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ナイチンゲールとばら 1

無事(?)お化け屋敷から脱出した梅吉だが、そういや鈴之助も攻略キャラだと今更思い出した。先を考える頭が痛いが、それでも毎日は過ぎていくのである。

 音の洪水の中に何故かいた。

 まるで満員電車のように人が詰まって、梅吉の顔の5センチ先にはもう誰か知らない人の肩があった。

 扇動者のように、ステージ上の人物が「跳ねろ」と言えばみんな一斉にジャンプし「頭を振れと」と言われたら本当に頭を振る。

 これが世に聞く「ヘッドバンキング」と言う行為だと梅吉が知ったのは後のことだった。

 憑依されたかのように髪型が崩れるのも関わらず髪の毛を振り回す女子。円柱型の物がクルクルと回っている迫ってくる――そう思ったら人が寝転がって立ってる人の上を転がっていた。

 何かが落ちて、それが人で二階席から人が降ってきて

 (あの、しかも平然と二階席にもどって行きましたけども!?)

 音が無かったら、

 ステージ上に立ってるのが化粧をした綺麗な男でなかったら、

 (しゅ、宗教だ!)

 そう、それはオカルト系のマニアックな宗教の集会のようだった。

 「どう、梅!楽しいでしょ!?」

 茫然とする梅吉に視線はステージに向けたまま、乱れた髪の毛を直しつつ七緒がそう聞いてくる。


 ――そう梅吉は七緒に誘われて、何故かライブを見に来ていた。





 切っ掛けはそう、放課後。

 「梅、今日暇?」

 そう七緒に声を掛けられた。

 「実はさ――」

 七緒の話しによれば、七緒の好きなバンドのライブが今夜あるのだが、一緒に行く予定だった友達二人が急に行けなくなりチケットが二枚余っているらしい。

 一人で行く事自体は構わないがやはりチケットは勿体ない、チケット代は要らないから一緒に行かないか?そう誘われた。

 (お、女の子にデートに誘われている!)

 正しくはデートではないし、梅吉も今は女性なのでそこに恋愛的な発展は見込めず、単なる友達としての誘いなのだが、人生初の経験に

 「い、行く!」

 思わず、どんなライブなのか音楽のジャンルは何なのか、聞かずにOKしてしまった。


 

 こうして、ほづみも誘い三人で地元の小さなライブハウスに訪れたのだが。

 (こういうライブだって知ってたら後ろで見てたのに!)

 早々に梅吉は後悔していた。

 七緒に腕を引かれるまま、三人は最前列から三番目辺りの大分前の方見る事にしたのだが――メンバーが出て来た途端に後ろから押され、前へと押し出され、腕さえ出せない程のすし詰め状態になってしまった。

 梅吉は棒立ちで視線だけステージに向ける。

 (こんな狭い中で聞いて何が楽しいんだ!)

 始めはそう思っていた。

 暑いし苦しいし、知らない人間の肌と自分の肌が常に触れ合ってるし、足は何度も踏まれて、頭を振られたら髪の毛が顔に当たったりする。

 幸いこんなに人が密集してるのに汗臭く無いのだけは救いだったが。

 (それどころか、この人達が頭振るといい匂いがする)

 シャンプーか香水か、不快ではない匂いがふわりと辺りに満ちるのだ。

 異様な空間。異様な空気。

 歓声と赤や青や黄色の鮮やかなライト。

 ベース音が腹の底を揺らし、ギターが心臓を掴み、ドラムが脈を刻んで歌声が鼓膜を揺らす。

 何かが肌の上を疾走していく。それがぞわぞわとつま先から頭の天辺まで這い回っている。

 ギターは両脇に二人、一人は淡々とメロディーを弾き、一人はアクロバティックにステージを駆け回る。ベースは向かって右側の奥、指で器用に弦を弾きその度に腹に低く音が響いた。ドラムは涼しい顔をしながら、それでも手足だけは激しくリズムを刻んでいる。

 時に笑顔を向け、シャウトし、怒鳴り、観客を煽りながら、ボーカルは今作られたメロディーに歌詞を載せる。

 目の前に広がるのは今まで見た事も無い光景と画面越しでは感じる事の無かった迫力だった。

 そうして、ステージ上に目を奪われているうちにだんだんと不快感は無くなっていく。

 鼻に掛かったようなボーカルの歌声が耳に残る。

 甘く引っ掻くような歌に心が揺さぶられる。

 (ああ、凄い)

 単純にそう思った。

 この歌には心が籠っていた。

 心を伝えて歌を歌うと本当に伝わるのだ。

 歌だけじゃない。音にもちゃんと心が籠ってる。

 

  



 ――音楽って凄い。




 こうして、ライブが終わる頃には梅吉もすっかり回りの観客と変わらない反応を送っていたのだった。

 

 「凄かったね!」

 ライブを終え、会場から出た瞬間にそう興奮気味に言ったのはほづみだ。

 「でしょ?私の一押しのバンドなの!」

 七緒はまるで自分の事のように自慢する。

 「梅は?梅はどうだった?」

 それから少し心配そうにそう梅吉に聞いてきた。

 「凄かった」

 本当に凄かった。

 あのバンドが凄いのか、ライブと言うもの自体が凄いのか比較対象が無いから今の梅吉にはよく分からない。

 でも、音楽が凄いって事だけはよく分かった。

 音楽は嫌いではない。むしろ好きな方だとは思う。でもライブに行こうだとか思った事は一度も無い。

 梅吉にとって音楽は、部屋で一人静かに聞くもので、あんな風に大勢で聞くものでは無かったからだ。

 正直、映画も音楽も家で見たり聞いたりするのが一番だとずっと思っていた筈だが、今はこういうのも悪くないと今は思っている。観客も含めて、あの空間すべてが音楽だった。

 凄まじい一体感があってそれはとても気持ちよく気分が高揚し心地いいもので、

 「よかった!じゃあ、ついでに梅にお願いがあるんだけど――」

 ライブの余韻に浸る梅吉に七緒はそう言って、少し怪しげな笑みを浮かべたのだった。



 




