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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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150/415

貪る魔狼

150話


 俺は執務室に戻り、カイトがいれてくれた茶を飲みながら、今後のことを考える。
 捕虜たちからの聞き取り調査の結果、ロルムンドの政情についてはかなりのことがわかった。


 エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンドは皇帝の娘ではなく、姪なのだという。皇帝の妹の娘になるので、女系の皇女だ。ロルムンドでは「外皇女」というらしい。男系の皇女は「内皇女」だ。
 彼女が属しているのは「オリガニア家」。ロルムンドの帝位継承権を持つ家のひとつだ。


 オリガニア家にはエレオラと妹がいる。名をソフィーというらしい。
 エレオラ自身はそんなことを一言も言わなかったが、彼女は妹を人質に取られていたともいえそうだ。


 なお「カストニエフ」というのは父方の実家だ。エレオラの父上は入り婿らしい。
 もう故人だと聞いているが、きっと苦労しただろうな。


 そんな話をしていると、カイトが興味深げにつぶやく。
「名字があるっておもしろいですね。ミラルディアでは特にないですから」
「魔族にもないな。俺はただのヴァイトで、お前はただのカイトだ」
「気楽でいいですよ」
 名字を持っているのは貴族、つまりは太守候補の一族だけだ。
 北部は逃亡奴隷の子孫だから名字はないし、南部では親の名前を名字のように用いる習慣があるので、ロルムンドとは違う。


 俺は書類を手にすると、カイトに声をかけた。
「こっちがロルムンドの帝室に関する情報だ。ちょっとややこしいが、頭の中にたたき込むぞ」
「わかりました」


 ロルムンドの現皇帝は、バハーゾフ四世。「まあまあ無難な皇帝」という評価の人らしい。
 この皇帝の一家がシュヴェーリン家で、跡取りの子供たちがいる。継承権第一位の弟と、第五位の姉だ。どっちも「まあまあ無難」らしい。
 ふつうは皇帝なんて無難なのが一番だからな。
 覚えやすいように「無難ファミリー」と記憶しておこう。


 そして皇帝の弟にあたるのが、ドニエスク家。
 ここに継承権第二位の王弟がいて、その息子も二人いる。それぞれ第三位と第四位だ。
 第一位の皇太子を追い落とせばドニエスク家の誰かが次期皇帝になれるため、この一族は陰謀の中心とみなされている。
 俺は勝手に「野心家ファミリー」と記憶する。


 第七位以降はエレオラの妹、それに遠縁の貴族たちだ。
 継承順位は基本的に「男系男子・男系女子・女系男子・女系女子」の順だが、他にも格式などで特例が多数あり、かなり複雑だという。
 息子のいない皇帝が娘を帝位につけようとするなど、さまざまな特例を作りまくった後遺症だ。


 俺はロルムンド帝室についてまとめられた書類を眺め、それから顔を上げてカイトに聞く。
「カイト、これ覚えられたか?」
「無理です」
 カイトが首を振り、書類の写しを作っている。
「他国の帝室のことなんて、そうそう簡単に頭に入りませんよ。ヴァイトさんはどうです?」
「覚えられる訳ないだろ」
 とにかく潜在的なライバルだらけなのはわかった。


 頭が痛くなってきたので、俺は「王弟一家がやばい、王弟一家がやばい」とぶつぶつつぶやきながら廊下に出る。
 よし、覚えた。
 続いて「皇帝のとこは第一位と第五位……」とつぶやき続ける。
 覚えた。
 明日まで覚えているかどうかは謎だ。


 すれ違ったラシィが興味深そうな表情をしていたが、俺は片手を振って「なんでもない」という仕草をする。
 彼女は先日の防衛戦で幻術を使い、旧市街の城門を壁に偽装するという大手柄をたてたばかりだ。おかげで随分楽だった。
 面倒な話はやめておいてやろう。


 俺は捕虜たちのいる宿舎に顔を出す。
「失礼する。よろしいかな?」
「あっ、ヴァイト殿!」
 ナタリアという士官が立ち上がって敬礼すると、他の捕虜たちも起立してロルムンド式の敬礼をしてきた。
 俺も魔王軍式の敬礼で、それに応える。


