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ナイチンゲールとばら 2

バンドやろうぜ!当方ボーカルがテンプレじゃない世界がここにあったようだ。

 日課になった保健室通いだが、今日は少し理由が違う。

 いつもは、各キャラの好感度を確認し今後の計画を鈴之助に相談したりするのだが。

 「あんたねー隠れたって仕方ないんだからバシっと覚悟決めてやりなさいよ!大体一回引き受けたんでしょ?」

 呆れたように溜息を吐き出しながら彼は言う。愛用のノートパソコンでお気に入りの乙女ゲームをプレイしながら、そのパソコンがのせられた机の横で膝を抱えて身体を小さくする梅吉に語り掛けてくる。

 そう、今、梅吉は隠れていた。

 追っ手は軽音部。やっぱり人前で歌うのなんて無理だとさっき逃げ出して来たのだ。

 「どーせ、隠しエンド目指してるんだし伊万里くんの好感度だってあげなきゃいけないんだから文化祭までの間にちゃっちゃと上げちゃえばいいじゃない。後々楽よ?」

 自らも攻略キャラでありながらサポートキャラでありこの世界がゲームだと知っているオカマ保険医はそう簡単に言いながらカチっマウスをクリックした。

 「そもそもこういうゲームはあっちこっちにいい顔してると時間足りなくなって効率悪いのよ一人一人攻略した方がいいと思うわ」

 きゃあ!デートに誘われた!なんて喜びながら鈴之助は画面から目を離す事なく梅吉を諭す。

 「そうだけどさー……てか、お前さぁーそういう発言言ってて悲しくなったりしないわけ?」

 鈴之助はここが架空現実だと知っている。自分も知っているが自分には帰る現実がある。でも彼は知っていてもこの世界から出る事はできない。

 だって現実には彼は存在しないもので、ただのデータでしかない。そんなのは自分なら耐え切れないと思うし忘れたい事だと思うのに彼は当たり前のように平気な顔でこの世界はゲームなのだと言うのだ。

 もしかしたら、プレイヤーの自分よりもずっとここが「作られた世界」だと自覚しているかもしれないが。

 「なんか前も同じような事聞かれた気がするけど、そういうものだから悲しいとかは無いのよねー……まぁ、他の奴らと比べて自分は生きてる世界が違うかなぁ……とは思うけど、でもそもそも生きてないしね。そんな哲学的な事考えられる程私のAIは発達してないみたいだから割とのんきなもんよ」

 その呑気さが適任と言えば適任なのかもしれないけど。

 「それよりアンタはもっとこれがゲームなんだって自覚した方がいいと思うわ。一々感情に流されてないでもっとストイックに機械的に物事考えてた方が攻略も楽よ?早く現実に戻りたいんでしょ?」

 確かに自分は己の感情のままに動いてゲーム攻略が疎かになっているかもしれない。鈴之助の言うようにただボタンを押すような感覚で毎日機械的に過ごした方が早く現実に帰れるしそれが最善なはずだ。

 「そりゃ、そうだけどさー」

 いつもなら、これがギャルゲーやエロゲーなら格闘ゲームのコンボを入れるみたいに、RPGで経験値を稼ぐ為だけの戦闘みたいに無感情にただ結果の為だけに行動する事が出来るのに。

 何故それが出来ないのだろう。一々相手の反応や顔色が気になってしまう。一時的に嫌われたってゲームなのだからその後の行動次第で巻き返す事ができる。だから相手の気持ちなんて気にせずに人の目なんて気にする事なく行動が出来るししなくてはいけない。

