分別の人口比を知っているか?」
 魔撃大隊の連中からは、そういった俯瞰的なデータは入手できていない。俺は首を横に振る。


 するとエレオラはこう語り始めた。
「ロルムンドは人口のおよそ一割が貴族階級だ。もちろん大半が下級貴族で、領地を持たない者も多いがな」
 待て、急に何の話だ。
 俺が混乱していると、エレオラはどんどん勝手にしゃべりまくる。


「これはロルムンドが数十もの部族で構成されていて、共和制崩壊後に、北ロルムンド、東ロルムンド、西ロルムンドに分裂したことに由来する。それぞれの王は部族を自陣営に引き込むために、部族の有力者たちに爵位をばらまいたのだ」
 待ってくれ、理解が追いつかない。あと意図が読めない。
 そして覚えきれない。
 外付けハードディスクこと我が副官を呼ぼう。


「貴重な情報なので、記録させてもらおう。副官を呼ぶ」
「ああ、そうしてくれ。非常に重要な話だ」
 俺がカイトを呼ぶ間も、エレオラは早く続きをしゃべりたくて仕方ない様子だった。
 なんなの急に。


 朝飯を食っていたカイトが慌てて来てくれたので、俺はエレオラに続きを促す。
 するとエレオラは俺にこう質問してきた。
「先ほどの話で、不思議に思った点はないか?」
 えーと……なんだっけ。
 俺は記憶をたどり、気になったことを口にした。
「貴族が多すぎるな」
「さすがだな。その通りだ」
 貴族が一割って、昔のポーランドじゃあるまいし多すぎるだろう。


 エレオラは日頃の不満をぶつけるように、一気にまくしたてる。
「我がロルムンドは寒冷な土地で、国土の大半は農業に不向きだ。にも関わらず、二人の特権階級を八人で支えている」
 一人おかしくないか?
「支えられる側が二人なのは、聖職者も一割いるからだ」
 なるほど。
 これはだいぶ歪な構造だな。


 しかしそれで納得した。だから奴隷が必要なのだ。文句を言わずに食糧生産に従事する農奴が。
「貴族を減らせないのか?」
「先ほども言った通り、爵位を与えた理由が帝国の誕生以前にまでさかのぼる。過失もないのに爵位を剥奪すれば、帝国が崩壊するだろう」
 なるほど、これは難しい状況だ。


 エレオラは俺の表情を見て、自嘲気味に微笑む。
「帝王というものは、圧倒的な富と力を持っていなければならぬ。逆らう者には血も凍るような罰を与え、従う者には惜しみなく富と名誉を与えねばならぬのだ。だが我が帝国には、もはや貴族に分け与える土地もない」
「それで山脈を越えて、無理矢理ミラルディアを支配しようとした訳か」
 事情はわかるが、こっちとしても迷惑な話だ。


 俺はリューンハイトの街を眺めながら、こう返す。
「ミラルディアは土地も豊かで、貴族も少ない。太守の一族も皆それぞれに本業を持っている」
「そのようだな」
 たとえばリューンハイト太守アイリア卿のアインドルフ家。アイリア以外はみんな交易商だ。
 これは他の街でもだいたい同じで、弁護士や地元企業の経営者が地方議員をやる感覚に似ている。
 例外は元老院ぐらいだろう。


 一方、ロルムンドはそうではなかった。
 三つに分裂したロルムンドは、各部族を味方に引き込むために爵位と領地を与えまくったらしい。
 エレオラは溜息をつく。
「それでも帝国の建国時はまだ良かった。勝利した西ロルムンドは、降伏を拒んだ部族を完全に根絶やしにしたからな。与える土地は潤沢にあったのだ」
 待て、今さらっと怖い言葉が出てきたぞ。
「完全に根絶やし」ってなんだ。


「……根絶やしにしたのか」
「禍根を断つため、領主だろうが農民だろうが皆殺しだ。生まれたばかりの赤子もな。ロルムンドには『死神は例外を作らない』という言葉がある」
「魔族顔負けだな」
「そうかもしれないな。もっとも降伏した部族も全員農奴にされ、離散と改宗によって文化も宗教も破壊し尽くされたからな。どちらがマシだったのかは私にもわからない」
 確かにそこらへんを中途半端にやると、いずれ必ず逆襲される。合理性があるのはわかる。
 しかし俺の感覚では野蛮すぎる。
 朝っぱらから憂鬱になってきた。


 しかしそう考えると、エレオラはずいぶんと穏健だったな。
「だが貴殿は、元老たちの一族や一般市民は一人も殺さなかったな?」
「それをすれば、ミラルディアの民は私を見放すと思ったのだ。政治的判断に過ぎない」
 本当にそれだけだろうか。
 今一瞬、嘘をついたときの匂いがしたぞ。


