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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「エレオラ戦記・その7」

145話(エレオラ戦記・その7)


 エレオラは夜風に流れる黒髪を払いのけながら、小さくうなずく。
「どうやらうまくいったようだな」
 ボルシュ副官が敬礼する。
「魔撃大隊、総員異状ありません。傭兵隊も脱落者はいない模様です」


 エレオラは副官に問いかける。
「騎士団はちゃんとカカシになっていると思うか?」
「布陣しているだけで勲章がもらえるのですから、従わない理由もないとは思いますが……なんとも言えませんな」
 ロルムンドでは、勲章には種類に応じてロルムンド本国からの恩給が生涯支払われる。
 報奨金を一度払うだけのミラルディアとは違うので、あまり乱発はできないが、この際そんなことは言っていられない。


「私が対処を誤ったせいで、ミラルディアの騎士団は士気が低い。敵を街に釘付けにしてくれれば十分だ。勲章を与える大義名分にもなる」
 ボルシュが眉をひそめる。
「しかしロルムンド聖堂騎士章は、いささかやりすぎでは? 本国の受勲者たちに知られると面倒ですぞ」


 エレオラ皇女が独断で与えられる勲章の中では、最上位に位置するもののひとつだ。
 だがエレオラ皇女は苦笑する。
「今後への投資だ。それに彼らが任務を果たしてくれなければ、南征は失敗する。本作戦での功績は大きい。誰にも文句は言わせんよ」


 エレオラ皇女は魔撃書をぎゅっと握り、不敵な微笑みを浮かべる。
「南部連邦は一見すると一枚岩だが、よく見れば人間と魔族の二層に色分けされた一枚岩だ。それをつなぎ合わせているのが、あの黒狼卿だな」
「彼を失えば、連邦にも亀裂が入るとお考えですか?」


 副官の問いに、エレオラはうなずく。
「いずれ必ずな。南部の団結は人と人の団結だ。指導者を一人欠くだけで大きく揺らぐ。それが黒狼卿となれば、もはや団結を維持できまい」
「しかしそれは敵方も承知しております。魔都の防備は堅いでしょう」
 副官の言葉に、エレオラ皇女は微笑みながら首を横に振った。


「考えてもみろ、人間が魔族を守るために命がけで戦うと思うか?」
「……確かにロルムンドでもミラルディアでも、そんなことは歴史上に一度もありませんでしたな」
「ミラルディアの魔族は人間を守る。私はそれに驚愕と敬意を感じた。だが人間のほうが魔族を守ったことは、まだ一度もない」
 ミラルディア侵攻の事前調査でも、人間が魔族を守るために戦った事例は確認されていなかった。


 そう言ったエレオラのもとに、レンコフ小隊長が駆けてくる。
「突入準備が完了しました。通信機はサバンに渡してしまったので、自分は徒歩で報告です」
「御苦労。なくなると不便だろう?」
「まったくです。では」
 危険な任務の最中にも関わらず、レンコフ小隊長は笑顔で敬礼して駆け去っていった。


 エレオラ皇女はイヤリングに触れ、命令を下す。
「サバン、聞こえるか。私だ」
『はっ! 感度良好です』
「隠密布と暗視鏡の調子はどうだ?」
『問題ありません』
 部下の声は落ち着いている。


 エレオラ皇女は少し安堵しつつも、部下に注意を促した。
「隠密布は周囲の景色を真似ているだけで、透明にはなっていない。それに人狼や犬人の耳や鼻はごまかせん。過信するな」
『はっ、慎重に接近します』
「よし」
 部下の頼もしい声にうなずき、エレオラ皇女は続ける。


「それと魔撃杖は設計に十分な余裕を持たせているため、最大装填量の二倍までは暴発しない。知っているな?」
『はい』
「繰り返しになるが、発射することを考えないのであれば、三倍でも暴発はしない。ただし絶対に水平を保て。傾けると砲身内部の魔術紋が蓄魔鋼と接触するぞ」
『留意します』
 いずれも事前の打ち合わせで一度説明した内容だから、自分でも少々くどい気はする。
 だが、こんなことで大事な部下を事故死させる訳にはいかない。


 そのやりとりを聞いていたボルシュが苦笑を浮かべた。
「魔撃兵器の設計者であり、魔撃部隊の創設者でもあらせられる殿下が、魔撃兵器の暴発による城門爆破を計画なさるとは思いませんでしたな」
 エレオラ皇女は溜息をつく。
「そこまで追いつめられているのだ。報告書には記載するな。後世の歴史家に知られたくない」
「心得ております」


 エレオラ皇女は小高い丘から、リューンハイトの街の灯を見下ろした。
 彼女は通信機を兼ねているイヤリングに触れつつ、こう命じる。
「全軍に通達する。本作戦の標的は魔族、ことに魔王軍最高幹部のヴァイト黒狼卿だ。人間には極力手を出すな」
 彼女の軍務の中で、これほどまでに無謀でギャンブルじみた作戦は一度もない。
 それでも、やるしかないのだ。
「全ての作戦計画に変更はない。行動を開始せよ」