「待遇に不満はないか? 諸君は大事な人質だ。皇女殿下に無謀なことをさせないためのな」
 俺がそう言って苦笑すると、捕虜たちも同じような苦笑を浮かべる。
 どうやら同じ意見らしい。


 大勢の戦友を殺されたにも関わらず、第二〇九魔撃大隊の兵士たちは極めて従順だった。
 俺がその理由を副官のボルシュという人物に尋ねたところ、彼は当たり前のような顔をしてこう答えている。


「我々は私怨や私欲で戦っている訳ではありませんから、戦闘が終われば一切の遺恨を遺さないよう教育されています。それがロルムンド軍人における最も初歩の心得であり、最大の誇りでもあります」
 晴れやかな顔でそう言われると、逆に背筋が寒くなる。
 もっと恨んでくれてもいいんだよ?


 しかし彼らは戦った相手を憎むことをアマチュア的な思考とみなし、規律と理性を重んじて行動している。
 俺は魔王軍の一員、つまり田舎の武装ゲリラ青年だから、そんなふうには戦えない。
 だから俺は彼らをプロフェッショナルの軍人として、敬意をもって接していた。


 兵士の一人が俺に頭を下げる。
「ヴァイト殿、戦友たちの葬儀を大司祭待遇で執り行っていただいたこと、改めて感謝いたします」
「ロルムンドとは少し違うようだが、こちらにも輝陽教の大司祭がおられたのでな」
 するとナタリアがこう言った。
「軍人の葬儀を大司祭様に執り行っていただくことは、本国では将官や勲章受章者の特権なのです。ありがとうございます」
 俺が彼らに抱いている敬意は、どうやら向こうにも伝わっているようだ。


「戦いになる前に、諸君と個人的に話をする機会があれば良かったのだが……無理だろうな」
 レンコフという名の士官が、やや申し訳なさそうな口調でうなずいた。
「はい。ロルムンドの軍規は大変厳しく、そのようなことをすれば軍籍を剥奪され、農奴身分に落とされます」
「ずいぶんと厳しいのだな」


 レンコフはうなずき、さらに付け加えた。
「はい。ですから投降などすれば、帰国後は処刑か懲罰部隊送りが相場です。遺された家族も連座で処罰を受けるでしょう」
 懲罰部隊も実質的には戦死確定コースらしい。
「つまり諸君は、それだけの覚悟で投降してきた訳だ」
 彼らにとって、投降は死よりも危険な行為のようだ。
 魔撃大隊の戦いはまだ続いている。
 そう考えるべきだろう。


 彼らはエレオラ皇女を手懐けるための手綱であると同時に、ロルムンド侵攻の戦力でもある。
 ミラルディアの安全のためとはいえ、遠い異国にまでミラルディア人を連れていく訳にはいかない。遠征というのは、指揮官にとっても兵士にとっても極めて危険な任務だ。
 だからなるべく魔撃大隊の生存者、それと本国にいる親エレオラ派の勢力を使う。
 うまく懐柔しておかないとな。


 そんな邪な考えを抱いていると、ナタリアが目をキラキラ輝かせて俺に声をかけてきた。
「あの、黒狼卿閣下!」
 閣下って呼ばれたぞ、今。
「何かな、ナタリア殿」
 すると彼女は興味津々といった表情で、俺に質問をぶつけてくる。


「私は黒狼卿の劇を全部観たのですが、本命はどなたですか?」
「……本命?」
 一瞬、質問の意図が全く理解できなかった。
 数秒ほど硬直した後で、ようやく恋愛感情について質問されているのだと理解する。
 俺はいったいどういう風に思われてるんだ。


 仕事が忙しくて、そんなことは考えたこともなかったな。
「仕事が忙しくて、そんなことは考えたこともなかったな」
 想定外の質問だったので、思ったことをそのまま正直に答えてしまった。
 するとナタリアは意味深な表情でうなずいた。
「なるほど……仕事ですね。ありがとうございます」
 あれは勝手に邪推している顔だ。
 好きにしてくれ。


