挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

106/415

石弾返しの人狼

106話


 投石機の組み立ては、思ったより大仕事のようだった。
 杭とか打ってるし、もしかして一時間ぐらいかかるのかな……。いや、時間をかけてくれるのは大変嬉しいのだが、待っている俺が暇だ。
 しょうがない、ちょっと挑発しておくか。
 投石機の設置が決まった以上、どれだけ挑発しても敵の本隊は動かないだろう。
 たぶん大丈夫だ。


『おい、人間ども。あまり俺を待たせるな』
 定番の台詞を言ってみただけなのだが、敵の前衛が慌てて槍の穂先を突き出してきた。
 俺が単騎突撃してくると本気で思っているらしい。
 ミラルディア同盟軍の用心深さに、思わず笑ってしまう。
『ふふ……』
 しまった、拡声の魔法使ってるんだった。


 俺の笑い声を嘲笑と受け取ったのか、槍隊の指揮官らしい騎兵が何か叫んでいる。
 俺の賞金がどうとか、ミラルディア同盟軍の誇りがどうとか、おおむねそんな感じだ。
 しかし誰も出てくる様子がない。
 太守を暗殺するような元老院が、ちゃんと賞金を払うかどうか怪しいものだ。誇りも何もあったもんじゃない。


 そうこうするうちに意外と早く投石機が組み立て作業を完了して、長いアームを振りかぶった。
 こないだカタパルトで空を飛んだ経験から、弾道飛行には少し詳しくなった。
 投石機の攻撃ぐらい、俺が防いでやろうじゃないか。


 投石機は全部で八機。あれを総勢二百人ぐらいで動かして、石を飛ばしてくる訳だ。
 今回は距離があるので、おそらく人間より少し重いぐらいの石だろう。それより重いと建物の上層まで届かない。
 号令とともに、石弾が放たれる。
 全部で八……いや、七個だ。一個失敗したらしい。石弾が歩兵隊のすぐ近くに落ちる。
 やはり実戦経験が不足しているようだな。


 俺は後退しながら、七個の石弾の軌道をみる。
 五個はザリアまで届かない。残り二個のうち、一番嫌な放物線を描いているほうを狙う。
 俺は魔法で強化された筋肉を使い、思いっきりジャンプした。
 人狼の跳躍力を使えば、三階の高さぐらいなら簡単に飛び上がれる。魔法で強化された今の俺なら、五階の高さまでは飛べる。
 俺は石弾を空中でそっと受け止める。


 この石弾を叩き割ればかっこいいのだろうが、さすがにちょっと痛そうだ。
 建物に当たらなければいいのだから、こいつは下に叩き落としてやる。体重をかけて下に押し込むと、石弾は軌道を変えて落ちていった。
 これでもう、ザリアには届かない。
 そして俺は華麗に着地。
 後は挑発だ。
『人間どもの作った兵器というのは、この程度か……つまらんな』


 俺の挑発に、投石機隊は第二射を放ってきた。今度は四個だ。どうやら四機ずつ交代で来るらしい。
 今度は狙いが正確になっている。それにさっきよりさらに軽い石弾のようだ。
 防がなければいけないのは、上層階への直撃弾だけだ。
 ザリアの下層階は石造りで、上の建物の重量に耐え、そして戦闘に備えるために、石垣のように組まれている。そう簡単に壊れはしない。


 俺は空中で石弾のひとつをキャッチして、下に叩き落とす。残りは命中しないので放置だ。
 魔法の力を借りているとはいえ、思っていたより簡単だな。不謹慎な話だが、キャッチボール感覚で意外な楽しさもある。
 今回の石弾はかなり軽くて、アイリア程度の重さしかなかった。
 具体的に何キロぐらいかは、彼女の名誉のために考えないことにする。


 おっと、挑発しておこう。
『これでザリアを陥落させられるなどと、まさか本気で思ってはいまいな?』
 待機していた四機の投石機から、第三射がくる。意外と頑張るな。
 だがこちらもだんだん慣れてきたところだ。
 投石機の威力は高いが、魔法で強化された人狼の筋力と比べるとそう差がある訳ではない。


 そこで俺は受け止めた石弾を両足で蹴り飛ばし、敵陣に送り返せないか試してみることにする。
 石弾に両足を当ててから、のけぞるようにして斜め上に蹴ることにした。これなら全身の筋力を使って反撃できる。
 さらに筋力強化の魔法のひとつ、爆剛力の術を使う。タイミングを合わせるのが難しくて戦闘には使いづらいが、一瞬だけ鬼神のような力を得られる魔法だ。
『返すぞ!』
 俺の両足キックで、石は砲弾のように飛んでいく。
 届いてくれよ……。


 俺は石弾を蹴った反動で宙返りして、そのまま着地。
 蹴った石弾はというと、槍隊の最前列付近に着弾したようだ。悲鳴をあげて隊列が乱れる。
 さすがにこれに当たるようなうっかり者はいなかったようだが、槍隊の連中が何か叫んでいる。
 どうやら味方に投石攻撃をやめろと言っているらしい。
 投石しろだのやめろだの、勝手な連中だ。


 俺はこのチャンスを逃さなかった。
『見るがいい。我が部下たちが退屈しているぞ』
 俺が手を挙げると、屋上に待機していた人狼たちが一斉に立ち上がる。……まあ俺からは見えないのだが、打ち合わせ通りにちゃんとやってくれているはずだ。
 彼らも俺と同じように、ザリア風の衣装を身につけてマントを翻している。
 あの厚手のマントはいざというときに石弾に投げつけて、軌道をずらす「投網」として使う。
 市民の多くは南側の建物の下層階に避難しているが、そこへの直撃弾はあれでずらすつもりだ。
 威圧感を出すために、今は普通に身につけさせている。
 そこかしこに翻っている旗もそうだ。


