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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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ミラルディア解放軍

128話


 俺は執務室で、ラシィが苦情を言うのをおとなしく聞かされていた。
「クラウヘンに行くんだったら、私も連れていって欲しかったです」
「お前を連れていくと危ないだろう」
 本人はあまり自覚がないようだが、彼女はお尋ね者だ。
 ラシィの幻術は強力だが、幻影だとバレたらおしまいだ。一時しのぎならともかく、長旅だと不安が大きい。


 俺はそう説明したのだが、ラシィは諦めきれない様子で故郷の思い出話などをしゃべっている。
「そうかもしれないですけど……あ、ベルッケン様には、魔法学院への推薦状を書いていただいたんですよ」
 太守ベルッケンはラシィの魔術師としての才能を評価し、宗教都市イオロ・ランゲにある魔法学院への入学手続きをしてくれたのだという。
 どうやらラシィは、故郷では将来を見込まれた優等生だったようだ。


 俺が彼女の愚痴を聞いてやっていると、パーカーが俺の執務室に勝手にやってくる。
「やあラシィ、ゴモヴィロア陛下の側近としてのお勤めが待っているよ。君と交代して、僕はここで休憩させてもらうつもりだからね」
 師匠は寂しがり屋の人見知りなので、弟子が付き添っているほうが安定する。
 ということで、特に役職のないこいつらが魔王陛下の側近ということで話し相手になっているのだった。


 俺は書類の山越しにパーカーを邪険に追い払う。
「なんであんたまで休憩しに来るんだ。仕事の邪魔なんだが」
 パーカーはわざとらしく肩をすくめ、嘆息するような仕草をみせる。
「頭カラッポにして疲れを癒したいと思うのは、人間の常だろう?」
「あんたは人間でもなけりゃ疲れもしないし、そもそもその頭蓋骨は空洞だろう?」
 その瞬間、パーカーは嬉しそうに顔をあげた。
「その通りさ!」
 ああ、鬱陶しい。


 クラウヘンでは今頃、あの怖いお姫様が何か企んでいるはずだ。春になればすぐにでも動き出すだろうが、春を待たずに何か仕掛けてくるかもしれない。
 北部に近い四都市の警戒と、長期的な戦争に備えるための準備が必要だ。
 それにロルムンドや元老院の動きを探っておく必要もある。
 やるべきことは山のようにあった。


 せめて春まではエレオラ皇女におとなしくしていて欲しいと願っていた俺だが、彼女の動きは予想していた中では最速だった。
「採掘都市クラウヘン、山岳都市ドラウライト、城塞都市シュベルム、農業都市アリョーグ、同じく農業都市バッヘン。以上の五都市が、北部同盟を離脱することを宣言しました」
 アイリアからの第一報で、俺は事態が動き出したことを知る。


 だがその詳細は、予想と少し違っていた。
「これら五つの都市は『ミラルディア解放軍』を名乗る武装勢力によって守られています。解放軍の支援者は、例のエレオラ皇女ですが」
「ロルムンド軍ではないのか?」
 するとアイリアも困惑したような顔になった。
「はい。あくまでもミラルディア人が武装蜂起し、それをロルムンドが支援するという体裁を取っています」


 どうやらエレオラ皇女、かなり胡散臭い戦略でミラルディアに侵攻をかけてくる気のようだ。
 輝陽教の巡礼者たちがもたらした報告では、ロルムンド軍は表向き、「ミラルディア人の保護」を目的としているらしい。


『ミラルディアの民は、元々はロルムンドの臣民であった。ロルムンドはミラルディア民の祖国として正義と慈悲の精神に基づき、ミラルディア人を自国民とみなして保護を行う。神聖ロルムンド帝国第六位外皇女エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンドは、腐敗した元老院を打倒し、ミラルディアに秩序と繁栄をもたらすことを宣言する』


