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怪談 白菊
作:楽雨


 この話はあたしが見た話じゃございません。知人から聞いた話です。つまり又聞きなわけですが、馬鹿にしちゃなりませんよ。噂も真実なこと、あるでしょう。
 すいません、あたしは話し下手なもんで、すぐに趣旨がずれちまいやす。
 左馬助という男をお知りでしょうか。その男が、二年前でしたっけ、ほら、おっきな戦があったでしょう。その時分より少し前に、一人の女に会ったそうです。
 たいそう美人の芸妓でしてね。笛が上手かったそうです。あと、夜のお相手も。
 左馬助は助平な奴でね、気に入ったんですよその女が。だからぜひお抱えの芸妓、愛人にしたくてね。掛け合ったそうです。女の店は承諾しました。なんせ左馬すけはお得意様々。実入りが増えるからねぇ。しかし、女には約束があった。
よくある話です。


「お前のような綺麗な女ってのは」
 俺は女の袖を引く。白い指が笛を吹くのを止め、黒い瞳が楽しそうに俺を写した。
「どうやってできる」
 俺は笑ってそう聞いた。
「そんな世辞どこで覚えるの」
 白菊というこの女は、俺が今まで見てきた奴らの中で一番綺麗な女だ。
「普通と同じ方法か」
 今度は手首をつかんで側に引き寄せる。
「まぁ、助平なこと、左馬助さま」
「まあな」
「ふふふ」
 艶かしい、しかし純粋な子供じみた笑い。俺が好きなこいつの仕草だ。手放したくないと思う。身請けをしたいのだと、白菊にそっと言った。もう店には伝えてある。あとはお前の返事のみだと。
「店が承諾しても、あっしはあなたについて行きません」
 その答えは俺にとって意外なものだった。
「なんでだ、今以上に贅沢させてやる。お前のために屋敷も建てよう」
 鼻息を荒くして俺についてくる幸せを怒鳴った。
「理由をお話しましょう」
 俺なんかちっとも怖くない。白菊の目はそう語っていた。
「あっしには先を約束した男がいます」
 白菊の男。それは白菊の田舎に住む幼馴染だった。
 名は清鷹。
「田舎男にお前が買えるのか」
俺には自信がある。そのへんの小大名より、俺には金があると。
「清鷹は侍、近々行われるであろう戦の後、あっしを迎えに来ると約束してくれました。お館様は清鷹を懇意にしてくださってるそうです。もし、清鷹が戦で武将を討ち取れば、褒美にあっしをもらう」
こっちの気持ちも知らず、白菊は清鷹について話し続ける。
「清鷹はそんなに強いのか」
「…武芸はいまいち、お館さまが懇意な理由も、文官としての才が素晴しいからです」
 まさに夢想だ。お前の恋人はすぐに死ぬ。
「夢を見てはなりませぬか」
 白菊は目を細めた。
「あっしは清鷹を信じています」
 もうそれ以上、白菊を見たくなく、さっさと店を出た。

 関山というこの男はどうしても好きになれない。中身も外見も、猛々しく乱暴者で単純なのだ。だが、仲間にするならこの男が一番だった。まったく腹立たしい。
「清鷹なんて大嫌いだ。新参者のくせにまんまとお館さまに取り入った」
 そう言うと酒を勢いよく飲み干した。口の端から、酒と涎が混じり落ち服を汚している。下品だ。料理の食べ方もなってない。 
「だいたい武士たるもの、槍働きにて名をあげるべきなのだ。あやつがいったいなにしたんだ。あの若造はただ机に向かうだけで」
「わかります、私もあの男が嫌いです」
 長い話を聞き続ける気はない。
「戦の混乱の中、清鷹を」
「わかってる。種子島に当たって死ぬ奴はいくらでもいるからな」
 関山が酒気を撒き散らしながら大声で笑った。俺はそれに不快を感じながらもにっこりと笑って謝礼を渡した。
 白菊は俺を裏切った。だから、約束に酔いしれるあの笑顔を壊す。
 後悔させてやる。
 俺の手をとらなかったことを。

 戦の前後は、人も物も行きかい忙しくなった。しばらくは白菊のことも忘れられた。
 戦に勝利したのは地元の大名だった。その情報とともに嬉しいことを聞いた。
 清鷹の戦死だ。
 関山は成功したのだ。 
「駕篭をよべ」
 昼間にもかかわらず白菊のいる店へと向かった。早く教えたかった。夢は終わりだと。
「左馬助さま」
 小さくねずみのような顔の店主が頭を下げ俺に近寄る。
「白菊の部屋を頼む」
「それが…白菊が部屋には誰も入らないでほしいと」
「ほう」
 俺以外から清鷹の戦死を聞いたのだろう。哀れな女だ。今頃、俺の言葉の正しさを考え、涙しているのだろう。
「…話していいのかわかりませんが、左馬助さま、耳に入れてほしいことが」
「なんだ」
 俺は気分がよかった。この小男の言葉も聞いてやることにした。
「白菊の幼馴染という男が、今夜訪ねてくると」
 おいおい、まだ白菊を狙う男がいるのか。
「気味の悪い男で、今夜訪ねてくると告げてさっさと帰りました。白菊は男の名を聞いて部屋にこもり、男を迎える準備をしているのです」
「…そいつの名前は清鷹か」
「ご存知でしたか」
 関山め。はらわたが煮えくり返る。関山に文句を言おう。
 そうしたら次の手だ。清鷹は必ず殺す。