 リューンハイト西門付近の城壁の上では、犬人族の兵士たちが夜間の巡回中だった。
「おなかすいたね」
 柴犬に似た兵士がつぶやくと、ビーグル似の兵士が被っていた制帽を脱いだ。シャコー帽とよばれる、円筒状の長い帽子だ。
 小柄な犬人たちからは、背が高く見えると人気である。
「ちょっと待ってね」
 彼は帽子の中にごそごそ手を突っ込むと、細長くスライスされた干し芋を取り出した。


「食べる?」
 そう言いながらさっそく自分でもモグモグ食べている同僚に、柴犬似の兵士があきれる。
「お前、どこに食べ物入れてるの」
「ぼうし」
「見りゃわかるよ」


 溜息をつく柴犬似の兵士。
 ビーグル似の兵士はモグモグ食べながら、ふと首を傾げる。
「干しイモきらい?」
「きらいじゃないけど、制帽を食べ物入れにするなよ。ヴァイト様に怒られるよ」
「えー、でもヴァイト様がこれ見て、すごく……」
 そこまで言いかけたところで、ビーグル似の兵士が食べかけの干し芋を帽子に戻す。


 柴犬似の兵士が首を傾げた。
「どしたの?」
 するとビーグル似の兵士はくんくんと空気の匂いを嗅ぎながら、こう答えた。
「なんか変なニオイがする。鳥?」
「ん? そういえば確かに……知らないニオイだなあ」
 柴犬似の兵士は周囲を見回す。
 犬や狼同様に、彼らは夜目がきく。そのぶん色覚は弱いが、これぐらいの闇は犬人にとっては昼間とそう変わらない。


 しかし彼らの目をもってしても、特に異状は見あたらなかった。
 だが一瞬、城壁の外に妙なものが見え隠れしたのに柴犬似の兵士が気づいた。
 そこだけ景色が歪んでいるように見えたのだ。
「ねえ、あそこになんかいなかった?」
「なんかってなに?」
「なんかこう、チラッて……いや、グニョって、かな?」
 だがもう何も見えない。


 二人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「なんかへん?」
「なんかへん!」
 意見が一致したので、二人はうなずく。
「みんなに報告しよう!」
「うん!」
 柴犬似の兵士が、首から下げている犬笛を吹こうとした瞬間。


 城門で大爆発が起きた。
 轟音と振動が城壁を奮わせ、びっくりした犬人兵たちは頭を抱えてうずくまる。


「うわあ!?」
「なに!? なにがおきたの!?」
「と、とにかく笛! 笛吹こう!」
 二人はすぐに犬笛を全力で吹き鳴らす。
 そして叫ぶ。
「西門が攻撃されたぞー!」
「敵襲だー!」


 すぐに西門周辺が騒がしくなり、ベルーザ陸戦隊や犬人の警備隊が飛び出してくる。
 そのとき遙か遠くの東門から、ズズンという鈍い爆発音が聞こえてきた。
「あっちも!?」


 同時刻、リューンハイト人狼隊宿舎。
「西と東で犬笛が聞こえた! 爆発音も二回聞こえた!」
 当直室にいたファーンが叫び、同席していた竜人技官がうなずく。
「わかりました、緊急警報の信号を打ち上げます」
 信号弾が打ち上げられ、炸裂音と閃光が闇夜を貫く。


 蒼鱗騎士団長のバルツェが双剣を手に外に飛び出したとき、彼は一瞬でこの事態を理解した。
「全軍に非常呼集! 内門を固めてアイリア卿とヴァイト卿をお守りしろ! 蒼鱗騎士団は東外門に急行する!」
 遠くから白い閃光が幾度も輝く。噂に聞く、ロルムンド軍の新兵器らしい。


 そこにベルーザ陸戦隊のグリズが駆けつけてきた。夜目にも凶悪な出で立ちで、巨大なトゲつきメイスを担いでいる。
「よう、バルツェの旦那! 東西の外門が突破されたらしいな!」
「そのようです。応戦をお願いします」
「ああ、うちの連中が西の外門でやりあってる。だが新市街には、もう敵が入り込んでるらしいぜ」


 バルツェは騎竜に鞍をつけると、地面を蹴って騎乗した。
「接近を完全に隠蔽していたということは、市街に入り込んだ敵は少数と思われます。物量で押し返しましょう」
「おう、任せといてくれ! あんたも死ぬなよ!」
「グリズ殿も御武運を!」
 二人の指揮官は慌ただしく敬礼して、それぞれの部下を率いるために駆けていく。
 リューンハイトの夜空の下、白い閃光が断続的に瞬いていた。
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