第8章.水と油は混ざらないが不良と優等生はそこそこ混ざる(いわゆる新キャラの登場話)
“東海学園”
それは“文武両道”。“才色兼備”。“賢才武略”。三つの才を求めし学園。
財力ある良家。由緒ある名家の者。世界に名を連ねる有名企業の娘や息子。秀でた才ある者。より高みを志す者。
勇猛な者が集まり、明るい日本社会を担う未来のエリートを生み出す為に成立され。多様な部活もあり、広大な土地を所有する学園内には寮も存在し、その設備は生徒がより高みを目指す為に常に完ぺきに完備されている。
まさに、至れり尽くせりと充実した学園生活が送れると言う学生なら誰もが羨む優等生が通う有名な学校である。
「おい、くそ女。テメェ…そんな所でなにコソコソしてんだ?」
そんな有名学園の生徒である少女が一人。
天地ほどの差もある隣町のごく平凡な学校に通う極悪非道で有名な不良である轟カガリに現在進行形で、フェンス越しで絡まれていたのだった。
二人は初対面ではないが、だからと言って会話するほどの知り合いでもない。
二人の関係は“奇妙なもの”で。『怪魔』と言う怪物に襲われていた少女が偶然通り掛かったカガリを巻き込み。助けるつもりなど無かったカガリが魔法少女となってしまうきっかけを作った結果として助ける形となったと言うものであり。
カガリ自身、もう会うことないだろうと思っていた為、また出会うなどとは思ってもみなかった。
「あ、あの…!すみません!覗き見をするつもりは無かったんです…!!」
しかし、今は怪しむカガリの鋭い目付きに怯え、少女は今にも泣き出しそうに、目に涙を溜めながらおどおどとした様子で激しく手を振り、事情を説明する。
だが、その光景は何も知らない者が端から見れば、明らかにカガリの方から通り掛かった少女に理不尽な言いがかりを吹っ掛けているようにしか見えない。
「そ…その……わ、わたっ…!!」
「…喋んならしっかり喋りやがれ、くそ女。テメェの口は助けて貰う時でしかまともに喋れねぇのか?ああん?」
カガリからすれば、フェンス越しに見る少女など大して興味も抱かない顔を見知った程度の認識でしかなかったが…
懸命に言葉を探しながら指を弄り、カガリを怖がるあまり口ごもる少女の姿が無性に腹が立ち、イライラと怒りを募らせる。
「す、すみません…グスン…わ、わたし……ひっく…うぅぅ…!」
「チッ……あぁもう!!メソメソしやがって鬱陶しい…!!さっさとどっか行きやがれ!オレは今、ひじょーに忙しいんだよ!」
「あっ…!!ま、待って…!!」
「用があんなら柵を越えてここに来てから言いやがれ!!」
脅しつける威圧的な声色に怯み、必死に堪えていた恐怖で遂に、目に溜めていた涙が決壊し、ぽろぽろと少女はすすり泣き出してしまい、そんな少女の姿に苛立ったカガリは舌打ち、ガシガシと乱暴に髪を掻きむしる。
そして、一方的に難題を押し付けながら会話を終え、少女を煩わしそうに手を払いながらカガリは踵を返し、近くに落ちている筈の消えたディア探しを再開するため、茂みの奥へと戻っていくのであった。
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「うぜーうぜー、どいつもこいつもマジうぜぇ…!!ちょっと、睨んだだけで泣きやがっ……イッ!!?」
隠しきれない怒りをぶつけるように、草葉を力任せに引き抜き荒らしていると突然、草葉を握る右手のひらの中で電流が流れたかのような鋭い痛みが走った。
慌てて手を開くと、草葉で切れてしまったのだろう。右手のひらの丁度、中心から小さな切り傷が出来ており、そこから赤い血がゆっくりと流れ出た。
「ッッ……オレがなにしたってんだよ。くそがっ…!」
「あ、あの…!」
「ああ?!…って、テメェは!?」
手に持つ草葉を地面に投げつけ、誰に言ったわけでもなく呟いたセリフに返事を返されたカガリは、苛立ったままの調子で顔を上げた瞬間、己の目を疑い、驚きに満ちた声を上げた。
