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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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迷宮の罠(前編)

100話


 広い室内には、血塗れの男が倒れていた。抜剣した衛兵が三人、同じように倒れている。
 出血量と血の乾き具合からみて、もう完全に手遅れだ。死んでいる。
 刺客を警戒したが、他に人の気配はない。
「……メルギオ殿です」
 アイリアが男を見て、すぐにそう告げる。


 俺は周囲に他の人間がいないことを確認して、死体を見下ろした。
 太守と衛兵の死体はどれも、喉元に刃物の傷が刻まれている。それも同じ方向に何条も傷が走っていた。
 人狼の爪痕に偽装しようとしているな、これは。
「ヴァイト殿の評判を逆手に取るつもりですね」
 アイリアが周囲を警戒しながら呟くが、俺は溜息をつく。


「こんな雑な偽装で俺の仕業にされるのも癪だし、殺された連中も浮かばれないだろう」
 やったのはおそらく元老院だろう。
 ということはザリア太守は元老院から敵とみなされた訳で、魔王軍にとっては味方だった可能性が高い。
 一面識もない人物だが、味方を殺されたとなれば俺も黙っている訳にはいかない。


 だが問題は、今こちらに向かっている連中はどっちの手の者か、ということだ。
 元老院に買収された衛兵や、衛兵に偽装した刺客かもしれない。
 一方、この現場を目撃させるために、何も知らない普通の衛兵を向かわせているかもしれない。
 対応を間違えるとまずい。


 もういっそ、アイリアを連れて逃げてしまおうか。
 そうも思ったが、太守の殺害現場を確保しておかないと濡れ衣を着せられたままになりそうだ。
「アイリア殿」
「なんですか?」
 アイリアはかなり顔色が悪いが、それでも気丈に返事をする。
 俺は人狼に変身しながら、彼女に言った。
「貴殿を少し抱かせていただく」
「えっ!?」
 俺は申し訳程度に会釈すると、アイリアをお姫様抱っこした。


 飛び込んできた衛兵たち数人が、太守メルギオの死体を見て立ちすくむ。
「メルギオ様!?」
「た、太守様が! 誰か、医者を呼べ!」
「隊長殿もやられてるぞ! 非常呼集をかけろ!」
 衛兵たちは剣を抜いて、周囲を見回している。
「魔王軍の高官とリューンハイト太守はどこだ!?」
「あいつらがやったのか!?」
「見ろ、人狼の爪痕だ!」
 うん、この状況だとそう思うよな。
 彼らの反応を見た感じ、元老院側の人間ではなさそうだ。


 そこに衛兵たちに警護されて、一人の少女が飛び込んできた。短髪のボーイッシュな少女だ。
 身なりは良いし、宝石のついた短刀を腰帯に差しているので、ここの貴族だろう。
「シャティナ様、いけません!」
「危険です、シャティナ様!」
 するとシャティナと呼ばれた少女は、衛兵たちが制止するのを振り切って、太守の死体にすがりつく。
「父上!? 父上!」
 まずいな、太守の娘か。
 ザリア太守に跡取り娘が一人だけいるというのは聞いている。どうやら彼女のようだ。


 誤解は早めに解いておいたほうがいいだろう。
 アイリアを抱きかかえて天井の梁に隠れていた俺は、そのまま音を立てずに床に降りる。
 そして驚いている衛兵たちに告げた。
「俺は魔王軍副官のヴァイト、こちらはリューンハイト太守のアイリア殿だ。太守殺害は我々の仕業ではない」
 彼らは一斉に身構えるが、俺の腕から華麗に降り立ったアイリアが、彼らを制する。
「待ちなさい! 私たちは潔白です!」


 アイリアの眼差しに、衛兵たちが気圧されたように動きを止める。
 すると太守の亡骸にすがりついていた少女が立ち上がった。
 怒りと悲しみの入り交じった形相で、俺たちをにらむ。
「信じられるものか! そこにいるのは人狼だろう!」
 父親を殺されて頭に血が昇っているな。この若さでは無理もない。
 彼女は俺の話など聞く気はなさそうだが、どうしても聞いてもらわないと困る。
 だから俺はとりあえず、手慣れた方法で説得を始めることにした。
 恫喝だ。


