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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「エレオラ戦記・その3」

136話(エレオラ戦記・その3)


「我が大隊から戦死者が五名も出たのは、やはり痛恨だな」
 エレオラ皇女は報告書の名前を一人一人、指でなぞった。
「メンチェフのコイン隠し芸は失敗ばかりだったが、もう二度と見られぬと思うと寂しいものだ」
「成功したときよりも、失敗したときのほうが盛り上がっておりましたな」
 副官のボルシュも寂しげな笑みを浮かべる。


 エレオラは目を閉じ、手を組んで輝陽教式の祈りを捧げる。
「私に生涯を捧げてくれた者たちよ、私は負けぬ。見ていてくれ」
「それでこそ殿下です」
「いつまでも子供扱いするな、ボルシュ。もう泣いたりはせんよ」
 微笑む副官に苦笑してみせて、エレオラ皇女は机の上の魔撃書を撫でる。


 ボルシュが報告書の続きを示す。
「殿下の御命令通り、各小隊に二名ずつ治療兵を配したのは正解でした。シュワルゼ四等士官以下十一名が、それで一命を取り留めています」
「全員が初歩の治療魔法を使えるとはいえ、やはり本職の治療術師でなければ無理な場合があるからな」


 エレオラは確かめるように問いただす。
「ところで戦死者の『魔撃杖』の回収と整備は完了したか?」
「もちろんであります。大隊葬の後、備品に回しました。員数に変化はありません」
「御苦労だった。あれをヤツに拾われでもすれば、やっかいなことになるだろう」
 副官が首を傾げる。


「『ヤツ』とは?」
「リューンハイトの黒狼卿だよ。おそらくウォーンガング攻略戦についても、十分な情報を得ているはずだ。彼は自ら最前線に赴く」
 ボルシュがニヤリと笑った。
「殿下と同じですな。部下が苦労します」
 するとエレオラは少しふてくされた。


「せっかく魔撃科教官の口を用意してやったのに、主命に背いてこんなところまでついてきたのはどこの誰だ、ボルシュ」
「ははは。若いうちは苦労しておけというのが、ノリンスキー家の家訓でして」
「若くもあるまい。もう四十二だったか?」
「まだ四十二であります、殿下」


 他愛もない雑談に、エレオラは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。
 副官の気遣いに感謝しつつ、彼女はこう告げる。
「口うるさい貴官には、さっさと隠居してもらいたいのでな。迅速に事を進めるとしよう。『兎』どもはどうなった?」
「面白いことに大半が西に向かって歩き続け、そのまま凍死しておりました」
 エレオラは地図を確かめる。


「目的地はボルツ鉱山か。魔王軍の侵攻で破壊され、ようやく復興したばかりだと聞いたが」
「採掘は既に再開されているようですが、ただの鉄鉱山です」
 エレオラは少し考え、それからうなずいた。
「おそらくそこに何かある。何もかも失った者は、最も頼れるものにすがろうとするものだからな。第五小隊にボルツ鉱山の捜索を命じよ」
「はっ」


 そこにドアがノックされ、ロルムンド将校が入室してくる。ナタリア四等士官だ。
「姫様、市民から陳情です」
「なんだ、ナタリア」
「ウォーンガングの静月教徒が、信仰の自由を求めてきました」
「ここもか」
 エレオラは溜息をつく。


「神聖ロルムンド帝国は数多の民を束ね、輝陽教を唯一絶対の国教とする国家である。我々は解放軍の支援者という位置づけだが、実際には侵略者だ。わかるな、ナタリア?」
「は、はい。ですが……」
 かわいそうじゃないですかと、口の中でごにょごにょつぶやくナタリア。


 エレオラは困ったように眉を寄せ、言葉を選んで続けた。
「もともと、北部市民のほとんどは輝陽教徒だ。今後のことを考え、少数の異教徒は改宗させる」
「えー……」
「不服か、ナタリア? 輝陽教司祭の娘にしては、ずいぶんと優しいな」
 ナタリアはこわごわうなずく。
「はい。異教徒と共存してこその輝陽教だと、父に教わりました」


 エレオラは目を閉じ、一瞬だけ追憶に耽る。
「その結果、貴官の父君は異端審問で追放された。ロルムンドにおいて輝陽教は統治の道具であり、真理や善からは最も縁遠い存在だ」
 だからこそ、本国から睨まれるようなことはできない。
「ミラルディアの属国化のため、静月教徒には泣いてもらおう」
「はい……」


 ナタリアがあまりにしょげているので、エレオラは苦笑した。
「だが急に改宗というのも難しいだろう。当面の措置として、異教徒には少額の罰金のみで済ませる。罰金が払えぬ者は奉仕活動でいい」
 とたんにナタリアの表情がパッと明るくなる。
「えっ、いいんですか!?」