「ハァ…ハァ…い、言われたように…ケホッケホッ!…来ました…!!」
そこにはなんと…すでに帰ったと思っていた東海学園の少女が膝に手を付き、肩で息をするもひどく辛そうな様子で立っていたのであった。
「て、テメェ……まさか、本当に柵を越えてきたのか?!」
一瞬、言葉を失っていたカガリが恐る恐る確認するかのように聞くと少女は失われた酸素を呼吸するのに必死なのか、カガリの質問に懸命に首を縦に振った。
よく見ると、東海学園の生徒だと証明する制服は金網の柵を登っている最中に汚れたらしき錆や、着地の際に失敗したのだろう。土で汚れたチェック柄スカートの裾が少し破けている。
“貴族高校”とも言われる東海学園である彼女が、カガリの無理難題を真面目に受け取り、今までしたこともないであろう柵を登ってここまで来たと言うことが真実であると、はっきりと目に見えてわかった。
「バカか、テメェは…普通、そこは登らずに帰るとこだぞ…?」
「え…えええええっ!?そんな、そ、そうだった…んですか…?!」
あまりに無茶無謀な少女の行動にカガリは目に手を当て、呆れたかのように嘆息すると、ショックを受けた少女は先走った自身の行動に恥ずかしくなったのか。耳まで真っ赤に染まるほど顔を赤らめ、恥じらうようにカガリに背を向けてしゃがみこんだ。
「……っうか、よくをオレが分かったな」
「えっ?あっ。は、はい!色んな方に聞いて回りました!」
穴があったら入りたい…そう伝わる恥ずかしさに悶え苦しんでいる少女にボソッ、と聞こえたどうかも分からない声でカガリは少女に言うと…それでもしっかりと聞いていた少女は慌てて手を上げながら返事をした。
「チッ……聞いたってどこのどいつにだよ?」
思わぬ少女の耳のよさに不満げに舌打つカガリ。
少女は両手の人差し指同士を突つき合わせ、睨むカガリに出来るだけ目を合わせながら経緯を話し出す。
「あ、あの時、あなたがここの学校の制服を着ておられていたのを覚えていましたので…。その、怖い男の人達がわたしの周りにお集まりになられた時にお尋ねしてみたところ…とても親切に学校までの道中を教えてくださったのです」
「なるほど…不良どもが…(今度ぜってー、シメてやる!)」
厄介な者を連れてこられたと胸中で心底、怒りに燃え、決めたカガリであった…
しかし、この少女。カガリがほんの少し動くだけでもビクビクと怯えているにも関わらず、不良に囲まれておりながら手がかりを探そうとしたのには素直にカガリを驚かせた。
東海学園の生徒は大抵、財力ある家庭が多い為、不良たちにとってはまさに『歩く財布』だと言われるほどの大金を持っている事があり、カガリ自身にとっても東海学園の生徒には“何度もお世話になっている故”にそれは例外ではない。
だからこそ、その不良たちが素直に、尚且つ親切に少女に教えたと言うのが信じられなかった。
「…そいつらにどうやって聞いたんだ?」
「え、えぇっと…!め、目が鋭くて、とても怖そうな女性の方…それと前髪が“ニワトリ”のように反っていた聞いたら……あっ!!?」
「誰の前髪が“ニワトリ”だゴラァ!!!!」
「ヒィィィ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」
己の失言に気づき、少女は慌てて姿勢を正すや深々と頭を下げながら謝罪をする、が。
どこぞの某不良の如く、自身のお気に入りの反り上がった前髪を“ニワトリ”扱いされたことに憤怒し、鬼のような表情で少女の胸ぐらを掴み上げるなり激しく揺さぶり。もはや少女の謝罪など、カガリの耳には届いていない。
「次なんか言ってみろ!ただじゃおかねぇからな!!?」
「は、はぃぃ…」
激しく揺さぶられ顔色を悪くしてグッタリとしている少女に脅しかけ、カガリは「ケッ!」と、苛立ったまま捨て置くように少女の胸ぐらから手を離す。
「で?テメェは隣町からオレに何の用でここまで来た?まさかとは思うが…見捨てた腹いせのつもりか?」
