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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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坑道に潜む陰謀

121話


 俺はジェリクとともに、夜陰に乗じてクラウヘン北側の廃坑地帯を訪れていた。
 そそり立つ崖に、いくつもの廃坑が口を開けている。どれも岩塩坑だ。
「なあ大将、ずいぶん掘ってやがるな」
「三百年の歴史があるらしいからな。再利用されていない廃坑を中心に、匂いを探ってくれ」
「あいよ」
 廃坑はどれも結構深く、いちいち調べていたら一晩かかっても無理だ。
 だが人狼の嗅覚なら、その廃坑が今は何に使われているかぐらいはわかる。
 そんな訳で、俺たちは人目を忍んでは廃坑の偵察をしているのだった。


 廃坑のうち、街に近い下層部分は商業利用されている。廃坑バーや廃坑酒造なんてのもあった。倉庫も多い。
 一方、上層部分はあまり使われていない。交通の便が悪いからだ。
「ここは……おっ?」
 濃厚な乳製品の匂いだ。どうやらチーズの貯蔵庫らしい。
 他の匂いはしない。ハズレだな。


 こっちは……。
「うっ!?」
 野菜を発酵させてる匂いだったが、不意打ちだったので思わずうめいてしまった。
 どこか懐かしい匂いだ。たぶん根菜の漬け物だろう。クラウヘン名産「岩塩漬け」だ。廃坑漬けともいう。
 古いものは数年漬けこむので、市街地から離れた廃坑に貯蔵するとラシィが言っていたが、ここがそうか。


 あちこち嗅ぎ回っていると、ジェリクが俺を呼んだ。
「大将、こっち来てくれ。人の気配がする」
 俺は細い通路を駆け上がって、そっと廃坑をのぞき込む。
 闇を見通す人狼の目でも、何も見あたらない。
 だが確かに、まだ新しい人の匂いがする。そして微かに、人の話し声のようなものが聞こえてきた。
 かなり多いな。数十人はいる。


 音の響き方からして、この坑道はだいぶ奥まで続いているようだ。
 ジェリクは周囲を警戒しながら、俺にささやく。
「どうする大将? 探るか?」
「いや、坑道が一本道だったら困る」
 潜っている最中に誰かが来たら、隠れてやり過ごす場所が必要だ。それがあるかどうかわからない。
 俺は地面の足跡を調べたが、人の出入りはかなり多いことがうかがえた。


「ここ、牢屋とか住宅とかじゃないよな?」
 俺はそんなことをつぶやきながら周囲を見回したが、それとわかるような設置物は何もない。
「盗賊の隠れ家とか?」
 ジェリクがつぶやいたが、俺はそれを否定する。
「衛兵に見つかったら袋の鼠だ。マオの話では、廃坑は衛兵隊が定期的に点検しているらしい」
「それじゃ、ここを使ってる連中は太守公認ってことになるな」
「そういうことになるな」
 ここの太守は何か企んでいるようだ。


 こうなると、今使われている採掘場も見ておきたい。今夜中に全部済ませてしまおう。
 市内の岩塩坑は深くなりすぎてしまったので、最近はもっぱら市外の採掘場で掘っているという。
 クラウヘンにとっては重要な場所なので衛兵隊が警備しているという話だが、様子を見ておこう。


 俺たちは崖を登って市外に出る。
 天然の地形を活かした構造は、人狼にとっては好都合だ。崖の上には巡回の衛兵たちがいたが、やり過ごすのは簡単だった。
「あそこか」
 同じ崖の城壁を隔てた向こう側に、岩塩の採掘場がある。
 城壁はないものの丈夫な柵が設けられていて、傍らの衛兵詰所からは明かりが漏れていた。
 ジェリクがそれを眺めながらつぶやく。
「どれだ?」


 岩塩抗はいくつもあったが、ひとつだけ離れた位置に口を開けているのがあった。俺はそれを指さす。
「あれだろうな」
 その岩塩抗だけ、両脇に衛兵が立っている。
 ジェリクが人狼の姿のまま、軽くうなった。
「あっちはちょっと近づけないな……」
 廃坑と違って、あっちは夜でもたいまつが灯されている。おまけに衛兵つきだ。
「みろよ大将、こんな夜中に掘ってやがるぜ」


 ジェリクの指摘通り、多数の作業員が出入りしている。
 採掘抗からは次々に石の詰まった木箱が運び出されてくるが、岩塩ではないらしい。中身はそのへんにぶちまけられている。
「採掘って感じじゃねえな、大将。坑を掘るのが目的みたいだ」
「そのようだな」


 俺は採掘抗から視線を動かして、目の前にそびえる山を見上げた。
 この世界の土木技術で、この山全体を貫通するトンネルを掘るのは無理かもしれない。しかしある程度のものなら作れることは、長く延びた坑道が証明している。
「北壁山脈の向こうか……」
 あいにくと情報はほとんどない。
 微かに伝わっているのは、古い古い帝国の名前。
 名を「ロルムンド」という。
 滅びたという話は聞いたことがないので、まだ存在しているのだろう。
 その程度の情報だ。


 そのとき、ジェリクが俺にささやいた。
「大将。あの坑道の衛兵、装備が違うぜ」
「どこがだ?」
「鎧だ。首のとこ、鉄に直接触れないように毛皮や革を使ってる」
「この距離でよくわかるな」
「武具のことなら任せてくれよ」
 注意して観察すると、確かにあちこちが防寒仕様になっている。
 鎧の下のインナーっぽいものが首も覆っていたり、マントがやけに分厚かったりと、まるで登山装備だ。


 ジェリクが首を傾げる。
「確かにああすれば冷たくないだろうが、あいつらはそんなに寒がりなのか?」
「いや、そうじゃない。ああしないと命に関わるんだ」
「命って……」
「それだけ寒い場所を越えて来たんだろう」
 クラウヘンは確かに寒いが、ミラルディア全体が温暖な気候なので極寒というほどではない。
 しかし本当の極寒の地では、冷えた金属は深刻な脅威となる。わずかに湿った肌が触れれば、それが凍ってたちまち貼りついてしまうのだ。


 俺はもう一度、目の前の山を見上げる。山頂は雲に覆われ、ここからでは見えない。
 北壁山脈について俺はあまり知らないが、おそらく数千メートル級の山々だろう。
 俺は前世で富士山に登った程度の経験しかないが、真夏の日中でも山頂ではそれなりの防寒具が必要だった。


 そのとき、坑道から出てきた人物がいる。堂々とした体格の中年男性だ。
 その身なり、周囲の衛兵や作業員たちの態度で、誰だかだいたいわかった。伝え聞いている背格好とも一致する。
「ここの太守だ。名は確か、ベルッケン・ツェスト・ディフォード」
「ほう、太守が坑道から出てくるとは、ずいぶん熱心だな」
 ジェリクがつぶやく。
 太守ベルッケンらしき人物は周囲の兵に何事か命じると、護衛を伴って採掘場を出ていった。
 さて、これだけ情報を集めれば十分だろう。太守に会うとするか。
 どうやら「人狼斬り」を返す以外にも、いろいろ話題がありそうだ。
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