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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「エレオラ戦記・その4」

138話(エレオラ戦記・その4)


 古都ヴェストの一室で、ドレス姿の美女が花瓶の花をもてあそんでいる。エレオラだ。
 会談を終えた後のせいか、疲労の色が濃い。
 そこに部下のナタリアが入室してくる。
「お疲れさまでした、姫様。お茶いかがですか?」
「ありがとう、ナタリア」


 ナタリアは紅茶のカップを置きながら、ちらちらとエレオラの姿を見る。
「ん、どうした?」
「いえ。姫様がすっごく素敵なので、つい」
 お盆で照れくさそうに顔を隠すナタリアに、エレオラ皇女は苦笑する。
「ドレスは苦手だよ。貴官のほうがきっと似合う」
「わ、私にそんなドレス無理ですってば。ところで姫様、会談はいかがでしたか?」


 するとエレオラ皇女は溜息をつく。
「防戦一方だったよ。さすが『魔人公』アイリア卿、ただ者ではなかった」
「黒狼卿はどうしてたんですか?」
「面倒事はアイリア卿に任せて、私が苦戦しているのをじっと見ていたよ。さぞかし滑稽だっただろうな」
 エレオラはドレスの裾をつまむと、紅茶を一口飲んだ。


「やはり貴官がいれてくれた茶が一番いいな。ミラルディア人の茶は……薄すぎる」
「光栄です、姫様」
 部下たちと過ごす時間だけは、心安らかでいられる。
 ミラルディアの人間も魔族も、エレオラ皇女にとっては油断のならない相手だからだ。


 一方その頃、エレオラ皇女不在の城塞都市ウォーンガング。
 近隣の農業都市ヴィルハイムから、太守クルストが麦の取引のために赴いていた。
 まだ麦の収穫前だが、今年のウォーンガングでの需要がどれぐらいあるのか確認しに来たのだ。大勢の兵士が駐留しているウォーンガングでは、食料の需要が頻繁に変動する。
 ウォーンガング太守ドネーヴァは、クルストとも旧知の間柄である。陽気な中年男性だ。


 二人は商談の後、しみじみと溜息をつく。
「都市序列の件は、少々こたえましたよ」
 クルストは窓の外をちらりと見る。見覚えのある顔が雑踏に紛れていた。ヴィルハイムからずっと尾行してきている連中だ。
 クルストは穏和な人物で知られるが、だからといって間抜けではない。太守の常として、暗殺や盗聴への警戒は怠っていなかった。


 クルストはあまり窓の外を見ないようにして、今見た顔を頭の中で確認する。
 微かにだが、彼らの顔立ちはミラルディア人と違っていた。平服の着こなしにも違和感がある。
 おそらくはロルムンドの軍人だろう。つまりはエレオラ皇女のつけた監視だ。
 どうやら信用されていないらしい。


 ドネーヴァはクルストの表情に気づいたのか、同情的な笑みを浮かべた。
「皇女殿下は仕事熱心な部下をお持ちですな」
「ええ、あれで気づかれないと思っているのが、また腹立たしくもありますが……侮られているのでしょう」
 クルストとしては苦笑するしかない。


 ドネーヴァはそれ以上追求せず、話題を都市序列の件に戻す。
「都市の重要度ではなく、ロルムンドへの貢献度で序列を決定されてしまいましたからな。うちなんか戦場になって城門を吹き飛ばされたのに、元老院のせいで第八位ですよ」
 城門の復旧を自費で何とかしているところだが、破壊されたインフラの復興には莫大な費用がかかる見積もりだ。


 クルストは窓際から離れ、ドネーヴァの対面に座る。
「そしてヴィルハイムは第九位、最下位です。北東部の穀倉として励んできましたが、これでは余りに情けない」
「いやいや、ヴィルハイムがいてくれないと我がウォーンガングは飢えてしまいます。私の中ではヴィルハイムこそが第一位、ウォーンガング最高の友ですよ」
 元老院は太守同士の争いを禁止していたが、親交を深めることには寛容だった。
 そのため近隣の太守同士はどこも仲が良い。


 クルストは温厚そうな顔をますます和らげて、丁寧に頭を下げた。
「ウォーンガングこそ、ヴィルハイムとっては頼もしい正義の騎士です。曾祖父の代から何度、数々の脅威から守っていただいたことか」
 するとドネーヴァは、わざとらしく肩をすくめ、おどけてみせた。
「騎士といえば、騎士団の方々が最近は機嫌が悪くて……」
「どうされたんです?」


「皇女殿下が騎士団を再編成しましたからな。いくつもの騎士団を統合した結果、団長職を失った騎士たちが大勢いるのですよ」
「ああ……それは」
 金目当てで戦う傭兵と違って、騎士は名誉こそが最高の報酬だ。彼らにとって名誉とは、一族の将来に直結する貴重な財産だからだ。
 その名誉を失ったとあれば、不満が出て当然だ。


 ドネーヴァは溜息をつき、やれやれと苦笑いする。
「せめて何か補償をしてもらえれば、騎士たちも多少は納得するんですがね。断られてしまいました」
 どうせお飾りの団長職だ。ロルムンドから勲章のひとつも授与してやれば、代わりになる。


 しかしエレオラ皇女からは、何の補償もなかった。
『功績のない者に栄誉を与えれば、命がけで功績を立てた者への侮辱になる』というのが、その理由だった。
 降伏者の処遇についてはエレオラが全権を握っているので、それ以上どうすることもできない。


 ドネーヴァは苦笑して、クルストが手土産に持参した茶を一口飲んだ。ヴィルハイムの特級茶葉を濃くいれるのがドネーヴァの好みだ。
「あの方は常に正しくあろうとしている。公正にして公平、大変結構なことだ。はっはっは」
 表情は陽気だが、その言葉には濃くいれた茶よりも深い苦みがあった。


 クルストはそれを察し、旧友をなだめる。
「しかし皇女殿下は、民衆から絶大な人気があります。民衆が喜んでいる間は、我々も我慢するしかありますまい」
「ええ。民衆と殿下の蜜月が続く限りは、ですな」


 クルストはじっとドネーヴァの顔を見ていたが、やがて口調を変えてこう言った。
「ドネーヴァ殿、南部連邦のヴァイト卿についてはご存じですか?」
「石弾返しの人狼ですか。ザリア戦に参加した兵士たちから話は聞いています。恐ろしい怪物ですな」


 クルストは苦笑し、首を横に振った。
「いえ、それが意外に話のわかる方でしてね。板挟みになっていた私に解放軍への投降を勧めてくれたのが、彼なのですよ」
「ほう……」
 ドネーヴァの目つきが変わった。もう陽気な中年の顔ではない。軍事拠点を統治する太守の顔だ。
「その話、もう少し詳しくお聞きしたいですな」
 ドネーヴァは使用人を呼び、新たに湯を沸かすよう命じた。
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