さんさんと輝く空。涼しい風。生き物が踊る季節。
一匹のアリジゴクが、そんな五月の空を眺めていました。
羨ましげに。
僕も、あの空を飛んでみたいな。
アリジゴクは、自分のつくった、まるですり鉢のような落とし穴の中心で、空を眺めてため息を吐きました。
僕は、空を飛べないアリジゴク。だから、この季節を楽しめない。でも・・・。
僕は変われるんだ。カゲロウに。空を飛ぶ、カゲロウに。
さらっ。
獲物がかかった音。
アリジゴクは音のした方向に目を向けました。
見ると、そこには、アリジゴクの巣に落ち、あがくアリの姿がありました。
アリジゴクは、アリの足を掴んで引き寄せると、大きなアゴでアリをむしゃむしゃ食べました。
そして、硬くて食べられなかったアリの足を、ポイッと投げ捨てました。
あ〜あ、早く、大人になりたいな。
アリたちを食べて、僕は大人になる。空を飛ぶ、カゲロウに。
アリジゴクは、空を眺めてため息を吐きました。
「ため息なんて」どこかから声がしました。「つくものじゃない」
アリジゴクが辺りを見渡すと、アリジゴクの巣の縁に、一匹のハチが立っていました。
ハチは、言いました。
「君は、ため息をついちゃいけない。なぜなら」
なぜなら?アリジゴクが聞くと、ハチは答えました。
「君は、まだ子供だからだ」
なんで?そう聞くと、ハチはまた答えました。
「空を飛べば、いやでもため息をつくことになるからね」
ハチは嗤いました。
何で嗤うのさ、とアリジゴクが怒鳴ると、ハチは何も言わず、飛んでいってしまいました。
ふん、空を飛べるやつには、僕の気持ちなんて分かるはずがないんだ。アリジゴクはそう思いました。
僕は、早く空の飛べる、大人になりたいんだ。あの空に、舞いたいんだ。
やがて、六月がやってきました。
雨がぱらぱらと舞って乾いた土を潤し、植物たちは喜びに溢れています。
でも、アリジゴクは不満でした。
空を、見たいなあ。それに。
アリジゴクは腹を鳴らしました。
おなか減った。
このごろ、雨のせいで、獲物のアリたちが巣にかからないのです。
これじゃあ大人になる前に死んじゃう。
アリジゴクは、またため息をつきました。
「ため息なんてつくものじゃないよ」どこかで聞いた声。
声のした方を向くと、そこにはいつぞやのハチが立っていました。
ハチは、以前のように巣の縁に立っていましたが、不意に巣の中に落ちました。
「・・・・・ため息なんて、子供がつくんじゃない」
ハチは雨で濡れ、息も絶え絶えに言いました。
久し振りの獲物に、アリジゴクはゴクン、と喉を鳴らしました。
「・・・・食べるのか、僕を。」
おなか、減ってるからね。アリジゴクは答えました。
ハハ、とハチは嗤いました。そして、言いました。
「食べないほうがいい」
命乞い?アリジゴクがそう訊くと、ハチはアリジゴクの問いには答えず、言いました。
「君は、あと一回食事をすると、大人になる。大人の、僕にはわかる。
でもね、君はまだ、大人になっちゃいけない」
何で!僕は、大人になりたいんだ!アリジゴクがそう言うと、ハチは嗤いました。
「君は、この巣の中からしか、空を見てないからだ。
空は決して、きれいなだけじゃないんだから。」
うるさい!僕は僕は・・・・・・。
大人になるんだ。
そう叫んで、アリジゴクはハチをバリバリと食べました。
そして、アリジゴクは大人に、カゲロウになりました。
空は、思ったよりきれいではありませんでした。
空のそこかしこに、死の香りが漂っていました。
子供のころ眺めた空は、あんなにきれいだったのに。なんで?
地面には、動物や虫たちの屍骸が落ち葉のように重なっていました。
カゲロウがまだ子供だったころ見た空には無かったもの。それらが、カゲロウの心を締め付けました。
もう、こんなもの、見たくない。
そう、カゲロウは叫びましたが、もう、遅すぎました。
カゲロウは、カゲロウとして生きていかねばなりません。
カゲロウは、死ぬまで、六月の空を舞うのでした。
そして、子供のころ見た空の色をただただ思い出して、ため息をつくのでした。
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