「なぁ、酒をもうひとつ頼ませてくれ」
「いざというときに酔われてはこまりますゆえ」
 関山は時分は確かに清鷹を討ち取った。と主張し、結局二人で隣の部屋から白菊の部屋を見張ることになった。
 本当に嫌だ。
「たしかに俺は清鷹を殺した。俺が直々に清鷹の首を切った」
「ではなぜ、清鷹と名乗る者がいるのです」
「知るか」
 白菊はそわそわし、何度も化粧の確認をし、着物を整えている。俺が来るとき、そんなことしていたのか。はじめて見たぞ。その上等そうな着物。
 そして、約束の刻限が来た。
 白菊はいそいそと立ち上がり、清鷹と名乗る男を迎えに行った。
「…あやつの、清鷹が撃たれたときの面が忘れられん。凄まじい面で…俺を食い殺そうとしているようだった」
 あれだけ自信満々だったというのに、関山は身震いをしてみせた。
 単純馬鹿なこいつがこれだけ言っているということは、やはり清鷹は偽者だろうか。なら、こいつを焚きつけて取り押さえてやる。
 白菊の部屋の襖が開く。
 白菊と男が入ってきた。灯りが少なくて男の顔がわからない。
 二人はゆっくり座り、静かに寄り添う。二人の間に絆が見えた。俺の頭が熱を孕んだ。
「花、灯りを増やしてくれないか。面と向かって話したい」
 花とは白菊の本名か。
 白菊は名残惜しそうに男から離れ、火を灯した。男の顔が今はっきり見えた。
「…き、あ、清た、清鷹」
 後ろにいた関山が脂汗をかき始めた。
「清鷹は生きていたか。まぁいい。あとで夜道で切り捨ててしまいましょう」
 関山に俺の声は届いていないようだった。武芸が苦手だったのだから影武者でも立てていたのだろう。
 清鷹は侍というよりも都の貴族のようで、ほっそりとした姿をしている。端整な顔立ちは白菊とお似合いに見えた。俺はまた清鷹が嫌いになる。 
「花、拙者は仕事場所が変わった」
 清鷹が話し始める。白菊は緊張した顔で清鷹を見つめている。
「新しい主君は拙者を気に入ってくださり、配下になった祝いに二つのことを許された」
 清鷹は白菊に微笑んだ。
「ひとつは花と夫婦になること」
 白菊にうっすら涙が浮かぶ。それでも笑って清鷹の手を情一杯にぎった。
「…もうひとつは拙者を殺した関山に復讐すること」
 関山が負け犬のような悲鳴をあげた。俺は耳を疑った。白菊も驚いている。
「拙者はあの戦で死んだのだ。味方である関山の軍に撃たれ、首を切られた…そこにいる関山に」
 清鷹は目だけをこちらに向けた。赤い赤い血走った眼。襖が開きこちらの部屋が丸見えになった。
「開けてくれ!!」
 いつの間にか関山は、別の襖から逃げようとしていた。関山はありったけの、強い力で引いているはずなのに、襖は閉まったまま、壊れる気配すらない。
「拙者は閻魔さまに仕える…」
 清鷹は座ったまま手のひらを関山に向けた。
「あがっ」
 関山がもがき苦しみだし胸をかきむしる。指に血がにじみ、服が破れ、そして。
 口から炎を吐いた。みるみる関山が炭にかわる。炭は粉になり飛散した。あとに残ったのは影のような、畳にこびりついた焦げ後のみ。
「鬼になったよ」
 清鷹の態度はどこまでも静かだ。しかしだからこそ狂気が宿ってる。
 俺は身震いした。 
 殺される。
「花、それでも、来てくれるか。鬼となった拙者のそばに」
 白菊、駄目だ。
「白菊! 駄目だ! 行ってはならない!」
 襖がしまる。邪魔されないため。何度女の名前を叫び叩こうとも、音すらたてない。
「白菊!」
 声が聞こえた。
「あっしはあなただけをお待ちしてました」
 わかった。わかってしまった。見えなくても白菊は笑っている。あなたなんて、鬼なんてこわくない。
 あなたを愛している。
「白菊! 白菊!」
 俺は無様に叫び続けた。
「左馬助殿、拙者はあなたを知らなかったから、あなたを殺すお許しをもらってない。だから、今夜は見逃そう」
 頭の中に鬼の声が響いた。俺の頭は真っ白になった。


 白菊と清鷹の部屋、そこは血が飛び散り、凄まじい部屋になっていたそうです。
 また、壁には血でこう書かれてありました。
「花清ふたりきり」
 二人は結ばれたのでしょう。
 左馬助ですか。あれから頭を剃って寺に入り、日々怯えているそうです。
 みなさんも、人の恨みになることはしない方がいいですよ。鬼にかかわるとろくなことがない。


昔、阿部定と呼ばれる女性が恋人を独占しようと恋人吉蔵を殺し、「定吉二人きり」というメッセージを残した。という話をなんか可愛いなと思って触発されて作った話。













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