 そんな事分かって居る。分かって居るけれど何故かできない。

 ゲーム中の自分はもっとクールだった筈だ。目的のエンディングの為にいくらでも非道になれた。

 自分が選んだ女の子以外処刑される。そんなゲームを昔やった事がある。少し可哀想ぐらいは思ったが次の周で今度は彼女を助ければいいと思えば罪悪感は直ぐに拭われた。

 今度その子を選べば今自分の横にいる子は今度は死ぬ立場になってしまう。そう分かっていてもこれはそういうゲームなのだからとちゃんと割り切ってる自分が居た。

 なのにどうだろう。このゲームはそんなシリアスなものじゃない。恋愛しながら学園生活を送る。本来なら命の危機さえない平和なゲームだ。

 ましてや、自分はこのゲームがしたくてここに居るわけはない。何かの手違いでここに居るのだからここから出れるならどんなエンディングだっていい筈なのだ。

 (――いや、男とのラブラブエンディングは嫌だけど)

 それだって、本当に死ぬ程嫌かと聞かれたら死ぬ方が嫌だ。ここから出れずに、梅吉の現実にある身体が衰弱して死んでしまう方が嫌に決まっている。

 多分、命がかかって居なかったら早々に自分は適当にキャラを絞って誰でもいいからエンディングを迎えて外に出ようとしただろう。

 けれどそれは出来ない。誰か一人とのエンディングは=リアルな死を意味するかもしれないからだ。

 だから梅吉は今、シークレットエンドのキャラクター全ての攻略をしなくてはいけなくて、その為には少し非道になるべきだと分かってはいるのだが。

 「あ~~……!」

 一周回って同じ場所に返って来てしまった思考に梅吉は思わず頭を抱えた。

 感情と思考が一致しない。頭では分かっているのにいつもそれ以上に感情が勝ってしまうのだ。

 「まー時間は長くはないけど短いわけでもないからいいけど……またデートに誘われたら言いなさい一応安全か確かめてあげるから」

 小さく鈴之助が笑いぽんぽんと梅吉の頭を叩いた瞬間――ガラッ!っと勢いよく保健室の引き戸が開かれる。

 「みーつーけーた!」

 扉の向こうから現れたのは鬼のような形相の七緒の姿だった。

 

 数分後。

 

 「裏切り者ー!!!!」

 ヒラヒラと笑顔で手を振る鈴之助にそう叫ぶ。

 梅吉は今、制服の後ろ襟を掴まれて廊下をずるずると引きずられていた。

 この細い腕のどこにそんな力があるのか、可愛い顔をしてやはり女の子は現実だろうがゲームの中だろうが本来怖いいきものなのかもしれない。

 そうして連れ戻された音楽室。マイク前に引きだされる。

 「だいたい、どうして俺なの!?」

 他にいくらでも居るだろう。いくら自分が主人公だからって、こんな華のないボーカルがあるだろうか。

 そうマイクの下でへたり込む自分に七緒は手を差し伸べて笑いながら言った。

 「梅の鼻歌が上手だったから」





 こうして、軽音部に一時的に入部する事になってしまった。

 歌を歌うのは確かに嫌いではなかった。

 幼いころに遊びで身に付いた絶対音感のおかげでなんとか音を外す事なく歌える事もできる。

 でもそれと歌が上手いとかは別の話だ。

 確かに梅吉は幸いな事に音痴ではない。

 でも歌う上手いとかは音程が間違ってなければいいとかそういう問題ではない。

 声の色や滑舌、声量の問題もあったりする。

 特に声量は、せいぜいカラオケで歌う程度の自分にあるはずもない。

 生の楽器の音にすぐに掻き消えてしまうし無理に声を張ると今度は音を外してしまう。

 だから放課後の練習はほぼ発声練習に費やされていた。

 

 「喉から出すんじゃなくてお腹から出すんだよ、お腹に力を入れて、一本の芯が自分の身体に通っているのをイメージして」

 

