挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

142/407

黒狼卿の日常

142話


 リューンハイトに帰ってきた俺は、執務室の奥にある寝室のベッドにダイブする。
 もうやだ。
 絶対にコスプレしないぞ。
 北部の市民が大喜びしてたが、もう絶対にやらない。
 よぼよぼのおばあちゃんまで俺の手を握って喜んでたが、もうやらないからな。
 ……少なくとも今週は。


 俺が芸能活動みたいなことをしている間も、他の評議員たちはせっせと仕事をしてくれていた。南北で価値観の相違はあっても、やはり太守同士の外交は強い。
 優秀な副官のカイトが書類をまとめつつ、俺に告げる。
「現状で連邦に好意的なのが、中部の四都市ですね」


 彼がいう四都市というのは、解放軍の攻撃を受けた宗教都市イオロ・ランゲ、城塞都市ウォーンガング、それに服従を強要された古都ヴェスト、農業都市ヴィルハイム。
 いずれもミラルディアの長い歴史で重要な役割を担ってきた都市だ。
 だがエレオラ皇女の作った「都市序列」とかいうランキングでは、下位に置かれている。
 これでは面白くないだろう。


「ヴァイト殿、失礼します。犬人用の携行型クロスボウについて、実射試験の結果をお持ちしました」
 竜火工兵隊のクルツェ技官が来たので、報告を受けて少し雑談をする。
 カイトがクルツェ技官に茶をいれて応対してくれている間、俺はエレオラ皇女の戦略について再び考える。


 エレオラ皇女としては都市に序列をつけることで、都市間でロルムンドへの貢献を競わせるつもりだったのだろう。
 だが競わせるどころか、逆に下位の都市の反発を招いてしまっている。
 おそらく計画のどこかで必要なパーツが欠けてしまったのだ。理由はわからない。


 そこまで考えたところで、兄弟子の骸骨魔術師パーカーがやってきた。
「ヴァイト、先生を見かけなかったかい? 骸骨兵の配備が終わったら、『もうしばらく骨は見とうない……』とつぶやいて、どっか行っちゃったんだ」


「骸骨のあんたが探したら逆効果じゃないか?」
「僕は骸骨兵と違って、一応まだ現世側の存在だよ。参ったな、魔王陛下が行方不明じゃ困る。ヴァイト、五十年ほど君が魔王やっといてくれないか」
「そんな軽いノリでやるものじゃないだろ。しかも五十年って」


 俺がパーカーに虚しい突っ込みを入れていると、今度は海賊都市ベルーザの太守ガーシュがやってきた。
「おうヴァイト、陸戦隊の視察ついでに寄らせてもらったぜ。あいつらが海の味が恋しいっていうからよ。魚と貝の乾物を持ってきたんだ」
「ここに置かないでくれ、部屋が生臭くなる」
 どんどん人が増えるな。
 さっきから誰も帰らないので、人が増える一方だ。


 するとガーシュを見たクルツェが立ち上がる。
「ガーシュ殿、依頼されていた排水ポンプの改良案をまとめてきました」
「おお、そいつは助かる。試作品はあるか?」
「ええ。耐久試験がまだですが、計算上では海水でも問題ないかと」
 俺と無関係な打ち合わせまで始まってる。


 そこにファーンお姉ちゃんがやってきた。どういう訳か師匠をおんぶしている。
「ヴァイトくん、遊びに来てた魔王陛下が寝ちゃったから連れてきたんだけど……」
 どこに行ったかと思えば、そんなとこだったのか。
 すると嬉しげにパーカーが立ち上がった。
「やっぱり、ここにいれば先生が戻ってくると思っていたよ!」
「ちょっ、パーカーさん、ダメだってば。陛下が起きちゃう」


 ファーンお姉ちゃんが慌てる暇もなく、師匠が寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ます。
「ん……なん……ぬぅ?」
 まだ起動中のようだ。熟睡してたんだな。
 目をくしくし擦っている師匠の周囲で、パーカーが鬱陶しいまとわりつき方をしている。
「先生、お休みになるならベッド使わないとダメですって! 僕が自作した死霊数え唄か怨霊子守歌をお聞かせしますから、さあ! さあさあ!」


 師匠は完全に寝ぼけた顔でパーカーを見る。
「ぬ……む? んう?」
 そしてパーカーの骸骨面に顔を近づけると、不快そうに眉をしかめた。
「ほろびにょ」
 指先から放たれたのは、霊体を切り裂く魔法の刃だ。霊のピンポイント駆除に使われるが、霊以外にも効く。
「うわぁ!?」


