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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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真実を知った者は

115話


 俺がザリアで仕事をするようになって数日経ち、元老院の使者がまたやってきた。カイトだ。
「先日は大変失礼をいたしました」
 深々と一礼した青年は、こう事情を説明する。
「ヴォルザーブ殿の大剣については、御説明の通りでした。状況を考慮し、返還要求はいたしません」
「そうして頂けると嬉しい」
 本当に嬉しい。


 だがカイトはこうも続ける。
「本日はザリアに対して、元老院より正式な書状をお持ちいたしました」
 ザリア太守への正式な書状なら、俺じゃなくてシャティナを呼んでこないとな。
 俺がそう思って立ち上がりかけたとたん、カイトが慌てたように手を振る。
「そ、そのっ! 内容が内容ですので、あの……」
 ああ、シャティナが激怒するようなことが書いてあるんだな。
 この人も苦労が絶えないな。


 俺は苦笑して、彼から手紙を預かる。
「ではシャティナ卿の師として、先に拝見しておこう」
「よろしくお願いいたします。できましたら、その、お口添えなどもよろしいでしょうか」
「可能な限りでさせてもらおう」
 俺はそう請け合って、元老院からの書状を読んだ。


 元老院の書状は、愚にもつかない代物だった。
 簡単に言うと、「魔族なんか信用できないから、ミラルディアを人間の手に取り戻そう」というものだ。
 一般市民ならともかく、太守に宛てた手紙でこれはひどい。
 ミラルディアの太守はみんな、市民の生活を最優先に考えている。言い方は悪いが、市民のためならミラルディア全体がどうなろうが知ったことではない。
 だから「人間対魔族」なんて大義を振りかざされても、太守にはあまり興味を感じないはずだ。実際、街の安全と繁栄のためなら、彼らは魔族とだって手を結ぶ。


 俺は手紙を畳み、苦笑いするしかなかった。
「カイト殿は書状の内容をご存じかな?」
「はい、使者ですから……」
 彼は緊張した表情で、額の汗を拭う。気の毒な人だ。
 俺は彼に優しく語りかけた。
「この書状の問題点は二つ。ひとつは、ザリアと太守に対して利益がなく、義のみを説いていること」
 大義というのは、あくまでも本音を包む包装紙だ。大義だけで太守や軍を動かすことはできない。もっと現実的な理由が必要だ。


「そしてもうひとつは、説いている義そのものが間違っていること」
 南部連邦では、人間と魔族の融和が徐々に進んでいる。
 連邦内の各都市には、少しずつ魔族が移住を始めた。
 今までは城壁などのインフラ整備に元老院からの制約が課せられていたが、今はもう関係ない。
 どこの都市でも街の再開発が進み、新しくできた住宅街に魔族や遊牧民たちがどんどん移り住んでいる。やってきた魔族の大半は犬人や竜人なので、住民たちからの評判も非常にいい。
 もう魔王軍が主導しなくても、人間と魔族との共存は後戻りしないだろう。


「ミラルディア連邦では、人間と魔族の共存こそが大義なのだ。魔族は決して野蛮でも凶暴でもない」
 するとカイトは反論してくる。
「しかし北部のバッヘン、シュベルム、アリョーグの三都市は魔族に占領され、大きな損害を受けています」
 北部の人間にとっては、確かにそうかもしれないな……。
 第二師団の負の遺産については、悪いけど知らん顔させてもらおう。当時の俺にそれを止める力はなかった。
「南部では魔族と人間はうまくやっている。北部のことは知らぬ」


 だがこの返答はカイトも予期していたようで、執拗に食い下がってきた。
「ですがザリアに現れた人狼たちが凶暴なのは、間違いないでしょう。相手は四百人殺しの人狼ですよ?」
 それ俺だから。
 早めに正体を明かしておけば良かったのだが、過去の経験では俺が人狼だとバレるとみんな必要以上に怖がるので、どうにも明かしづらかったのだ。
「四百人殺しか……」


 俺が少しショックを受けてそう呟いたのを、カイトは何か勘違いしたらしい。すかさずこう言う。
「そうです、四百人殺しです。残忍で凶暴な怪物ですよ。北部では勇者一行を惨殺し、ゾンビ化させて晒し者にしました。あのような非道な行い、決して許されるものではありません」
 ゾンビ化させたのは現魔王様の親切心だから……。
 俺はどうしようか迷ったが、ちょっと言い返してみることにする。


