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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「ロルムンド軍の誤算」

147話(ロルムンド軍の誤算)


 リューンハイトの西側新市街では、ロルムンド兵たちが地獄を見ていた。
「シューキンがやられた! レコイ、援護に回れ!」
「くそっ、また人狼だ!」
「あいつら、魔撃杖が効きません! それにもう魔力が!」
 建築中の家屋に立てこもっているのは、第二〇九魔撃大隊の第二重狙撃小隊だ。二十人の精鋭は、もう半分に減っている。


 窓から後方を警戒していたナタリア四等士官が、小隊長に向かって叫ぶ。
「人間の兵です! 数は不明!」
「そちらに射手を回せん! 拡散射撃で防」
 小隊長の声が止んだ。
 代わりにドサリという音が聞こえてくる。


 二匹の人狼が天井から襲いかかってきたのだと気づいたロルムンド兵たちは、慌てて魔撃杖を屋内に構え直す。
「遅えよ」
「兄ちゃん、そっちに一人いるぞ」
 人間の言葉でそう言っているのが聞こえた気がしたが、屋内は一瞬で惨劇の舞台に変わった。


「うわああぁ!」
「もうダメだ、逃げろ!」
 何人が倒されたのか。何人が逃げ出せたのか。
 ナタリアには、もうわからなかった。
 魔撃杖を担ぎ、路上に飛び出す。


「ヒャハァ! 女だ!」
「おい、殺すな! 捕まえろ!」
「武器に用心しろ! じわじわ追いつめるんだ!」
 凶悪な人相の大男たちが叫んでいる。
「このっ!」
 声のする方向に狙いを定めようとしたとき、民家の壁が崩れて二匹の人狼が現れた。真っ赤な体毛を持つ、血塗れの人狼だ。
「ひっ!?」
 ナタリアは人狼に背を向け、駆け出す。


「はっ、はぁっ、はあ、はぁっ……」
 息が苦しい。こんなことなら、基礎訓練をもっときちんと受けておけば良かったと思う。
 高魔力と集中力を評価され、重狙撃小隊に配属されてからは、体力づくりが疎かになっていた気がする。
 帰国したら、もう少し鍛え直さなければ。
 帰国できればの話だが。


 リューンハイトの街の中は、ひどく静かだ。ときおり狼の遠吠えが聞こえるが、それ以外に戦闘を感じさせる物音はしない。
 どうやらナタリアは夢中で走っているうちに、戦闘区域から外れてしまったらしい。懲罰モノだ。
 だが今この瞬間を生き延びられるのなら、もう何でもよかった。
 ナタリアは息を整え、重狙撃小隊用の長い魔撃杖を本当に杖にしてすがった。これも懲罰モノだ。


 第二小隊は壊滅しただろう。他の小隊は無事なのだろうか。
 通信用の指輪は小隊長しか持っていないので、ナタリアにはわからない。
 少し落ち着いたところで、ナタリアは痛みにうめいた。
「う……痛……」
 脱出したときにあちこちぶつけたらしく、肩と足が痛い。魔撃杖の連射で、体力も魔力も消耗しきっている。


 とりあえず休もうと思ったとき、路地の向こうから若い男が一人現れる。服装と穏やかな顔つきを見る限り、ただの市民のようだ。
 若い男は気さくな口調で、笑顔を浮かべた。
「どうした?」
 ナタリアは申し訳ない気持ちで、彼に返事をする。
「すみません、危害は加えませんので、どこか休める場所を……」
 そのとき、ナタリアはハッと気づく。


 おかしい。
 市民なら、戦闘を避けて避難するのでは?
 ナタリアはとっさに魔撃杖を構えた。そして叫ぶ。
「と、止まって! あなたは本当に人間ですか!?」
「いいや?」
 その瞬間、男が変身した。
 黒い人狼だ。
「きゃああああぁ!?」
 思わず撃った。