 エレオラは本国からの指令書を開き、内容を再確認した。
「本国からの通達で、輝陽教徒と異教徒を平等に扱うことは禁止されている。だが、これなら平等ではないだろう?」
 もちろん、これで静月教徒が納得するとも思えない。
 しかし他に選択肢がなかった。
「改宗強要、拒否、見せしめの処罰、異教徒の反乱といった流れは、私も懸念していたことだ。改宗は状況が落ち着くのを待ってから、時間をかけて行っていく」


 ナタリアは笑顔になって、エレオラ皇女に敬礼した。
「あっ、ありがとうございます、姫様! 私やっぱり、姫様のこと大好きです!」
「こちらこそ礼を言う、ナタリア四等士官。私は不信心者でな。この手の問題はつい忘れがちになる」


 そこに新たな報告がもたらされる。
「殿下、ヴィルハイムが解放軍に降伏するそうです」
「妥当な判断だな」
 エレオラはうなずいた。
「どうやら黒狼卿との競り合いに勝ったか。ここで負けるようでは、この先とても彼とは戦えんだろうがな」


 ボルシュ副官が進言する。
「ヴィルハイムは監視下に置いたほうがよろしいでしょう。おそらく黒狼卿の『置き土産』があるかと」
「貴官もそう思うか」
「拠点をみすみす敵に渡す軍人はおりません。撤退するにせよ、井戸に毒を投げ込むぐらいはします」
「軍人らしい例え方だな、ボルシュ一等士官」


 エレオラはうなずき、不敵な笑みを浮かべる。
「太守クルストの動向には用心するとしよう。毒麦を食わされたくはないからな。監視のため、第一小隊から四名引き抜け。人選は任せる」
「はっ」


 地図に目をやったエレオラは、ふと思い出したようにつぶやく。
「ところでザリアに送った使者だが、やはりあれぐらいでは心は動かされまいな」
「ザリア太守シャティナはまだ子供と聞いておりますが、さすがに後見人がいるでしょうからな。父親の敵討ち程度では……」
「ヴィエラ太守は辣腕、トゥバーンとベルネハイネンの太守は魔族。いずれも懐柔は不可能だろう。となればやはり、最後は武力侵攻か」


 エレオラは指先で額を押さえた。
「だがウォーンガングにあるはずの投石機が、ひとつ残らず南部連邦に奪われていたからな。これはいささか誤算だった」
「解散された投石機隊については太守たちの協力を受け、解雇された技術者たちを再度集めているところです」
「また借りが増えてしまうな。タダほど高いものはないぞ」
 受けた恩は、いずれ何らかの形で返さねばならない。
 おそらくは利権という形になるだろう。


「投石機の建造は部品の調達が特殊で必ず足がつく。そして用途は唯一、建造物の破壊だ。武力侵攻の準備を知られれば外交に影響する。ギリギリまで建造には着手するな」
「はっ」
 ボルシュが敬礼すると、まだ居残っていたナタリアが首を傾げる。
「しかし姫様、投石機なんか使わなくても、私たち重狙撃小隊がいますよ? 城門ぐらいなら……」


 エレオラは首を横に振った。
「これ以上の犠牲は避けたい。魔撃杖の威力は申し分ないが、射程距離と速射性で弓に負けている。攻城戦に投入すれば、必ず被害がでる」
 今回の戦死者五名のうち、三名は重狙撃小隊の隊員だ。さらに突入時に他の小隊でも一名が戦死している。
 城門付近で合計四名を失っていた。


「南部は北部とは訳が違う。魔王軍の兵力を侮るな。既に南部の前線都市には、魔法で召喚された骸骨兵が無数に配置されているようだ」
「うわぁ……」
 ナタリアが怯えたように自分の肩を抱いている。
 ボルシュも眉をしかめた。
「邪法として禁じられた死霊術が、ミラルディアでは実戦投入されているとは。やっかいですな」


 エレオラが苦笑しつつ、机上の書類にサインをした。
「だからこそ、戦争屋の私が文官の真似事をしているのだよ。よりにもよって私が懐柔工作などとは笑えるだろう?」
「いえ、殿下のめざましい御成長に目を細めております」
 ボルシュの笑顔をエレオラは軽く睨む。
「いつか絶対、貴官を初等士官学校の教官にしてやるからな」
「それだけはお赦しを、殿下」


 エレオラは微笑み、それから書類をボルシュ副官に手渡した。
「では私が貴官を手放す気を起こさないよう、しっかり励め。南部へ揺さぶりをかけると同時に、北部の地盤固めを行う。太守たちを召集せよ」
「はっ!」
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