万が一、少女が本当に腹いせのつもりで来たならば、容赦などする気は一片足りともない。
先手必勝の為の拳を気付かれぬように握り締め、キッ、と目尻を鋭くさせながら顔を真っ青させた少女を睨み付け返答を待つ。
「あ、あの時……わたしを…!!」
しかし、少女の口から発せられた純粋な返答に…カガリは足元から毛先にかけて尋常では無いほどの悪寒に襲われるのであった。
「助けてくださりありがとうございました!」
「……は?」
「“オバケ”に襲われていた時、わたし…本当に死ぬかと思いました…でも、あなたがあの“オバケ”を蹴飛ばし、まるで中世の物語に出てくるような白銀騎士のようにわたしを守ってくれました…!!そして、気がつけば家の前で目を覚ました時、わたしは…どうしても直接、あなたにお礼を言いたくて……!」
「ぬああああ!!!!!!やめろやめろやめろやめろ!!バカかテメェ!?バカだろテメェ!!?」
目の前で自身の手を握り合わせ、白馬に乗った王子を目撃したかのように語る少女の責め苦となんら変わらない言葉に慌てて割り込むようにカガリは叫んだ。
「オレはテメェを助けた覚えなんざねぇよ!勘違いすんな!!」
「で、でも…あの“オバケ”に向かって行ったじゃないですか…!」
「あれはあの“バケモノ”がオレにちょっかいをかけたからぶっ飛ばしただけだ!!っうか、あの時テメェに自分でなんとかしろって言ったよな?!」
「え?あ、あれは“安心して眠れ”って隠された意味じゃ……?」
「ちげぇーよ、クソ女!!そのまんまの意味だボケ!頭沸いてんのか!!?」
「で…でも、助けてくださったのは事実です!あなたは命の恩人、しっかりとお礼をします!!」
「ぁぁ!!やめろってんだろ!!さ、寒気がすんだよ!!」
少女の純粋な言葉にカガリは耳を塞ぎながら悶える。
事情を知らぬものがこの光景を見れば、東海学園の女子生徒が極悪非道の不良であるカガリを手を使わずに倒したようにしか見えないであろう。
それほどのまでに、轟カガリと言う少女は善行を苦手としていた。
「不良の生き恥だ…いっそ殺せ~…!」
「そ、そこまで認めたくないんですね…」
「うるせぇ!轟カガリと言えば、知らねぇ奴はいねぇと言われた最凶最低極悪と三拍子が揃った不良だぞ。町を歩けば万引き恐喝なんざ当たり前、喧嘩暴力日常茶飯事…泣く子はおろか、警察だって泣いて逃げ出す女なんだからな!?」
しかし、今はどんなに威圧的に言っても地面に突っ伏してしまっている為、目の前の少女にはいまいち迫力が伝わらないのであった。
「お名前…轟カガリさん、って言うんですね」
「あぁ?テメェ…知ってて来たんじゃねぇのかよ?」
「は、はい。お名前を聞く前に…轟さんの特徴をお話しただけで皆さん逃げ出してしまいましたので…ふふ、変なの、とは思っていました」
(いや、普通…特徴だけを聞いて逃げ出されるって相当危険な奴だって気づくだろ…)
何が可笑しいのか、口に手を当て小さく笑う少女を見ながらカガリは心の中であきれ果てた。
世間知らずの箱入り娘、と言うよりも。単なるのんびりとしてとろくさいと表現する方が合っている気がする少女は不良である自分とは全くの真逆の世界で生きているのだと実感する。
「……おい、テメェ」
「え?は、はい。なんですか…?」
そのせいか。それともただの気まぐれか。
少女に無意識に抱く。少し…ほんの少し…とても小さな興味に…
「名前…なんて言うんだ?」
「あ…すみません!!わたし、ついうっかり忘れてました…!」
少女はきっと真面目でやや頑固なのに慌てん坊なのだろう。
慌てて姿勢をしっかりと正し、真っ直ぐに見つめてくる目がそう、カガリに教えてくれた。
「と、東海学園一年A組、保立 巫女 と言います」
「………へへっ」
名前までとろくさそうだ、とカガリは思わず、笑みを溢したのであった。
カガリとミコ。二人のこの小さな出会いが、魔法少女であるカガリに更なる運命へと導くことになる。今はまだ、遠い未来の話である…