 黒い人狼は放たれた光弾を避けようともしなかった。直撃だ。
 それなのに倒れない。どこも傷つかない。
「ひっ!? うわぁっ!」
 もう一発。二発。三発。
 内門破壊用に大量の魔力を充填しておいた魔撃杖から、高威力の光弾が放たれる。
 なのに倒れない。
 やがて魔力が尽きた。


 黒い人狼はゆっくりと歩いてくる。
「どうした?」
 さっきと同じ口調だったが、ナタリアの理性はその一言で決壊した。
「うわああああぁ!」
 魔撃杖を両手で握り、長大なそれで殴りかかる。
 だが簡単に受け止められ、人狼の凶悪な牙が近づいてきた。


 もうダメだ。勝てる相手じゃない。
 ナタリアは腰の小剣を抜くと、ロルムンドの軍規通りにそれで自分の喉を刺し貫こうとした。
 その瞬間、ひどく慌てた声が聞こえる。
「うわぁ!? 待て、こらやめろバカ!」
 肩をつかまれたと思った瞬間、急に手足が動かなくなった。ナタリアはその場に倒れ伏す。
 魔法を使われたのだと気づいたときには、全身の筋肉が弛緩してしまっていた。


「たす……ひめさ……ま……」
 叫ぼうとしたナタリアの意識が、すうっと遠くなる。
 闇に包まれていく世界の中で、さっきの声が聞こえてくる。
「ふふ、心配するな。お前の大事なお姫様には後で会わせてやる」
 ナタリアは意識を失った。


 一方その頃。
 リューンハイト東門に接近しつつあった傭兵隊は、足取りが重かった。
 危険な攻城戦だというのに、市内での略奪が許可されていないのだ。
 やってられない。
 それでも支払われた報酬に対しては、十分な働きをしなくてはいけない。信用の問題になる。


 若い傭兵が抜き身の剣を手に、小さく溜息をつく。
「魔都に攻め込むなんて怖いなあ……」
 すると古参の傭兵がクロスボウに太矢を装填しながら、豪快に笑い飛ばした。
「あんまり気負うな、もらった分だけ仕事すりゃいいんだ。山賊より簡単だろ?」


「確かに山賊になるよりはマシっすけど……」
 捕まって縛り首になるよりはマシだと思って山賊ではなく傭兵にしたのだが、黒狼卿のいる魔都リューンハイトに攻め込むぐらいなら山賊のほうがマシだったかもしれない。
 そんなことを思う若い傭兵だった。


 古参の傭兵は素早く、だが決して息切れしない程度に歩きながら若い傭兵の背中を叩く。
「しっかりしろ。あの皇女さんが勝てば、褒美はたんまりもらえるぞ」
「負けたら?」
「次の戦で勝てばいい。あの皇女さんに次はないだろうが、俺たちゃ関係な……」
 古参の傭兵が、ふと首を傾げて立ち止まった。


 若い傭兵も立ち止まり、周囲の傭兵たちも立ち止まる。
 古参の傭兵がつぶやく。
「今、なんか聞こえたぞ」
 一同が耳を澄ませると、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
「おい、これ……」
「間違いない、ロッツォのクソ行進曲だ」


 たちまち傭兵たちの動きが止まり、彼らは剣を鞘に納め、弓や盾を背負う。帰り支度だ。
「もう来やがったよ……割のいい仕事だったのに」
「おい誰だ、ペトーレのクソ爺にチクッたのは?」
「知らねえよ、どうせディーゴんとこだろ」
「ウチじゃねえよ!?」


 帰り支度を始めた傭兵たちに、若い傭兵は戸惑う。
「帰っちゃうんすか? ロッツォって南部の漁港でしょ? なんで?」
 すると古参の傭兵が彼の肩に手を置いて、息子に言い聞かせる父親のように告げた。
「いいか、ミラルディアで傭兵稼業を続けたかったら、ロッツォの軍旗にだけは逆らうな」
「どういうことっすか!?」


 他の傭兵たちが、口々に答える。
「あの爺に睨まれたら、ミラルディアじゃ傭兵できなくなるぞ。おっそろしく執念深いからな」
「あいつ、こっちの契約なんかお構いなしだ。まじクソ爺だぜ」
「でも待遇はいいんだよな、ロッツォ」
「元老院もあのお姫さんももうダメっぽいし、次はロッツォの交易商組合かな……お前どうする?」
「そうだな、久しぶりに埠頭倉庫の番人でもやるか」


