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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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黒狼卿の虜

149話


 ベッドに寝かせられていたエレオラ皇女が、ようやく目を覚ました。
「ここは……」
 俺は枕元に立ち、その問いに答える。
「魔都リューンハイトにある魔王軍の医療施設だ。貴殿は三日三晩眠っていたのだよ、エレオラ皇女」
 師匠の診断によると、エレオラは過労とストレスでいつ倒れてもおかしくなかったそうだ。
 俺たちはエレオラを鎮静の魔法でしばらく休ませておくことにして、その間に色々と手筈を整えていた。
 このお姫様、見た目よりずっと脆弱らしい。


 エレオラは俺を見て、それからこう尋ねた。
「なぜ、殺さない?」
「後がやっかいだからだ。貴殿を殺せば、ロルムンドに侵攻の口実を与えることになる」
「ふむ」


 エレオラが視線を天井に戻してしまったので、俺は続けた。
「貴殿を追い返して、我々はロルムンドのことなど忘れて暮らしたいものだ」
「南征が勅命である以上、それは無理であろうな。代替わりしたとしても、新帝は先帝の遺志を軽くは扱えまい。それにロルムンドは寒冷で農業に適さぬ。貴族に分け与えられる所領も残り少ない。いずれ必ず、南征は再開されるだろう」
 それは困るな。
 それにしても捕虜の自覚がなさそうなお姫様だ。


 捕虜のくせに態度が悪いので、俺は少しだけ彼女に意地悪することにした。
「貴殿の部下……」
 その瞬間、エレオラが上体を起こす。
「どうなった!?」


 魔撃大隊は壊滅的な損害を受けていた。
 今回の作戦に参加した九十五名のうち、捕虜になったのは六十一名。三十四名は戦死だ。四割ほどが死亡しており、生存者も大半が負傷していた。
 戦死者は全員、新市街に突入した部隊の所属だ。これが七十名ほどだから、市街戦に投入された兵士の約半数は死亡したことになる。


 魔都の防衛部隊も、かなりの痛手を受けていた。ベルーザ陸戦隊の戦死者が十九名。竜人族の兵士も、奇襲を受けた時点で四名が死亡していた。
 不幸中の幸いなのは、師匠が戻ってきて負傷者を治療してくれたことだ。
 これがなかったら、敵味方の死者はもっと増えていただろう。
 既に戦死者の埋葬と慰霊は終わっている。


 俺がそのことをエレオラに伝えると、彼女は俺を見て皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「まさか捕虜を取るとはな。私を自害させないための人質という訳か」
 敵は生かしておいて恩を売りつけるのが俺のスタイルなのだが、この調子だと信じてもらえそうにないな。
 じゃあそういうことにしておこう。
「貴殿が馬鹿な真似をすれば、彼らの安全は保証しない」
 俺がそう言うと、エレオラは逆にほっとしたような表情になる。


「どのみち私に選択権はないのだ。それで私をどう利用する?」
 やりにくいな、この人。
 前から思っていたが、エレオラは自分から不幸になる道を選んでいる気がする。もっとうまい方法があると思うのに、それだけは絶対に選ばない。
 もし俺が自分の立場を投げ捨ててエレオラを保護したとしても、彼女は自分から不幸へ突き進むだろう。
 だったらもう、俺自身の手で彼女を比較的ましな不幸に投げ込んでやるしかない。


 俺はしかめっ面になって、腕組みをした。
「貴殿は迷惑の種だ。率直に言えば、荷札をくくりつけてロルムンドに投げ返したい」
「その場合、私は本国の軍法会議で死刑を言い渡されるだけだ」
 魔撃大隊の生存者からロルムンド国内の複雑な事情はいろいろと聞いているが、やっぱりそうか。
 エレオラは静かな口調で続ける。


「それならむしろ、ここで殺してもらったほうが助かるな。名誉の戦死だ。本国で刑死となれば魔撃大隊の部下はもちろん、屋敷の見習いメイドに至るまで処刑されるだろう」
「ずいぶんと冷たい国だな」
「そうだな。だがそれでも、ミラルディアの風ほど冷たくはない」
 ミラルディアに関しては、だいぶ懲りているようだ。
 今の言葉だけで、彼女の疲労感がどっと増したように見える。