 読み書きできる巡礼者がメモしてきたエレオラ皇女からの布告は、だいたいこんな感じだったという。
 実に胡散臭くて、大変すばらしいと思う。
 この民衆を都合よく操ってやろうという感じ、わかりやすくて嫌いじゃないな。


 問題は、これが結構有効な作戦だということだ。
 アイリアが溜息をついている。
「バッヘンやシュベルム、アリョーグの市民は、元老院にも魔王軍にも強い反感を抱いています。そこに強力な指導者が現れて、しかも太守たちもそれに従うとなれば、異論のあろうはずもありません」
「逆らったら怖そうだしな、あのお姫様」
 するとアイリアが興味を持ったように、俺の顔を覗きこんできた。


「威厳のある方でしたか?」
「前にも説明しただろう。少しでも隙を見せれば、何をしてくるかわからないような女だった。だが指導者としてみた場合は、頼もしいかもしれないな」
 びしびしと強気な改革を起こしてくれそうな、そんな雰囲気がある。
 アイリアは苦笑した。
「ヴァイト卿は、その方のことがよほど気になっているようですね」
「手強そうだからな」
 武力での衝突も嫌だが、外交での勝負もあんまりやりたい相手ではない。


 アイリアも気になっているのか、浮かない表情をしている。
「私も、もう少し手強くなるべきでしょうか……」
「貴殿は十分に手強いぞ」
 アイリアは物腰は穏やかだが、決断力では南部連邦最強かもしれないと常々思っている。なんといっても、真っ先にミラルディア同盟から離脱した太守だ。
「貴殿が味方で本当によかったよ、魔人公アイリア卿」
「ふふ、光栄ですね」


 にっこり笑ったアイリアが、持参した書類を俺の机の上に置いた。
「では手強い魔人公として、少しお役に立たせていただきますね」
「何をするつもりだ?」
 すると彼女は優しい笑顔で書類を示した。
「リューンハイトから北部同盟への食料流入を止めてしまいましょう。先ほど、交易商組合にも相談してきました。次の評議会で提案したいと思います」
「おいおい」
 そんなことをしたら北部民が困るのはもちろんだが、交易や食料生産に従事している南部民も困ってしまう。


 しかしアイリアは動じなかった。
「戦争に備えて食料の備蓄が必要ですので、南部連邦の拠出金で買い上げます。穀物や乾物なら、たくさんあっても困りませんから」
「確かに食料の備蓄は不可欠だな」
 生鮮食料品はすぐ腐ってしまうので、交易に使われるのは長期保存が可能な穀物や乾物、塩漬けなどだ。
 こういったものはもちろん戦時の備蓄にも向いている。戦争の気配が近づいているというのに、敵側に売ってやる必要はない。


 俺は地図を見つめる。
 北部には海がないので、食料の自給という点では南部ほど楽ではない。だから食料生産の拠点となる都市を整備している。
 それが北部同盟の三大農業都市、バッヘン、アリョーグ、ヴィルハイムだ。
 このうち二つまでもがロルムンド側になって、北部同盟は食料をヴィルハイムだけでまかなう必要がある。
 やがてじわじわと食料不足に陥り、民衆の不満に手を焼いた太守たちはいずれ元老院と反目するようになるだろう。


 ただこの方法、元老院とは無関係な北部の一般市民までもが困ってしまう。
 そんな訳で俺は少し躊躇していたのだが、アイリアは躊躇しなかった。さすがというしかない。
 アイリアはさらに、こう付け加えた。
「もちろん、北部の民衆を餓死させるようなことはしませんよ。その前に決着をつけてしまいましょう」
 決断力だけでなく、こういう優しさも兼ね備えているのが、彼女の魅力だと思う。


 俺は改めてアイリアを見つめる。
「貴殿はやはり手強い女性だ。アイリア卿」
「ありがとうございます、ヴァイト卿」
 ますます嬉しそうに、彼女は微笑むのだった。
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