 若い傭兵はまだ少し迷いがある様子で、古参兵に尋ねる。
「でもロッツォ軍は外でしょ? リューンハイトに突入したら関係なくないっすか? ちゃんと契約守ったほうが……」
 古参の傭兵は溜息をつく。
「ロッツォ軍がリューンハイトに突入してきたら、市内で挟み撃ちにされるぞ。それにな」
 彼はリューンハイトの城壁を指さした。


「あそこになんか見えるだろ?」
「えー……あ、はい。旗? 真っ赤でボロボロっすね」
 リューンハイトの城壁に、爪で引き裂かれたような赤い旗が翻っている。
「坊主、あれも覚えとけ。『爪のウォッド』の血染め旗だ」
「爪のウォッド?」


 古参の傭兵はどこか懐かしむような口調で、こう続ける。
「伝説の傭兵だよ。隠し武器の達人でな、丸腰にしか見えないのに、えげつない凶器で敵を切り刻む男さ。まだ生きてやがったのか」
「ほんとに本物っすか?」
「確かめるぐらいなら俺は逃げるね。俺はあいつが盗賊の砦に一人で乗り込んで、十六人全員をバラバラにしちまったのを知ってるからな」
「……まじで?」


 怯える新米傭兵の肩をポンポン叩いて、古参の傭兵は笑った。
「ほれ、行くぞ。お前の面倒ぐらい俺がみてやる。ついてこい」
「あ、はい」
 傭兵たちが戦場を離脱していく。


 慌てたのは東門の攻略を担当していたロルムンド兵たちだ。
「お、おい待て! 契約と違うぞ!」
 だが傭兵隊長たちは首を横に振った。
「すまん、契約違反は謝る。だが俺たちはミラルディアの傭兵なんでな。ミラルディアで暮らしていけなくなるのは困るんだ」


 傭兵たちの理屈に、ロルムンド兵たちは激怒する。
「ここで逃げるぐらいなら、最初から来るんじゃねえよ!」
「まったくだ」
 傭兵隊長の一人が苦笑し、指をパチンと鳴らす。
 周囲に展開していた傭兵たちが一斉にクロスボウを構えた。


「なっ!?」
 驚いて立ちすくむロルムンド兵たちに、傭兵隊長が笑う。
「俺たちはあんたらをここで始末して、その首を南部連邦に売り込むこともできる」
 別の隊長が続けた。
「だがもちろん、そんなことはしない。それに契約金には違約金をつけて返す。それで勘弁してくれ」


 勘弁するもなにも、これ以上文句を言うなら殺すと言われているのだ。
 数名しかいないロルムンド兵たちは、黙るしかなかった。
「勝手にしろ、卑怯者どもが!」
「そりゃあ俺たちはミラルディアの傭兵だからな! あばよ、ロルムンド人ども!」
 傭兵隊長たちが笑い、馬にまたがって去っていく。


 その頃、リューンハイトから少し離れた丘の上に遊牧民たちの騎馬隊が控えていた。
「太鼓はもういい。傭兵たちが退却を始めた」
 見張りの男がそう言うと、一団は演奏を中断した。
「これでいいのか? アラム殿の頼みなら、一晩でも続けてみせるが」
「いや、もう大丈夫そうだ。ロッツォの軍旗も全部片づけておけ。ペトーレのクソ爺からの借り物だ。汚すとうるさい」


 彼らはシャルディール太守アラムに頼まれ、ロッツォ軍のふりをして傭兵たちを退却させたのだ。
「これで町に移った若い連中も、良くしてもらえるだろう。アラム殿は義理堅い」
「ああ、そうだな。さあ報告に帰ろう。義理堅いアラム殿が羊の肉を食わせてくださるぞ」
 砂漠の遊牧民たちは傭兵の退却を見届けると、馬を駆って戦場から姿を消した。
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