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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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つかの間の平穏

11話


 魔王からもらった銀貨一万枚は、予想以上に役に立った。


 まず俺は、人狼隊と犬人隊の宿舎を用意した。
 アイリアを通じて古い家や旅館を買い取りたいという布告を出してもらったところ、太守の館近辺の民家や旅館がこぞって応募してきた。
「今、この館は魔王軍の拠点ですからね。引っ越したいと思っている富裕層は多いのでしょう」
 アイリアが苦笑したが、確かにその通りだな。
「貴殿もできれば、とっとと静かな場所に引っ越したいんじゃないのか?」
「太守なので、そうもいきません。あなた方が市民の安全を守るかどうか、見届けなくては」
 どこまでも律儀な女だ。


 後で文句を言われないよう、選定した物件は相場よりも良い価格で買い取った。これで犬人隊も街の中に入れてやれる。
「ヴァイト様、ありがとうございます!」
「立派なおうちだ! あ、銀貨がある!」
「それは家の代金だ! 勝手に細工するんじゃない!」
 はしゃいでいる犬人たちを何とか宿舎に割り当て、やっと城門を閉じることができた。あのままでは不用心すぎる。


 骸骨兵たちは見た目が怖すぎるので、外の森にまとめて配置した。
 ミラルディア同盟軍が来るとすれば北側だ。しかし北側には森がないので、やむを得ず西側の森に隠す。俺たちが侵攻時に潜伏した森でもある。
 これで遠目には、城壁の外には何もいないように見えるはずだ。
 彼らは煮炊きの煙も出さず、気晴らしにうろちょろすることもない。命令があるまで、森の中でひたすら待機し続ける。


 家の代金に支払った銀貨が、合計で三千枚ほど。二百五十人ほどを無理なく収容するには、やはりそれなりの金がかかる。
 後は食費だ。この世界では、一般的な仕事の日当は銀貨一~二枚。それだけあれば、生きていけるということだ。
 経理は人狼隊所属、元雑貨屋のメアリ婆さんに頼んであるが……。
「みんなよく食べるからねえ。毎日三百枚ほど使うわねえ」
「そんなに」
 あと二十日あまりで、軍資金があらかたなくなってしまう計算だ。
 急いで何とかしなくては。


「働かざる者、食うべからず!」
 俺は二百人の犬人隊を前にして、声を張り上げた。
「下水道の補強工事が終わり次第、お前たちは農作業をしてもらう!」
 リューンハイトには長期的に居座る予定だ。こうなったら食い扶持は自分で稼いでもらうしかない。
「我が軍の兵糧をまかなうための、大事な軍務だ。不服はあるかもしれないが……」
 犬人たちの目が輝いている。
 そのうちの一人が、遠慮がちに口を開いた。
「ヴァイト様、ボクたちにお任せ下さい。その軍務、見事に果たしてみせます!」
「そ、そうか……やけに乗り気だな」
 すると彼らは一斉に、こう答えた。
「穴掘りだいすきです!」
 そうか。基本的に犬だもんな。


 俺たちは支配者だが、同時に居候でもある。とにかく略奪などは行わないことだ。
 市民の多数から恨まれた状態でミラルディア同盟軍が来れば、内外からの蜂起で防衛どころではなくなる。
 しかし、ただ嫌われないようにするだけでは足りない。
 もっとサービスが必要だ。


「俺たちが、泥棒退治すんのか?」
 ガーニー兄が不満げにうなったが、俺は気にしない。
「衛兵隊が協力しないんだから、泥棒捕まえるのは俺たちの仕事だ。殺さない程度にぶっ飛ばしていいぞ」
「ヴァイトは難しいことを言うなあ……」
 ガーニー弟がぶつくさ言うが、俺は気にしなかった。
「魔王軍が来たせいで街が荒れ果てた、なんて言われたら俺たちの恥だ。魔王軍が来てくれたおかげで住みやすくなったと言われるよう、しっかり働け。そのぶん肉は食わせてやる」
「よっしゃ、やるか!」
 扱いやすい連中だ。