 

 夢野香ゆめのか学園第二音楽室。

 「無理!やっぱやめようよ!」

 梅吉はその扉の目の前でそう叫んだ。七緒はそんな梅吉の腕を引き、梅吉は散歩を嫌がる犬のように足を踏ん張って動くまいとしていた。

 昨日のライブ後、七緒に梅吉はこうお願いされていたのだ。

 『お願い!うちのバンドのボーカルになって!』

 七緒は軽音部、文化祭では学校のステージを借りライブをするらしいのだが

 『ボーカルの子が急に部活辞めちゃったの!このままじゃ文化祭うちのバンドだけ不参加になっちゃう!』

 なんてご都合主義!世の中には「バンドしましょう!当方ボーカル」なんて募集が溢れていると聞くぐらいそのパートは人気な筈なのに、いきなりボーカルしかも頼まれて。

 さすがゲームと言うべきか、システムは基本的には梅吉に優しいように作られている。

 が、しかし、

 「無理無理無理!人前で歌うとか!カラオケだって行く時は一人だし!」

 人見知りの自分にそんな芸当ができる筈もない。ちなみにカラオケがヒトカラなのはそこまで深い仲の友達がいないからだが、とにかく中学の合唱コンクール以降ステージに立って歌うなんて事はしたことがなかった。

 「でもカラオケは良くんでしょ?歌うのが嫌いじゃなきゃOKだって」

 そんな梅吉の気持ちなんて通じる筈も無く、七緒は簡単な事のように言ってのけた。

 確かに歌うのは嫌いじゃない。

 一人でカラオケに行く程度には歌うのは好きだ。

 気分が良い時なんかは風呂場で湯船に浸かりながら懐かしのアニメソングやお気に入りのゲーム主題歌を熱唱する程度には好きだ。

 でも歌うのが好きなのと、聞かせるのが好きなのはイコールにはならない。

 そもそも、最近ようやく七緒やほづみ、他のキャラクター達となんとか会話ができるようになったような人見知りコミュ障の自分にバンドのボーカルなんて――。

 「何してる?」

 その時、音楽室の扉が開き一人の人物が顔を覗かせる。

 「七松先輩!」

 黒髪に七三分け眼鏡の七松三郎の姿がそこにはあった。

 「先輩!うちのバンドのボーカル連れてきました!」

 七緒がすかさずそう言って

 「そう、君だったか――文化祭に向けて生徒会の方も忙しくなるけど頑張ってくれ」

 違うのだと拒否する前に話は進む。

 「あっ、そうか!先輩副会長で梅は生徒会入ってたんだっけ――じゃあ初対面よりやりやすいね!七松先輩はうちのバンドのベースなんだよ」

 もう完全にこのルートは回避できそうもなく。

 (なにこれ強制イベントか何か?)

 思わず脱力した梅吉は引きずられるように第二音楽室の扉を潜ったのだった。

 

 音楽室の中には大きな白いグランドピアノが一台、そしてギターとベース、ドラムセットが並んでいる。

 そのドラムセットの向こう側、白い、何かが見える。

 「伊万里いまり!」

 三郎がそう声を掛けると白い何かはひょいっと持ち上がって、

 「!???」

 それは人だった確かに人だった。

 これはゲームだ。

 だから舞台が日本でも日本人離れした髪の毛の色や目の色の人間が出て来ても不思議ではない。

 だが、このゲームは何故かあまり不自然なそういう非人間的なキャラクターがあまり出て来ていなかった。

 髪色もせいぜい鈴之助の金髪ぐらいなものだ。

 でも、今目の前に居る彼は初めて、現代日本らしからぬ容姿をしていた。

 (なんと言う中二――)

 白い髪、赤い瞳、少したれ目で眠そうな顔に見えるが、彼も間違う事なくイケメンで、顎の下にあるホクロさえアクセサリーのように見える。

 「えっと、アルビノか何かですか?」

 思わずそう聞いてしまった。

 生まれつきメラニン色素を持たないものは動物でも人間でも体毛は白くなり、目は血管が透き通って見えるから赤くなると聞くが、

 「ううん。ホワイトブリーチしてアッシュ入れたんだけど色抜けちゃった。目はカラコン」

 が、伊万里と呼ばれた彼は首を横に振り淡々とそう返答してくる。

 (割と現実的だった!)

 てっきり壮絶な過去があって精神的ストレスで白髪になったとか、生まれつきのアルビノで身体の弱い美少年とかそういうキャラクターかと思ったが、このゲームあまりテンプレ通りに動かないのを思い出した。

 なにせ、雨の中不良がワニを拾う。そんな世界なのだこれは。

 「月見里くん。彼は伊万里いまりしずかドラムを担当してる。軽音部は僕と一条くんと彼の三人で全員だ。この前までもう一人居たんだけど部を辞めてしまってね。せめて文化祭のライブまでの間だけでも付き合ってくれると助かる」

 「よろしくね」

 三郎に紹介され、伊万里はそう言って右手を差し出してくる。

 (!???)

 そして、本日二回目の衝撃を梅吉は受ける事になった。

 彼の下に映るのは同じみのハートマークのゲージ。

 

 新キャラが出現しました。


 まだ、誰一人攻略の見通しがたっていないのに! 


 

 

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