 俺は余裕たっぷりといった口調で、皮肉を言ってやる。
『さあ、好きなだけ投げるがいい。石投げ遊びが終われば、我らの番だ。人狼は石より肉が好きでな。フハハハハ!』
 肉は大好きです。
 血抜きしてない生肉なんか、人肉じゃなくても食べないけどな。


 結局投石機はそれっきり沈黙してしまった。
 もう一回ぐらい投石してくれれば、今度こそ槍隊に命中させてみせるんだが、さすがにそれは敵も警戒しているようだ。
 ただこうなると、ミラルディア同盟軍には打つ手がない。
 変な場所に投石機を設置してしまったので、あまり効果的な攻撃ができていない。しかも俺が石を蹴り返してくる。
 投石攻撃を終えないことには、ザリアへの侵入は被害が大きすぎる。


 戦況としてはまだミラルディア同盟軍のほうが圧倒的に有利なのだが、それは彼らにはわからない。
 徐々に敵の隊列が乱れてきた。両端の弓兵たちが少しずつ後ずさりを始める。
 槍隊はまだ踏ん張っているが、並べられた大盾が不安そうに揺れていた。盾を構えつつも、左右の様子を見ているのだろう。


・ミラルディア同盟軍は元老院の命令で出撃し、弓と投石機で迷宮都市ザリアを攻撃した。
・しかし有効な打撃を与えられなかった。原因は、魔王軍の人狼によって迎撃されたからである。
・投石攻撃が失敗したため、ザリアの制圧は不可能と判断した。
 そう報告すれば、まあなんとか処罰はされずに済むだろう。
 だから今なら、彼らも退却はできるはずだ。


 特に末端の兵士たちはそんな気分らしく、もう帰りたい気持ちが全面に出ていた。
 指揮官たちが何か叫んでいるが、こうなるとどうにもならない。
 ついに業を煮やしたのか、指揮官らしいのが一騎飛び出してきた。
 頑丈な鎧を身につけた騎士で、得物は厚みのある両手剣だ。
「おお、あの大剣はまさか!?」
「ヴォルザーブ様だ! 魔物狩りの豪傑だぞ!」
 ミラルディア同盟軍の兵士たちが熱狂的に叫んでいるので、どうやら有名人らしいことはわかった。


 騎士は両手剣を構えると、大声で叫ぶ。
「我こそは元老院直属、百人隊長のヴォルザーブ!」
 微妙な偉さのヤツが出てきたな。
 人間の軍隊だと総指揮官はだいたい熟年だし、一騎打ちに出てくるのはこのへんか。
『やめておけ、死ぬぞ』
 拡声の魔法は一時的にオフにできるはずなんだが、やり方を忘れてしまった。
 だから俺の声は、あっちに全部筒抜けだ。
 騎士の表情はフルフェイスの兜で見えないが、かなり憤慨した声で叫ぶ。
「貴様、俺を誰だと思っている!『猪割りのヴォルザーブ』だぞ!」
『知らんな……』
 挑発じゃなくて、本当に知らないんです。


 俺は初対面の人間と一対一で会話するのが苦手なので、ミラルディア同盟軍に向かって叫ぶ。
『おい、この程度のヤツしかいないのなら、もう少し数をよこせ』
「ふざけるな! ヴィルハイムとアリョーグの闘技大会で優勝した剣豪ヴォルザーブだぞ! 南部の連中とて知らんはずがない!」
 この世界、テレビもネットもないから本当に知らないんだよ。
 気の毒だが、知らないものは知らないので適当にごまかす。
『うぬぼれるな、人間め。たかが一人で俺を倒せると思うな。帰れ』


 こんなの相手にしてもしょうがないので帰ってほしいのだが、今の俺は「残虐な人狼」を演じる必要があり、どうしても挑発っぽい言い方になる。
 案の定、騎士は激怒した。騎馬から降りると両手剣を胸の前にかざし、決闘の礼をする。
「ミラルディア軍人として、貴様に一騎打ちを申し込む!」
 正式に一騎打ちを申し込まれては、俺も立場というものがある。断れない。
 もう一度だけ警告しておくか。
『お前、投石機より強いんだろうな?』
「なっ!?」
 言外に「やめておけ」と言いたかったのだが、俺が無理してキャラを作っているせいもあり、やっぱり通じなかった。


 逆上気味に剣を振りかざして、騎士が突進してくる。
「狂い猪を両断した俺の剛剣、人狼といえども防ぎきれまい! くらえ!」
 狂い猪って、人狼の子供がカブトムシ捕るような感覚で狩ってるあれか。
 確かに人間が剣であれを倒せるのは凄いが、それで人狼を倒せるかというとちょっと難しい気がするな。
 とはいえ、部下たちが見ている前で正式に挑まれた一騎打ちだ。俺にも魔王軍の指揮官としての立場がある。
 戦場で半端なことはできない。
『警告はしたぞ』


 振り下ろされる剣を払いのけ、前のめりになった騎士の顔面を鉤爪で薙ぐ。
 フルフェイスの兜が茹で卵のようにスッパリ切れ、バラバラになった破片が吹っ飛んでいった。
 首を失い、そのまま倒れる騎士。
 静まりかえる戦場。
 さんざん警告したとはいえ、これは後味が悪い……。
『次は誰だ?』
 俺が一歩踏み出すと、大盾を構えた槍兵たちがじわりと後退した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