「確かにミラルディアには、もう貴殿の居場所はない」
「元から居場所と呼べるものは魔撃大隊ぐらいしかなかったのだ。彼らがいなければ、何度暗殺されていたかわからん」
「たかが継承権第六位の皇女がか?」
 すると彼女は真顔で応じた。
「第七位以降の者にとっては、排除すべき対象だ。そして第五位以上の者にとっても、自分を狙ってくる潜在的な敵といえる」
 どんな国なんだよ。怖すぎるだろ。
 そういう争いを起こさないために、継承順位を設けてるんじゃないのか。


「なるほど。確かにミラルディアよりは温かい風が吹いてそうだ」
 地獄の熱風だ。
 俺はついでに皮肉を言ってやる。
「貴殿もさぞかし心温まる人々に囲まれていたのだろうな」
「ああ、私の乳母も十年後に再会したときには金で雇われた暗殺者になっていた。せめてもの慈悲で私が彼女を拷問にかけたが、首謀者を聞き出すために爪と指の間に……」
 痛い話が苦手な俺は冷静を装いつつ、エレオラの拷問トークを途中でさえぎる。
「貴殿の思い出話は結構だ、興味がない」
 仲良くできる気が微塵もしないぞ、この国。


 だんだん気持ちが不安定になってきたので、俺はあくまでも情報収集を優先させることにする。
「ロルムンドのその余裕のなさは何だ? ミラルディア北部民の祖国を名乗る割には、ずいぶんと野蛮に思えるが」
 すると彼女は俺から視線をそらし、天井を仰いで目を閉じる。
「それなら『冷たいミーチャ』を聞かせてやろう。それでわかるはずだ」
 なにそれ。
 エレオラはびっくりするぐらい優しい表情と声で、おとぎ話を語り始めた。
「深い森の奥に、ミーチャがお父さん、お母さんと仲良く暮らしていました。ある年の冬、不作で食べ物が足りなくなってしまいました」
 食べ物を探しに行って、妖精さんに助けてもらう……みたいな展開じゃないんだろうな、やっぱり。


「今の食べ物では、どうしても二人しか冬を越せません。だからお父さんが家を出て、森の奥に消えていきました」
 やめて、そういうの一番苦手だからやめて。
 拷問トークのほうがマシだから。
「おかげでミーチャとお母さんは、無事に冬を越すことができました。でも次の年も不作で、家の食べ物では一人しか冬を越せません」
 エレオラは穏やかな表情だ。


「だからお母さんが家を出て、森の奥に消えていきました。ミーチャはひとりぼっちになりました」
「……救いのない話だな」
「ロルムンドでは誰もが知っているおとぎ話だよ。ロルムンドの冬を生き延びるためには、非情にならざるを得ない」
「なるほど、そういう土地柄か」


 俺のつぶやきに、エレオラは笑顔を浮かべた。
「安心しろ、また続きはある。ミーチャは立派に成長し、自分も母親になるのだ」
 あ、少しだけ救いが出てきた。
「そして次の不作の年に、今度は自分が犠牲になるのだよ。我が子を守るためにな。だから『冷たいミーチャ』なのだ」
 なんでそういうオチをつけるのかな、この国は。
 この精神テロ女め。
 今夜絶対夢に見るぞ、今の話。


 俺は予想外の反撃に大ダメージを受けつつも、かろうじて冷静さを保つ。
 ロルムンドの厳しい気候が団結と規律を生み、それを破る者に容赦ない制裁を加えるようになったのだろう。
 誰かが秩序を乱せば、全員の死に直結する。そういう土地のようだ。
「なるほど、よくわかった。ロルムンド人が冷酷なのも自然の摂理というわけだ」
「そうだな。好き好んで連座による一族処刑や、拷問つきの異端審問を繰り返しているのではない。もっと温暖な土地があればよかったのだが」
「だとすればますます、俺はロルムンドを敵と認識したぞ」
 まずその「冷たいミーチャ」の話を何とかしろ。