 俺は魔の咆哮「ソウルシェイカー」を放つ。
 周囲の空気がびりびりと震えた。
「ひっ!?」
「うわぁっ!?」
「きゃっ!」
 空気と魔力、それに人の心を揺さぶる咆哮だ。
 ついでに調度品の壷が砕けたり、鏡が割れたりもするが、それは大目に見てもらおう。
 全員が尻餅をついて動けなくなったところで、俺はシャティナに顔を近づけた。
「いいから俺の話を聞け」


 シャティナは恐怖に震えながらも、強い視線で睨んでくる。
 俺はその視線を否定するため、首を横に振った。
「俺が犯人なら、とっくにお前たちを殺しているぞ? そんなことよりも、お前の父上の遺体を見ろ」
「父上の……?」
「ザリアは乾燥した土地柄だ。しかし死んだばかりの人間の血が、ああも簡単に乾いてしまうものか?」


「それは……」
 シャティナが言葉に詰まったところで、俺はさらに言う。
「そもそもこれだけの傷を受けたのなら、普通は壁や天井にまで血飛沫が飛ぶ。だが太守殿の血は床にこぼれ落ちているだけだ」
 心臓が止まった後なら、出血もそこまで激しくない。
「人狼の爪にみせかけるために、死亡後に傷をつけたようだな。吐いた形跡があるから、本当の死因は毒殺だろう」
 アイリアが横からこう言う。
「ヴァイト殿の勇猛さは間違った形で評判になっています。暗殺者はそれを利用しようとしたのでしょう」
 そしてアイリアは申し訳なさそうな顔をして、さらに続けた。
「シャティナ殿が若く経験も浅いため、侮られたのですよ。これでシャティナ殿が私たちを父君の仇と誤解すれば、ザリアが魔王軍に味方することはないと」


 シャティナと衛兵たちは顔を見合わせ、黙り込む。
「では本当に、あなたがたではないのか……?」
「無論だ」
 俺は微かな物音を聞きつけつつ、静かに壁に歩み寄った。
「一番不自然な点がある。人狼の爪でやられた人間は、こんなことにはならない」
 シャティナが不思議そうな顔をする。
「こんな、こと?」
「そうだ」
 俺は壁に軽く触れて、小さくうなずいた。
 このへんか。


「よく見ておけ。人狼の爪で斬られた者はこうなる」
 強化魔法を発動し、一閃。
 日干しレンガの分厚い壁が、砂塵を巻き起こしながら切断される。
「ぐああぁっ!」
 男の悲鳴と血飛沫。
 一瞬遅れて、何かが地上に激しく叩きつけられる音。
「誰か隠れてたのか!?」
 尻餅をついたままシャティナが叫んだので、俺はうなずきながら下を見る。
 胴体から真っ二つになった男の死体が、地面を真っ赤に濡らしていた。
 男がつかまっていたであろうロープの切れ端が屋上から垂れ下がり、ぷらぷらと揺れている。
 俺たちの会話を盗み聞きしようとしていたようだ。


 俺は壁の断面を爪でなぞり、シャティナを振り返る。
「屋上に人が飛び移ってくるのがわかったからな。壁ごと叩き斬ってやった」
 もちろん爪の長さが足りないので、武器や指の先端から魔力の刃を展開する魔法を使った。
 師匠が使っていたのを思い出し、ちょっと真似させてもらったのだ。
 しかし壁ごと切った負荷で爪がズキズキ痛いので、見せ場以外では使わないでおこう。


 俺は痛いのを我慢して、シャティナに静かに語りかける。
「父君を殺されてつらいのはわかる。だが人の上に立つ者は、身内を殺されても冷静でいなくてはならない」
 俺の脳裏に、ふと先王様の姿が浮かぶ。
 あのときの俺は冷静ではいられなかった。偉そうなことを言えた義理ではない。
 だから偉そうに言ったぶん、シャティナは俺が守ろう。