 それから数日は、目の回るような忙しさだった。
 急に街を占領してしまったせいで、この街には旅人も閉じこめられている。輝陽教徒は巡礼の義務もある。
 彼らは街を出たがっているが、人狼を使った奇襲のことを知っている以上、逃がす訳にはいかない。
 しょうがないので、「今は魔王軍の凶暴な魔物がうろうろしているので、外は危険。生活の保障をするので、しばらくは市外に出ないように」との布告を出した。
 輝陽教の巡礼については、太守アイリアとユヒト司祭の連名で戦時赦免の布告を出してもらった。


 他にも法律の改定や商工会との折衝など、やることは山積みだったが、太守と宗教指導者たちを丸め込んでいるおかげで、どうにか切り抜けることができた。
 人の世は、牙や爪でどうにかならないことが多すぎる。
 だがおかげで、リューンハイトは少しずつ日常を取り戻しつつあった。交易が途絶えたせいで活気は失われているが、それもしばらくの辛抱だ。


「ヴァイト様、城門警備隊から報告です! 南門に接近する集団がいます!」
 犬人隊の伝令が駆け込んできて、息を切らして舌を出しながら報告してきた。
 俺は書類にサインする手を止めて、柴犬そっくりの彼に尋ねる。
「匂いは?」
「ボクたちと同じっぽいです!」
 俺はニヤリと笑う。
「来たか」
 交易都市に不可欠なものが、ようやく届いたらしい。
 隊商だ。


「あなたが隊長のヴァイトさん?」
 ビーグルそっくりの顔をした犬人が、城門に駆けつけた俺を見上げながら問いかけた。
 俺はうなずく。
「ああ、魔王軍第三師団副官のヴァイトだ。ここの最高責任者をしている」
 俺が手を差し出すと、その犬人は俺の手を握り返した。
「クーです、よろしく。あと、弟がお世話になってます」
「ゾイは優秀な兵士だ。よく働いてくれている」
 ゾイはリューンハイト攻略戦のとき、伝令を務めた少年兵だ。優秀なので、いずれは犬人隊の幹部にしたいと思っている。


 部下の姉とこうして会うのは、実は偶然ではない。
 交易都市を占領した後のことを考えた俺は、事前に犬人の交易組合と交渉したのだ。ゾイの姉が交易商だと聞いて、すぐに連絡をしてもらった。
 交渉は簡単だった。人間と交易ができるという破格の条件に、彼らはすぐさまとびついたからだ。
 もちろん、魔王軍が安全を保障するという前提でだが。


 クーの背後では、部下たちが積み荷の指示を下ろしている。リアカーみたいな荷車で、ここまで荷物を引っ張ってきたらしい。かなりの量だ。
「積み荷は何だ?」
「鹿肉のジャーキーと角細工。あとは銀細工と寄せ木細工」
 クーは自慢げな顔で、俺を見上げてくる。
「細工物が多いけど、人間の職人よりずっと器用だよ」
 こいつら手が小さいからな。天然の革グローブがあるし、職人向きだ。
 俺は一応念のために、犬人兵に命令する。
「積み荷のチェックを頼む。賄賂は受け取るなよ?」
「はい!」
 ダックスフントそっくりの犬人兵が駆けていった。


 ミラルディアの領外からもたらされる、しかも魔物が作った貴重な品々だ。リューンハイトの商人たちなら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
 そうだ、もうひとつ頼みごとをしなくては。


「なあ、クー」
「なに、隊長さん?」
 犬人兵にジャーキーを食わせて堂々と買収していたクーが、悪びれもせずに振り返る。
 俺は彼女をとがめずに、こう頼んだ。
「木炭と硫黄、それに硝石が欲しい。調達できるか?」
「ん~、できる……と、思うけど。でも何に使うの、そんなもの?」
 不思議そうな顔をしている彼女に、俺はニヤリと笑った。
「軍事機密だ」
 資金も確保したし、いよいよ火薬の開発に着手してみるか。
 俺は科学の世界から来たのだ。
 ときどき忘れそうになるが。
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