 エレオラの話が本当なら、ミラルディアにとってロルムンドは危険な存在だ。
 ロルムンドのほうは、まだミラルディア征服をあきらめた訳ではない。
 エレオラを追放し、坑道を爆破して侵攻ルートを塞いだところで、いずれまた牙を剥いてくるはずだ。
 ミラルディアの人間と魔族を守るためにも、このままにはしておけない。
 それにエレオラと魔撃大隊の捕虜たちの処遇もある。降伏した彼らをみすみす死なせる訳にはいかない。


 この展開は評議会でも予想していたもののひとつだ。この場合の対策も決定している。
 だから俺はなるべく悪役っぽい口調で、彼女に交渉をもちかける。
「貴殿は俺の捕虜だ、エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンド」
 フルネームを呼ばれ、エレオラが少し表情をこわばらせる。
 俺は身を乗り出し、エレオラに顔を近づけた。
「貴殿は俺に敗北した。貴殿の命も尊厳も部下も未来も、全て俺の支配下にある。貴殿の髪ひとすじ、血の一滴まで俺のものだ」
「……認めよう」
 エレオラは目を伏せた。


 俺はここぞとばかりにたたみかける。良心の呵責を悟られないよう、なるべく冷酷な口調で。
「だが俺は慈悲深い。役に立つ捕虜には情けをかけることを知っている。そして貴殿は正当な帝位継承権を持っている。後は役に立つ意志があるかどうかだ」
「なに……?」
 エレオラ皇女は不審そうに眉を寄せたが、察しのいい彼女はすぐに俺の言葉の意味に気づいたらしい。
「まさか、私を傀儡に利用してロルムンドに侵攻をかける気か」
「利用とは人聞きの悪い。……部下思いの貴殿の、自発的な意志を尊重したいだけだよ」


 部下思いのエレオラ殿下なら俺の役に立ってくれると思うのだが、どうだろう。ダメかな?
 ダメならせっかく生き残った部下が、また減ってしまうかもしれないね。
 そんな雰囲気を漂わせてやる。
 だがもちろん、そんなことはしない。というか無理だ。
 自分でも甘いと自覚しているが、俺に捕虜の処刑なんてできない。
 だから断られたら、違う方法を考える。


 エレオラ皇女は俺をじっと見つめる。恐ろしく冷たい視線だ。怖くてドキドキする俺。
 それから彼女は溜息をつき、視線をそらした。
「……あのとき、どんな犠牲を払ってでも貴殿を倒しておくべきだった。私の最大の失敗だ」
 そしてエレオラ皇女は俺に頭を下げる。
「ヴァイト黒狼卿。私に力を貸してくれ。私が次の皇帝になれば、ミラルディアには二度と近づかぬ」


 俺は念のため、彼女に顔を近づけた。
「本心かな、それは」
「ミラルディアの全てに見放された私が、今さらここに来られるとでも思っているのか? 私がそんな愚か者なら、利用する価値もなかろう」
 間近で彼女の匂いを嗅いだが、嘘を言っている匂いはしない。本気で懲りているようだ。
「結構。以前の貴殿の言葉通り、『良い関係』を築いていけそうだな」
 俺はニヤリと笑い、マントを翻した。


 エレオラを使ってロルムンドに混乱を引き起こせば、当面は他国への侵攻どころではないはずだ。短くても数年、長ければ数十年は時間が稼げるだろう。
 それだけあれば、ミラルディアの守りを固められる。
 それにエレオラが帝位につけば、エレオラと魔撃大隊の生存者も死なずに済むだろう。
 ロルムンドの人には悪いが、俺は神様じゃないし善人でもない。ミラルディアの平和を守るのが俺の役目だ。


「ではしばし養生するのだな、盟友エレオラ殿。私を喜ばせてくれ」
 彼女は目を閉じ、観念したように小さく溜息をつく。
「……努力する」
 よし、うまくいった。絶対に悪いようにはしないから、ミラルディアの平和のために力を貸してくれ。
 俺は彼女の病室から退出しながら、今夜「冷たいミーチャ」の怖い夢を見ないようにする方法を考えることにした。
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