 シャティナはまだ気持ちの整理がつかない様子だったが、それでも俺が犯人ではないことは理解したようだ。
 ようやく金縛りが解けた彼女は、俺が差し出した手をつかんで立ち上がる。
「本当にあなたは父の仇では……敵ではないのか?」
「それはお前が決めろ。俺はお前を守る」
「守る?」
 俺はシャティナとアイリアを背中にかばいながら、こう答える。
「刺客はまだ大勢いるぞ」
「お、大勢だと!?」
「お前が騙されなかったので、方針を変えたようだな」
 屋上に数人、そして廊下からも数人。
 近隣の建物も含めれば、相当な数の人間が集団で走っている。


 動揺しているシャティナに代わって、アイリアが叫んだ。
「衛兵、シャティナ殿をお守りしてください! 扉と窓を警戒するのです!」
 そのとき廊下のほうが騒がしくなる。
「敵襲だ!」
 誰かが叫ぶと同時に、室内に新たな衛兵たちがなだれ込んできた。


 しかし入ってきた衛兵たちを見た瞬間、室内にいた衛兵たちが攻撃を開始する。
 一見するとどっちがどっちだか見分けがつかないが、部屋の入口付近では衛兵同士の激しい戦いが繰り広げられている。
「なんだ貴様ら! 誇り高い衛兵隊の服を!」
「敵は衛兵に偽装しているぞ! こいつらをシャティナ様に近づけるな!」
「構わん、部屋に入ろうとする者は全員斬れ!」
 どうやら衛兵たちは、顔で敵味方を見分けているらしい。ここに来たばかりの俺には無理だ。


 こうなると、誰が敵だか味方だかわかったもんじゃない。
 アイリアとシャティナが危険だ。
 窓からもロープを使って刺客が三人ほど飛び込んでくる。覆面をして短刀を持った男たちだ。
 俺はシャティナを背中にかばい、最初の刺客はそのまま窓の外に蹴り飛ばし、二人目と三人目は左右の爪で斬り捨てる。
 身のこなしは鮮やかだが、剣の腕前は凡庸だな。
「窓から入ってくるとは、躾のなってない連中だ」
「ヴァイト殿、それは……」
 サーベルを片手にシャティナを抱き寄せているアイリアが、何か言いたげに俺を見る。
 ……そういえば俺もそうだった。よく覚えてたな、そんなこと。


 しかしこの様子だと、まだまだいるぞ。
 どさくさに紛れて隣の建物の窓からクロスボウを構えているヤツまでいた。その場所には最初から目をつけていたので、俺にはバレバレだ。
 そいつが矢を放った瞬間、俺はシャティナの前に立ち塞がる。
「えっ!?」
 驚く少女に、俺はつかんだ毒矢を見せた。
「父君の死体から漂うものと同じ匂いがする。おそらく、紫柳の毒だ」


 この世界に生えているムラサキニガヤナギという木のうち、北部に生えているものには葉と樹皮に毒がある。
 越冬する動物たちが樹皮まで食いまくった結果、毒の強い個体だけが残ったらしい。
 嘔吐を伴う毒で、経口でも注入でも致死性が高い。北部では一般的で、狩猟や魔族討伐、要人暗殺にまで幅広く使われている毒だ。俺もくらったことがある。
 ただし南部のムラサキニガヤナギにはほとんど毒がないので、この毒を使うのは北部の人間に限られる。
 刺客が名刺をくれたようなものだ。


 あの射手に何かお礼をしなくてはと思っていたら、そいつは窓の向こうで血飛沫を上げて倒れた。
「副官、お待たせしました。ここは我々にお任せください」
 向こうの建物から真顔で軽く敬礼したのは人狼形態のハマームだ。彼の分隊員たちも、あちこちで狙撃手を始末している。
「ご苦労。衛兵は敵味方が混在している。手出しするな」
「了解しました」
 ハマームはそう答えると、窓枠の向こうに姿を消した。
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