 俺はロルムンドの状況について考えた。
 神聖ロルムンド帝国は閉塞状態に陥っている。
 原因は単純だ。飴と鞭を使い過ぎたのだ。
 派手に爵位と領地をばらまいた結果、貴族が増えすぎた。今さら減らすこともできない。土地も足りない。
 農奴によってかろうじて食糧生産は維持されているが、逆に言えば奴隷制度という手札を使ってしまっている。
 後はもう農業技術でも高めるしかないが、雪と氷の国だから限度があるだろう。
 エレオラが帝位を継いだとしても、遠くないうちに帝国は崩壊を始める。


 俺は何度も慎重に検討した結果、こうつぶやく。
「聞いた限りでは、帝国はもう限界だな。潰れる前に壊してしまったほうがいい」
 エレオラは俺の言葉を聞いて、最初に会ったときのような危険な微笑みを浮かべた。
「私も以前から、そうしたほうが良いのではないかと常々考えていた」
 このお姫様危険すぎるだろ。


 俺は彼女に念を押しておく。
「だが、やるとすれば大量の屍と怨恨を積み上げることになるぞ。それを引き受ける覚悟はあるのか、エレオラ」
「私を誰だと思っている」
 世渡り下手の不器用女だと思っている。


 俺の表情を見たエレオラは、微かに苦笑した。
「ヴァイト卿はまるで、私とロルムンドの民を案じているようだな?」
「言っただろう、俺は慈悲深いと」
「そうだったな」
 エレオラはうなずき、そして逆に質問してくる。
「ところで、『冷たいミーチャ』の話を覚えているか?」
 忘れる訳がない。あの後本当に夢に見たぞ。
 どうしてくれる。


 俺はなるべく平静を保つようにしてうなずいた。
「あのいけ好かない寓話だな」
「そう嫌ってくれるな。あれは冬の恐ろしさや、危機に備えることの大切さ、誰かを犠牲にする覚悟と、誰かのために犠牲になる覚悟。そういった教訓を伝えるためのものだ」
 まあそうだろうとは思ったが、せめてオチぐらいは何とかして欲しい。


「私は今まで、『冷たいミーチャ』の選択を当然のものとして受け止めてきた。他の選択、他の価値観を知らなかったからな。だが今は違う。私はここで多くのものを見た」
 エレオラは俺に問いかける。
「黒狼卿、貴殿がミーチャの家族だったらどうする?」


 俺はその難問に少し悩んだが、結論は最初から決まっていることに気づいた。
「人狼は群れの仲間を決して見捨てない。みんなで食糧を分かち合いながら、新しい食糧を探すさ。仲間がいれば何とでもなる。そして全員で春を迎える。それだけだ」
 俺はこの手の「どれも選びたくない選択問題」が苦手で、問題ごと破壊したくなる。
 お前の提示した選択肢なんか、どれも選んでやるものか。
 そういう気分だ。


 エレオラは俺の答えを聞いて、小さくうなずいた。
「……なるほど。人狼なら、それも可能だろう」
 エレオラは俺の目をまっすぐに見て、しっかりとした声で言う。
「慈悲深き黒狼卿よ、私はこの機会に『冷たいミーチャ』を終わらせたい。それは結果的にはミラルディアの利益にもなるはずだ。協力してくれ」


 彼女は帝位簒奪などという生易しいものではなく、ロルムンドのあり方そのものを変えてしまいたいと考えているようだ。
 だがそんなことをすれば、ロルムンドの政情が安定するまで何年もかかる。百年かかっても不思議ではない。
 もっともそれは確かに、ミラルディアにとって好都合ではある。


 だから俺はこう答える。
「終わらせるときは我々二人だが、終わった後は貴殿一人になる。その覚悟があるのなら、いかようにでも」
 俺は任務が終わればミラルディアに帰らねばならないから、長い長い後始末は彼女に全部押しつけることになる。
 それでいいのなら、という意味だ。


 エレオラは微かに笑う。
「なるほど。確かに慈悲深いな、貴殿は」
「そうだろう?」
 本当はずっとロルムンドに留まって手伝うべきなのだろうが、俺はミラルディアの人狼だ。
 体はひとつしかないし、能力もたかが知れている。そんなにあっちこっちでお役に立てる訳ではない。


 話が一区切りついたので、俺は花束を手に立ち上がる。
 朝の日課になっている慰霊碑への献花がまだだ。
「詳しい相談は両軍の関係者を集めて行おう。午後から会議を招集する。それでいいか?」
「ああ、それで……」
 エレオラはうなずいたが、途中で急に黙る。


 彼女はぽつりと俺に訊ねた。
「その花はなんだ?」
 もちろん慰霊碑への献花のためだが、何となく気恥ずかしさがあって俺はごまかす。
「私物だ。貴殿は朝食がまだだろう。すぐに用意させよう」
「待て、もしかしてそれは……」
「私用を済ませてくるので失礼する」
 俺はエレオラにそれ以上の詮索を許さず、彼女に退出を命じた。
 こういうのは個人でひっそりやりたいんだ、俺は。
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