4. 明日香と
明日香と、来るの来ないのって押し問答している間に、会場内からウワッと拍手が起こる。
「あー……終わっちまったじゃねーか、同窓会」
オレと明日香は顔を見合わせた。
なんだか可笑しくなってきて、2人で笑いだす。高校生のときみたいに。
「二次会とか、あるでしょ」
明日香が目尻を拭いながら言った。笑いすぎて涙が出てきてるらしい。
「二次会、参加すんの?」
「あればね」
「――あのさ、明日香。このまま、フケねぇ?」
明日香は、目を丸くしてオレの方を見た。
でも、何より驚いているのは、オレ自身だ。
もっと明日香と二人だけで話していたいって思ったら、自然と誘いの言葉を発していた。
浩丈には申し訳ないけど。
「この後、特に用事ないんだろ?」
重ねて誘う。
「別にいいけど……突然いなくなったら、みんな困らない?」
「あんなにたくさんいるんだし、2人くらいいなくなったって、気付きゃしねーよ。大丈夫だろ」
「サッカー部の人たちは?」
「帰るって言っとく」
オレはポケットからケータイを出すと、さっき教えてもらったばかりのメールアドレスにメールを送った。
「はい完了~。行こうぜ?」
オレは、明日香の手を取って歩き出した。
会場を出たものの、オレはこの辺りの店についてほとんど知らない。
結局、明日香の行きつけだというバーに連れて行ってもらった。レストランがたくさん入ているビルの、最上階。
「いいな、行きつけの店があるのって。オレ、仕事ばっかりでそんな店を探す余裕もねーよ」
「ここはね、特別」
そんな会話をしながら、入った店は、小さいながらも洒落た雰囲気のバーだった。
店内はカウンター以外はすべて間接照明で、大きなスピーカーからはモダン・ジャズが流れている。
カウンターの中にいたマスターと思しき人が、明日香とオレの姿を認め、若手のバーテンダーに何かを指示した。そのバーテンダーが、オレたちを窓際のテーブル席に案内し、メニューを置いていく。
「いい店だな」
オレは手拭きを使いながらメニューを見た。
「でしょ。お義兄さんが運営してるの。お姉ちゃんの、旦那さん」
「そうなんだ」
さっき、明日香が『特別』といった意味がわかった。
明日香もメニューを覗きこむ。
テーブルに頬杖をつくその姿が色っぽくて、オレは見惚れた。
「何にする?」
明日香がオレに聞く。
「あ……えっと、オススメとかあんのかな」
「多分、そう言えば、適当なの作ってくれると思う」
「なら、オレはそうする。明日香は?」
「私は、最近いつもハイボールなの」
明日香がカウンターの方に向かって軽く手を上げた。先ほどのバーテンダーがやって来る。
「私はいつもの」明日香は手でオレを示した「それと、マスターのオススメを」
「はい、すぐお持ちしますね」
「ありがと」
「それにしても、珍しいですね。明日香さんが人を連れてくるだなんて。初めてじゃないッスか? しかも、男性だし」
そうなのか?
それにしても、このバーテンダー、明日香と親しいみたいだ。お客様に対しての口調じゃなくなって、お茶目な感じになってる。
まぁ、明日香が行きつけになってる店だし、当たり前かもしれないんだけど、なんだか気に食わない。
――オレ、もしかして、嫉妬してる?
「さっきから、マスターがすっごい気にしてるんっスよ。あいつ誰だーって。でも、その割には、今日は窓際の席を用意しろとかってオレに指示したりするんですから、可笑しいですよね」
若いバーテンダーが明るく言った。
逆にオレはぎくりとし、マスターの方を見た。
マスターはグラスを磨いている。だけどそうしながらも、オレたち三人をチラチラと窺っているのがわかった。
「もー、お義兄さんってば。ただの同級生だよ。今日、同窓会で十年ぶりに会っただけ」
『ただの同級生』ね。
その通りだ。
でも、その言葉の響きに、なんか寂しさを覚える。
なんだろう、この感じは。
バーテンダーがカウンターの方へ戻っていった。
マスターと何か話す。他に客もいるし、BGMもかかっていて、その内容は全然聞こえない。でもきっと、今ここで話したことを報告してるんだと確信した。
「そう言えば、さっき、牧村君、随分酔っぱらってたみたいだったけど……大丈夫だった? 崇、お世話してたよね?」
「あぁ、酷かった」
「担いでるときに吐かれなくてよかったわね」
「ホントだな」
明日香が冗談交じりに言い、オレは笑った。
「そうそう、そのときにさ、浩丈が、お前にお礼を言いたかったって言ってた」
オレは明日香に話しかけた。
「そうなの?」
「明日香のおかげですごく強くなれたってさ。叱咤されたり、激励されたり、明日香が俺に向けて言う言葉が全部、あの時、自分の力になってたと思う」
あのときの浩丈の言葉は、そのまま、オレの気持ちそのものを表現していた。
オレの方こそ、明日香にお礼を言いたい。
「『ありがとう』って」
「……」
明日香は何も言わない。頬杖をついたまま、外の景色を眺めていた。