「まるで全てを見てきたような口振りだな、カイト殿」
 すると彼は少しだけ得意げな顔をした。
「私は魔術師で、過去に起こった出来事を正確に読みとることができます」
「ほう、カイト殿は探知術師か」
 過去や現在の出来事を読みとるのが探知魔法で、未来を知る予知魔法とは近い関係にある。これらは人間が最も得意とする分野だ。人間ほど歴史を大事にする種族はいない。
 ということは彼は外交官ではなく調査官だな。
 交渉がぎこちないのも納得だ。そして元老院が何のために彼をよこしたのかも、だいたいわかった。


 重大な情報を漏らしてしまったことに気づいていないカイトはうなずき、力強く訴えかける。
「私は元老院の命で各地の調査を行い、魔王軍の非道ぶりを報告してきました。彼らは決して、人間と共に歩める相手ではありません」
 北部で暮らしているカイトの視点だと、確かにその通りだ。俺や魔王軍は、北部では何ひとついいことをしていない。
 しかしこんなことを広められては具合が悪いので、反論しておいたほうがいいだろうな。


「元老院と違って、魔王軍は太守を暗殺したりはしない。それだけでも信用に値する相手だと思うが、どうだろうな?」
 するとカイトは眉をしかめた。
「元老院が暗殺などするはずがないでしょう。元老院には、太守を罷免する権限があるのです。暗殺する必要がありません」
 これも嘘をついている気配はない。彼は大事なことは何も知らされていない、要するにただのメッセンジャーだ。


 知らないのであれば、教えてやろう。
「ザリアの前太守を罷免したところで、同盟からの離脱は止められん。だから暗殺したのだ。証拠もある」
「証拠ですか?」
「暗殺に用いられた毒は、ミラルディア北部の山奥でしか採取できない。南部出身者は扱い方を知らぬ」
 そして彼に暗殺者が持っていたナイフを手渡す。太守暗殺現場で俺が倒した刺客のものだ。
「探知魔法の使い手であれば、このナイフがどこから来て何に使われたか、細部に至るまで見るがいい」


 カイトはじっとナイフを見つめていたが、小さくうなずいた。
「では、拝見いたします」
 過去を読みとる過去視術には、五感を研ぎ澄ませる術や時間を把握する術など、たくさんの術を修得する必要がある。
 さらに読み取った断片的な情報を分析し理解するためには、広範な知識が必要だ。読み取った光景から日時や場所を判定するにも、博識でなければならない。
 それら膨大な知識体系の頂点に、過去視術は存在しているのだ。
 ちなみに俺にはできない。


 カイトはナイフを食い入るように見つめていた。過去視には、かなりの時間と精神集中を必要とするようだ。
「宗教都市イオロ・ランゲの街並み……シュード傭兵団……ムラサキニガヤナギの毒……確かに全て北部の……」
 カイトは唸るようにナイフを見つめていたが、やがてハッとしたように呟いた。
「リュカイトス様だと!?」
 ほほう、首謀者の名前はリュカイトスというかな? 覚えておこう。
 カイトは慌てて顔を上げて、額に浮かんだ汗を拭った。
「み……見て、見てしまいました、確かに元老院の使者が……いや、しかし、そんな、まさか!?」
「貴殿も魔術師なら、そのナイフの過去が紛れもない事実だということはわかるはずだ。過去視術は『沈黙すれども嘘はつかぬ』、そうであろう?」
 するとカイトは緊張した面もちで問いかける。
「なぜそれを……あなたはいったい、何者なんです!?」


 よし、よくぞ聞いてくれた。自己紹介するチャンスは今しかない。
 俺はほっと安堵の笑みを浮かべて、彼に名乗る。
「我が名はヴァイト。ザリア太守シャティナ卿の後見人にして、ミラルディア連邦評議員。そして、魔王様の副官だ」
 彼は疑い深い性格のようだから、変身して証拠を見せよう。
 人狼に変貌していく俺を見て、カイトは真っ青になる。
「ヴァ……ヴァイト卿!? あ、あなたが……!?」
 彼の手からナイフが落ちて、ガシャンと床に転がった。
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