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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「エレオラの祈り」

155話(エレオラの祈り)


 私は囚われの身となってから、リューンハイトの旧市街にある慰霊碑に毎日訪れている。
 私は自分自身の手で、戦死した部下たちを弔うことができなかった。
 だからせめて、ここに来て彼らの冥福を祈るぐらいのことはしておきたい。


 ロルムンドでは、死者を手厚く弔う習慣がない。昔から、冬になればバタバタと人が死んでいく土地柄だ。
 為政者としても、生き残った者をこれ以上死なせないほうが重要になる。感傷に浸るよりも次の手を考えねば生きていけない。
 ましてや敵の冥福など祈る余裕はない。


 しかしミラルディアでは、少し違うようだ。
 ここのところ、慰霊碑に供えられる花が日増しに増えている気がする。
 私も花を買ったほうがいいのだろうか。


 そんなことを考えていると、慰霊碑に大柄な男が近づいてきた。
 刈り上げて逆立てられた髪に、威圧的な鎧。
 見るからに野蛮そうな男だ。


 男は私の前まで来ると、意外にも挨拶をしてきた。
「よう、ロルムンドのお姫様。俺はベルーザ陸戦隊の隊長、グリズだ」
 海賊都市ベルーザの陸戦隊といえば、私の部下たちの交戦相手だ。
 かなり苦戦した相手だが、こんな粗野な男が隊長なのか。


 しかし思い返してみると、先ほどの歩き方は行軍慣れした軍人の足取りだ。
 今もだらしない立ち方にみえるが、すぐに重心移動できる姿勢だ。私とは不意打ちを回避できる間合いを保っている。


 私は彼に警戒しつつ、皇女として名乗り返す。
「エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンドだ。ロルムンドでは第六位外皇女、ここではただの捕虜だ」
「違えねえ」
 グリズは笑うと、巨体を屈めて慰霊碑に膝をついた。
 持参した小さな陶器の酒瓶を置き、見慣れない仕草で祈りを捧げると、彼は私を振り返る。
「あんたは自分の部下に祈りを捧げに来たのか?」


「そうだ。……悪いな」
 謝る必要はないが、目の前にいる男も部下を二十人近く失っている。
 彼らのために祈ってやるのが、本当は良いのだろう。
 するとグリズは笑う。
「気にすることはねえよ。だいたいこんなに花が供えられてるのも、あんたのおかげさ」
 私の?


 いぶかしむ私に、グリズはこう説明した。
「あんたみたいなのが毎日毎日拝みに来るもんだから、市民も何となくその気になっちまったらしいな」
 なるほど、この花はそういうことか。
「傍目にゃ、あんたが誰のために祈ってるのかはわからねえ。あんたが『銀貨の皇女様』って呼ばれてるの、知ってるか?」
 どうやら都合よく誤解されているようだ。私は自分の部下のためにしか祈っていないというのに。
「それで俺たち陸戦隊も、花ぐらい供えとこうかと思ってな。うちの荒くれどもが献花用の花を育ててるのは笑えるぜ。買ったのを供えるより効き目があるだろうってな」


 私はなんと返せばよいかわからず、無言になる。謀略の取引は慣れているが、こういう会話は苦手だ。
 グリズは首を傾げて私の顔を見ていたが、そのうちこんなことを言い出した。
「あー、あれだ。ここで会ったのも何かの機会だ。俺があんたの部下たちの冥福を祈るから、あんたも俺の部下のために祈ってくれないか?」
「なに?」


 グリズは笑う。
「俺の部下たちは、お姫様なんて見たこともねえガサツな荒くれどもばかりでよ。本物のお姫様に祈ってもらえりゃ、大喜びすると思うんだよな」
 馬鹿にされているのかと思ったが、凶悪な顔立ちの巨漢は陽気に笑っている。
 どうにもやりづらい。


 だが私にしても、ベルーザ陸戦隊に何か恨みがあって戦った訳ではない。彼らのために祈ったとしても、私の部下たちは恨まないだろう。
「わかった。祈り方を教えてくれ」
「そんなもん特にねえよ。お姫様っぽく頼む」
「……そうか」
 私はロルムンド輝陽教の祈り方で、かつての敵たちの冥福を祈る。
 彼らの魂が柔らかな陽光に抱かれ、新たな地へと旅立たんことを。


 グリズも慰霊碑に祈りを捧げ、ゆっくり立ち上がった。
「もう戦いは終わった。恨みっこはナシだ。そうだろ?」
「ああ。我々もそう教育されている」
「なんだよそりゃ、ずいぶん堅えな!」
 大笑いしたグリズは立ち上がり、私に背を向ける。
 そして数歩歩きかけて、ふと立ち止まった。


「……なあ、教えてくれ。俺の部下たちは強かったか?」
 私は言葉に詰まった。
 私自身は彼らと交戦していない。
 それに勝敗を決したのは人狼隊、それもあの黒狼卿の強さだ。私の部下の大半は、人狼隊に倒されている。
 ベルーザ陸戦隊は数も多く勇敢だったが、武装は旧式だった。人狼隊と比べると格段に脅威度は下がる。


 だが私は、彼が何を求めているかを少しは理解していた。
 だからこう答える。
「彼らは高い士気と統率を持ち、我が隊の進攻を許さなかった。今回の遠征中、他の都市でこれほど手強い敵と戦ったことは一度もない。ベルーザ陸戦隊は強かった」
 かなり慎重に言葉を選んだが、この言葉は決して嘘ではない。
 もし私の配下にあれだけの規模のベテラン部隊がいれば、私の戦略もかなり違っていたはずだ。


 グリズは肩越しに振り返り、笑顔でうなずいた。
「異国のお姫様にそう言ってもらえりゃ、ベルーザ陸戦隊にも箔がつくってもんだ。ありがとよ」
 私はどう応じれば良いのかわからず、巨漢が去っていくのを無言で見送ることしかできなかった。


 彼が去った後、私は花に囲まれた慰霊碑を振り返る。
「これで良かったのか?」
 どちらに訊ねたのだろう。
 自分でもわからなかった。


 ただひとつ、おぼろげにだがわかったことがある。
 私は市民とは一言も会話していないが、市民は私の行動を模倣した。
 そして私自身は、最初に花を供えていた誰かの行動を模倣した。


 人を動かすための方策として「自らの行動で示す」ということは、確かに私も幼少の頃に教わった。
 それは戦場で指揮を執ることや、皇女自らが交渉を担当するといった形で示してきたつもりだ。
 しかし人を動かす方法には、他にもいろいろあるということらしい。


 またひとつ考えるべきことが増えてしまった。
 これ以上こんな生活を続けていると、未達成の課題に埋もれて窒息してしまう。
 そろそろ行動の時間のようだ。
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