 俺は魔撃大隊の士官たちと相談し、エレオラ皇女と部下たちの安全を守るためにもロルムンドで一波乱起こす必要性があることを再確認する。
 このまま帰国すれば全員殺されるのは確実なので、彼らは俺に協力すると約束してくれた。
 こうしてみると、厳しすぎる軍規というのも考え物だな。


 魔撃大隊との意見交換を終えて執務室に戻ると、師匠が遊びに来ていた。暇そうだな、この魔王様。
 本日分の負傷者の診察と治療を終えた師匠は、テーブルに陣取っている。
 師匠は大皿に積み上げられた揚げパンに高価な砂糖をまぶして、もしゃもしゃ食べていた。


「師匠、そんなに食べると太りますよ?」
「この数日間、敵味方の治療に大量の魔力を使ったからの。こうして補給しておるのじゃよ」
「たき火にでもあたってりゃいいんじゃないですかね」
 師匠は化学エネルギーでも熱エネルギーでも吸収できるんだから、揚げパンである必要はない。


 しかし師匠はご機嫌な様子で、ぐふぐふ笑っている。
「敵味方問わず、大勢の兵士を治療した謎の美少女。後日わしが魔王だとわかり、皆がひれ伏すのじゃ」
「あ……すみません」
「なんじゃ?」
 揚げパンをモグモグ食べつつ、イスの上で足をパタパタさせている師匠に、俺は申し訳ない気持ちで伝える。


「失礼があってはいけないので、味方には師匠が魔王だってことは事前に伝えてあります」
「なっ!?」
「そろそろ一般の市民や兵士にも打ち明ける時期だって、こないだ言ってたじゃないですか」
 すると師匠は揚げパンを牛乳で流し込み、俺に抗議した。
「それはわしがやろうと思っておったのじゃよ。老人のささやかな楽しみを奪うでない」
「……そんなこと楽しみにしてたなんて、知らなかったんですよ」


 俺は揚げパンをひとつもらってから、師匠に尋ねる。
「ところで師匠、捕虜は魔法が使えない状態ですよね?」
「わしが魔力を操作して、吸い寄せておるからの。今のリューンハイトで、わしの許可なく魔法を使うことはできぬ」
 やはり師匠のほうが、魔力を吸い寄せる力も上か。


「実は師匠、俺も似たようなことができたんですよ」
「うむ。無事にわしの力の一部を獲得しておったようじゃな」
「そうなんですけど、これって大丈夫ですかね?」
 すると師匠は優しく笑った。
「おぬしがわしの『渦』の力を無意識下で理解して、使い方を真似しておるだけじゃよ。学習の結果じゃから、おぬしの本質に異変はない」
「魔法の効果も吸い取れたら嬉しかったんですけどね」
 エレオラの炎はとても熱かった。


 俺の愚痴に、師匠がまた笑う。
「入門したての頃に教えたように、魔力は力の通貨じゃ。何物にもなっておらぬ状態ゆえ、魔術師には扱いやすい。しかしいったん熱や運動に変換されれば、容易には魔力に戻せぬ」
 ということは俺の「渦」の力は、今のところ魔撃杖のような特殊な攻撃方法にしか効かないということか。
 ゲーム的な表現をすれば、「純エネルギー系のみ吸収」ということになる。


 師匠が最後の揚げパンを手にして、半分に割って片方を俺に差し出す。
「とはいえ、魔力なら何でも吸い取れるからのう。敵に使われる前に、周辺の魔力ごと根こそぎ吸い尽くしてやるがよい」
「エナジードレインだ!?」
「なんか言ったかの」
「いえなんでも」
 さりげなく新しい攻撃手段を確保していたぞ。


 師匠は残り半分の揚げパンを名残惜しげにちびちび食べつつ、俺に笑いかける。
「今のおぬしは魔力を喰らい尽くす人狼じゃ。まさに『魔狼』と呼ぶに相応しいであろう。わしも師匠として鼻が高い」
「ありがとうございます、ふふふ」
 機会があったら試してみよう。
 揚げパンを頬張りながら、ぐふぐふ笑う俺だった。
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