21話 『奪われたもの』★
―前回までのあらすじ―
勇者様が勇者してる
『なー次いつだっけ』
見覚えのある部屋……そう、ボクがココにくるその直前までいた部屋だ。
成瀬と谷田と……もう一人顔がわからないのが一人。
3人でちゃぶ台にノートを広げて囲んでいる。
『んー、確か7月の初めだよ。一月後』
『うげッ…もうそんなチケーのかよめんどくせー』
『ほら成瀬。次赤点とったら夏のキャンプおじゃんなんだから、やるよ』
『へぇーい……』
『はははは、容赦ねえなあ○○――――』
笑いながら谷田がシャーペンを手に取り、ノートへ動かす――と同時に、目の前が真っ暗になり……
<――贄は確かに頂いた。>
その言葉だけが、頭の中に響き渡った。
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「…………今のは」
目を覚ますと、太陽はすでにその空の真上まで昇っていた。
スマの無事を知ってよほど安心したのか、こんな状況にもかかわらず非常によく眠れたらしい。
そのスマを除いたほかの面々は、既に起きて帰りの準備を済ませているようだった。
「んお。起きたか譲ちゃん」
近くに立っていたメルオンが気が付き、声をかけてくる。
「あ、はい。ごめんなさい……ボクだけ寝すぎちゃったみたいで」
「何言ってるんだ。嬢ちゃんは一番休んでなきゃいけなかっただろう?落ち着いたらメフィルに戻ろう。世界の果てに関しちゃ残念だったが……あの〝耳〟も、何かちゃんと突き止めんとな。大丈夫だったらグルッドに言ってくれ、帰りもあいつが先導するらしいからな」
「わかりました、ありがとうございます」
短くそう言うと、メルオンは「おう」と一言遺して神官がいる出口側へ向かった。
ボクは空を見上げ、さっきの夢……どこか懐かしくて、でも知らない。まだ見るはずのない幸せな夢を思い出していた。
3人が笑いあって次のテストへ向けて勉強に励む夢。
が、その夢がどうなったか。どこで切れて目覚めたのかはわからない。
そしてボクの右手は無意識に胸ポケット……生徒手帳を入れておいたその場所へ動いていた。
――贄は確かに頂いた――
その言葉だけが頭の中を這いずり回る。
今までは自分の存在を差し出したとき、真っ先に生徒手帳にそれが証拠として表れていた。
〝管理者〟は記憶だと言ったが、もしかしたら見える形で何かが消えているのかもしれない。
知らない方が幸せだ。
知っても後々悲しい思いをするだけ。
が、そうとわかっていても知らずにはいられない。
ボクは手帳を持った手を恐る恐る動かす。
そして―――
「変わって……ない」
ホッとして吐息が漏れる。
前回証明写真の象が消えてからそのページは非常に寂しいものになっていた。
が、自身を証明するそのページはそれ以上何も変わっていない。
写真、クラス、氏名。そして印で構成されているそのページは、今やクラスと印だけの――――
「クラス……」
確かにそこには2年A組と書かれている……はずだ。
間違いなくそう書かれているし、その文字に変化があるようには思えない。
しかし
「………読めない」
意味が解らない。
何故!?
間違いなくそれはクラスが書いてあるし、疑いようもない事実なのだ。
でも読めない、何と書いてあるのか分らない。
頬に幾筋も冷や汗が伝う。
〝2〟という単純な数字でさえ理解できない。
そしてその視線を恐る恐る右ページ……校則が書いてあるページに向ける。
「な……なんだよ、これ……」
それはまるで、全く知らない記号の羅列を眺めているようだった。
知っている言語なのに、ましてや母国語であるハズなのに全く分からない。
前回までは自分が自分でなくなるという恐怖が強かった。
だが今回は全く異質……とにかく気持ちが悪かった。
分かるはずのものが分からなくなる、それは今回も同じだ。
しかしこうもしっかり目に見える形で出てくると、本当に吐き気がしてくる。
「言葉に関する記憶を抜き取った。とでも言うつもりか……!?それを記憶と言い張るなら、今までのだって立派な記憶だろ……!?こんな…舐め腐ってる………!!」
ああそうだ。その通りだ。
〝名前〟も〝顔〟も、言ってしまえばどっちもボクの有する〝記憶〟だ。
記憶と言うからには何か大事な思い出でも引っこ抜かれるのかと身構えていたが、それ自体が間違っていたらしい。
〝記憶〟というのはすなわち〝存在〟であり、要は初めから何を奪うかなんて言っていなかったということなのだ。
そして管理者は言っていた――残りの願いは4つだと。
伝承が本当ならば、先に願いを叶えることで存在を奪われずに済むらしい……が、その願いもわからないし、世界の果てが他どこにあるのかも定かではない。
そして少なくとも3回はこの世界に戻ってこなくてはならない。
前回この世界に戻ってきたときは、向こうの世界でしか叶わない〝テストが嫌だ。面倒くさい〟という願いが、どんな形とはいえおそらく叶えられたのだろう。
その代償としてボクは自分の本当の顔が分からなくなった。
そう、前回は代償だった。
今回はおそらく〝罰〟だ。
願いが4つも残っていて、偶然にせよあの場所に行ってしまった。
叶う願いが残っていて、帰ろうとしたという人の話と重なる。
ではそのどちらでもない場合はどうなる?
世界の果てが一つしかないのなら願いさえ見つかれば簡単だろう。
ボクはこれから最低でも4回、あの渦に入らなければならない。
仮に4つの願い。全てを叶えてから4回入ろうとするとどうなる?
もとの世界に帰る前に、この世界にもう3回足を踏み入れなければならないとなるとどうなってしまうのか……これも同じく贄が必要だとしたら。
〝この世界に留まるという願い〟が叶えられてしまうのだとしたら―――
「は……ははは……あはははははっははははははははは!!!」
「な、なんだ!?」
「……壊れたカァ?」
「ネーア?」
突然の笑い声に回りの皆は驚き戸惑い、無気味にボクの方を見る。
が、そんなことはどうでもよかった。
元の世界に帰るために、この世界に留まるなんて願いを叶えなければならない!?
なんて皮肉!なんて矛盾!なんて理不尽だ!!
もう笑うしかなかった。
そうでもしないと精神が派手にぶっ壊れてしまいそうだった。
前に進むしかない。
でも進んだ先には必ず絶望に片足突っ込むようなことが待っている。
――逃げれば元の世界へは帰れない。
「帰れない……か…」
笑い声のあとにそんな言葉が口から洩れた。
「そうだ……それもいいかもしれない」
異世界に行く。憧れてた世界が現実になる。
そればかりに引っ張られすぎていたのかもしれない。
現実はいつだって非情だし、思い通りにはいかない。
でもこっちに来たときは素直にうれしかったじゃないか。
確かにいやなことだって沢山あった・・・それは元の世界に戻っても同じじゃないか。
戻ったとしてもきっと周りに流され、女子に好かれることもなく、学校と家を往復するだけの人生だ。
だったらこっちで年相応の〝女の子〟になってしまった方が楽なんじゃないか。
「ああ、そうだ。………そうしようかな」
ボクはそうつぶやきながら天を仰ぐ。
「ちょっと、疲れちゃったな」
その時見た空は雲一つなく―――どこまでも蒼く澄み渡っていた。
つづく