 そう伊万里は言うとピアノの鍵盤を押す。ポーンと力強く響く音に合わせ梅吉は言われたように声を出す。

 「アー……」

 が、中々うまくいかない。声量が単純に無いのとやはり自分以外の人間に歌声を聴かれると言うのがたまらなく恥ずかしくて喉が狭まってしまってる気がする。

 「少しつづでいいから、恥ずかしがらずに俺の存在は忘れて声出してみて」

 存在を忘れろと言われても

 「先輩、今日は一段と存在感のあるカッコですよ」

 初めて会った時は白髪に赤い目と言う容姿だった伊万里だが、今日はピンクの髪に青い目でどう頑張ってもその存在を無視する事はできなかった。

 「んー……白飽きちゃったんだよねー」

 のんびりとそう答えながらポーンと再びピアノの鍵盤を弾く。

 伊万里静いまりしずかは二年生の一個上の先輩だった。

 目立つ髪の毛と瞳の目は自分で染めたりカラコンを入れたりしているらしい。

 梅吉はこの軽音部に来るようになって今日で一週間と三日目だが彼の髪色が変わるのは今日で二回目だった。ちなみに白の後にはオレンジになっている。

 「今は昔と違って、髪も痛まないし色もすぐ変えられるから便利なんだよー梅ちゃんも染めてみる?染める前にブリーチしなきゃいけなくてそれが頭皮剥がれるんじゃないかと思うほど痛いけど」

 間延びした言葉を吐き出しながら伊万里は小首を傾げて問いかけてくる。

 「いや、頭皮剥がれるのは嫌だからいいっす」

 「剥がれないよー梅ちゃんってば面白い子だなー」

 ヘラヘラと笑いながら静は再びピアノを鳴らした。

 「先輩ってドラム以外もできるんですね」

 楽器が弾ける。それだけで尊敬の対象なのに静はドラム以外にもピアノも弾けるらしくこうして梅吉の練習に毎回付き合ってくれている。

 「うん。ギターもベースもできるし他にもできるよ。親がそういう仕事の人たちだからねー英才教育?そういうの受けて育ったんだー」

 なるほど、乙女ゲーにいかにも居そうなサラブレッドなキャラが伊万里なのか――と梅吉は心の中で思った。

 「じゃあ、先輩がボーカルすればいいじゃないですか。自分よりずっと上手そうだし」

 こんなに歌い方の指導をしてくるぐらいなんだからきっと彼は梅吉なんかより上手くできる筈で。

 「うん。そうだね」

 にっこりと笑いながら静は頷き

 「でも、俺、自分の歌い方が嫌いだから」

 そう言って再びピアノを鳴らした。

 「梅ちゃんの声はさ、滑舌悪いしまだ声量は無いけどすごく一生懸命なのが伝わってくるから、きっと聞いてる人にも伝わる歌だよ」

 さぁ練習をしよう?と一方的に静は会話を締めくくる。

 それ以上深く聞いてはいけない気がして梅吉は鳴らされる音にそって声を出した。

 何か触れてはいけないものに触れてしまったような後味の悪さが残る。

 そう言えばこの感覚には身に覚えがあった。

 

 『噂を流したのは僕なんだ』

 

 以前聞いた三郎の告白。

 そう言えば結局真相は分からないままだった。

 ポーンとピアノが鳴る。日はもう傾いて窓からは赤い光が差し込んできていた。

 三郎が噂を流した真相や静が自分の歌が嫌いな理由そういうのがきっと今後のゲーム展開の鍵を握っているだろう。

 でも、

 (――知りたくないな)

 自分が知ることでもしかしたら彼らの傷を開く事になるかもしれない。

 そんな事を言えばきっと鈴之助からは「ゲームのキャラに何遠慮してんの!」と怒られてしまうかもしれいけど。

 やはり自分がされて嫌な事はしたくない。

 どんなにゲームだと言われても今の梅吉にはここは現実の世界と変わりなくキャラクター達も生身の人間と変わりなく思えてしまうからだ。

 (とにかく、今は目の前の事から)

 前を見据えて、腹に力を入れて声を出す。

 今でも、人前で歌うなんて冗談じゃないと思っているけど少しでも自分の気持ちが伝わるならそれがもしできるなら、少し悪くない――――かもしれない。

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