 パーカーは至近距離からの必殺の一撃を、自らバラバラになることで緊急回避した。
 床に散らばったまま、骸骨がパカパカ叫ぶ。
「先生、僕です! 愛弟子のパーカーです! 骸骨兵でも悪霊でもありません!」
「悪霊だろ」
「ヴァイトはちょっと黙ってて!」
 パーカーの突っ込みという、実に珍しいものが見られた。


 俺はまだ寝ぼけている師匠に濃いめの紅茶をいれてあげた後、軽く溜息をつく。
「こんなにみんな集まってたら、俺の仕事ができないだろう?」
 俺の執務室が魔王軍幹部のサロンみたいになっているのは前からだが、最近は人間も増えてますます混沌としてきた。
 おかげで俺は自分の仕事がぜんぜん片づかない。


 そこにラシィがやってくる。
 彼女は室内をきょろきょろ見回すと、ほうきでパーカーを拾い集めているカイトを見つけた。
「カイトさん、頼まれてた魔法書を見つけてきましたよ。あ、これ違う……」
「違うのかよ! てかこれ料理の本じゃないか! どこをどう間違えたんだよ、ラシィさん!」


 もうゴチャゴチャになっているところに、アイリア魔人公がとどめを刺しにやってきた。
「みなさんお揃いですね。マオ殿が賄賂を持ってきてくれましたので、尋問がてらお茶にしませんか?」
 賄賂って、もしかしてその大量のパウンドケーキのことか。


 遅れてやってきたマオがふてくされている。
「誰かさんのせいで本業がすっかり落ち目でして、従業員を養うために賄賂持参で陳情に来たんですがね。軽くあしらわれてしまいました」
 誰かさんって誰だよ。俺は知らないぞ。
 だがマオの商売がうまくいっていないことには、俺もほんの少しだけ関係しているかもしれないな。


「マオ、ついでだからガーシュ卿と塩田の相談でもしていけ。増産体制を整えているところだから、取引量が増えそうだ」
 すると彼は眉をぴくりと動かし、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「おや、いいんですか?」
「裏の裏まで知っている貴殿に裏切られると困るからな。ただし不当に利益を独占したら、頭からまるかじりだ」
 マオはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「恐ろしいお方ですね、黒狼卿は」
 そりゃあもう。


 するとマオはふと思い出したように、こう切り出した。
「先ほどアイリア様にも報告したんですが、北部の噂ではエレオラ皇女がウォーンガングの駐留軍を動かそうとしているそうです」
「本当か?」
 ここで焦って戦争するほど、彼女も愚かではないと思うんだが。


 俺が知る限り、彼女の配下にはロルムンド正規軍がほとんどいない状態だ。かといってミラルディア人同士を戦わせると、何が起きるかわからない。
 ここでの軍事行動は、あまり良い策とは思えない。
 しかしマオは真剣な表情で続ける。
「保存食や塩などの納入で、それらしい動きがありました。私に調べられる範囲ではそれが限界でしたので、それ以上はそちらで」


 この世界の軍隊は兵站が未発達だが、エレオラ皇女は兵站を重視している。だからこうして流通を見張っていれば、動きを察知できることもある。
「わかった、ウォーンガング太守のドネーヴァ殿とは面識がある。念のため、ヴィルハイム太守経由で聞いてみよう」


 俺が会話を切り上げて室内を見回すと、たいして広くもない執務室は人間と魔族がごちゃごちゃと入り乱れておやつを食べていた。
 骸骨の魔術師と人間の魔術師が互いの知識を交換し、竜人族の技官が人間の太守と一緒に新しい設備の相談をしている。
 俺がこの館の窓から飛び込んだときには、こんな日が来るとは思ってもみなかったな。


 俺の仕事がぜんぜん片づかないのは困るが、俺の執務室で各部署の情報交換や交流が行われているのも事実だ。
 おかげで俺が北部でコスプレ行脚をしている間も、南部連邦はどんどん発展していく。
 そう考えると、これもなかなか悪くないかもしれない。


「ヴァイト様、考え事してないで食べましょう!」
 犬人兵たちに服の裾を引っ張られ、俺は我に返る。
「ん、ああ。そうだな」
「はい、ケーキどうぞ!」
「ありがとう」
 ケーキの皿を受け取った後、俺はふと気づく。
 いつ入ってきた、お前たち。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