浮浪児タケちゃんは、オレオレ詐欺で稼いだ五百円玉を汚い手に持ち銭湯へ向かった。
なにしろ、かれこれ、一週間くらい収入がなく、体がまっくろくろすけなのだ。最近のお年寄りは用心深い。
フランス料理店「エスカールゴ」の前を通り、チーフの山さんに残飯をもおらってこうかなぁと思ったが、自分の異臭がすごすぎて、今食べても味がわからない。銭湯の帰りにしよう、と思った。
銭湯に到着し、おばちゃんに代金を払おうとしたら、なんと、値上がりしてる。
タケちゃんは迷った。
風呂代だけなら、五百円玉で足りる。しかし、風呂代を払ってしまうと、風呂上がりのコーヒー牛乳が飲めない。風呂上がりにコーヒー牛乳がなきゃイミがない。腰に手を当てゴクゴクゴクとやる。これが、最高なんだ。
しかし、風呂に入らずにコーヒー牛乳だけ飲んでも、これまたイミがない。体が汚いままゴクゴクやっても・・・・・・それじゃ、クリープの入ってないコーヒー、いや、ミッキーのいないディズニーランド。様にならない。
うーん。風呂をとるべきか。コーヒー牛乳をとるべきか。ハムレットの心境である。生か死か。あるいは、卵が先か、鶏が先か・・・・・・。
タケちゃんは入り口で仁王立ち。腕を組んで、悩み苦しんだ。
すると、番頭のおばちゃんがイライラしてきた。
「ほれほれ、ボンズ。入らないなら早よ帰れやぁ。くさいから、ほかのお客が逃げてしまうよ」
タケちゃんは、ババァの天然パーマに火をつけてひるんだ隙に入ってやれ、とも考えたが、どっこい、高度資本主義社会。そんなことをすればお縄である。浮浪児に優しい時代はすでに過去のこと。現在は、年収200万円未満の労働者が約1400万人もいる。大人もまた、浮浪者すれすれの生活を送っているのである。
「よし」
タケちゃんはもう決心した。ボロは着てても心は錦。風呂上がりにコーヒー牛乳がないのは自分の美学に反す。今日は帰って寝よう。でも、臭すぎるから、公園の水道で軽く流してから寝よう。11月ともなれば、風が少しきついが、クサイのには勝てん。エスカールゴでたくさん残飯もらってきて、腹を満たせば何とかなるだろう。
てなわけで、のれんをくぐろうとすれば、同級生のもっちゃんこと西本くんにバッタリ!
「あ。タケちゃん」
「あら、もっちゃん」
もっちゃんのお父さんは外務省に勤めているので、わりかし、裕福である。当然、公園住まいのタケちゃんと違って、家に風呂がある。
なのに、なぜ、銭湯に? しかも、一人で・・・・・・。
「めずらしいね、もっちゃん」
「いや、それがさ、父さんが北朝鮮に出張中でさ、こんな時に限って、風呂の水道が壊れてんだよ」
「ふーん。大変だねぇ」
なんにせよ、タケちゃんにとっては大助かりだった。もっちゃんが、コーヒー牛乳くらいならおごってあげるよ、と言ってくれたのだ。
さすが、北朝鮮担当の外交官の息子! いや、それは関係ないか・・・・・・。
おばちゃんに代金を払おうとしたら、「おい、タケ。お前だけ入るな」と言われた。
「なんでだよ、おばちゃん。金は払うよ」
おばちゃんは鼻をつまみながら言った。
「おまえ、いくらなんでも、臭すぎるんだよ。ほかのお客さんに迷惑や」
「そ、そんな・・・・・・」
タケちゃんごめんね、と言って、もっちゃんは先に行ってしまった。
「も、もっちゃん・・・・・・」
そうこうしてるうちに仕事帰りの労働者が次々と来て、タケちゃんを突き飛ばしていった。
そのうち、おばちゃんが、ジャマやジャマやと言って、ホウキでタケを掃いて外に追い出した。
「へーっくしゅん!」
外は寒く、コンドーム売りの少女がタケに声をかけた。
「大丈夫、お兄ちゃん」
そう言うと、少女はタケに売り物のコンドームを一つカゴから取り出し、手渡した。
「今晩は冷えるから、これで婦女暴行でもして元気を出して・・・・・・」
タケちゃんは、一応、ありがとうと言って受け取ったが、心の中で、
(そんな礼儀正しい強姦魔なんていねぇや)
なんて思いつつ、もらったコンドームをふくらませて遊びながら公園に向かった。
「ああ。これが風船ガムだったらなァ・・・・・・」
ぐぅ、とお腹が鳴った。
「あ。エスカールゴに行くの忘れてた」
タケはコンドームを道脇のゴミ箱に捨て、代わりに、弁当の空き箱を取り出し、エスカールゴに向かった。
最近、エスカールゴの味が変わった。きっと、チーフの山さんが結婚したからだろう。やわらかい味になってる。
タケは味を想像するとウキウキ気分になり、自然にスキップをしていた。
すると、ますます異臭があたりに振りまかれ、野良犬が鼻を押さえて、くぅ−んと鳴いている。
そして、走り出す。行き先はきっと、タケと同じだろう。
タケと野良公と夜風は同じリズムでステップを踏んでいた。(了)
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