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セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
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8, 朝食はマクドナルドで

 朝マックする? という広告がテレビで何度か見たことがあるが、そもそも朝食を外食で済ませるという経験をすること自体学生には珍しいのではないだろうかと思う。あれは言っても社会人、朝食を取る暇の無い大人に手軽に食べられますよ、というサービス精神からであって、決して学生が好んで取るような朝食の方法ではない。
 とは言え、意外なことに朝のマクドナルドにはやはり社会人ではあるが人が多かった。席を取って朝食を取る人はほとんど反比例だったが、まだ濁りきっていない空気の中でハンバーガーというのも中々に良いものだった。
 私は簡単に百円程度で済むハンバーガーに加えて軽いオレンジジュースを注文し、白椿さんは暴飲暴食とも言える量を頼んでいた。強いて挙げていくなら、チーズバーガー×2、テリヤキマックバーガー、アイスティー、ジンジャエール、ポテトLサイズ、そして律儀なことにサラダも忘れていない。見ているこっちが吐き気を催す量である。これは流石に夕食でも多い。

「そ、そんなに頼んで全部食べきれるの?」

 彼女は目をキラキラさせて頷く。

「余裕ですよこんなの。あたしがマックに着たらこれを注文! 因果ですよ因果」
「そう……。太るわよ?」
「大丈夫、あたしの胃袋は基本的に全ての食物が別腹別腹、まるでゴミの分別みたいですけどそんな感じに果てしない銀河系が広がってるんですよこれが。俺の胃袋は宇宙だ、なんて屁でもないですよ」
「なら本物の胃袋の中には何が入るのよ」
「酸素ですね」

 それは肺にだろうと突っ込みたかったが、恐らく不毛に終わるだろうと推測してやめた。
 白椿さんがチーズバーガー一個目に口をつけながら聞いてきた。

「それにしても先輩も貧欲ですよねー。折角あたしが奢りますよーって言ってるのに、そんな二品だけなんて。あ、今からアイスクリーム一品追加頼んでおきましょうか? いや太るのを懸念しているなら大丈夫ですって。先輩スタイル良いですし、運動すれば万事解決ですよ。ていうか毎朝ランニングとかしちゃってますよねその肉体美。因果ですね因果」

 食べている時すらも口の減らない娘だった。
 私も話していては食が進まないと、ハンバーガーに口をつける。ジャンクフードはあまり好きな類ではないが、味が良いというのは保証できる。最近はカップラーメンも様々な味が出てきて飽きを回避したらしく、米国のジャンクフード文化は確実に日本に引き継がれているようだ。
 私が口をつけるのと同時に、白椿さんの手からチーズバーガーの姿が消え、代わりにストローを吸っていた。左手にはテリヤキがある。口がべたべたになるのを怖がっているのか、どこから食べようか迷っているように見える。

「ところで、貴女のその『因果ですよ因果』って口癖随分おかしいわね。誰かの真似?」
「あたしのですかぁ? いや別に誰の真似でも無くオリジナルですけどね。さっきも言いましたけど、これでも自分で変だなぁって思ってるんですよこれが。まず高校生で因果なんて言葉やたらと使う時点でおかしいじゃないですかぁ。まあ簡単に言ってしまえば、あたし運命って言葉が結構好きだったんですけどね、やっぱあたしには乙女チックなものは合わないなぁと思って、ほら、小説家が『概念』とか『観念』とかやたらと使ってカッコよさアピールしてるのと同じようなもんですよ。だからあたしも『因果』とか使っちゃってるわけですよ。あんま意味分かってないんですけどね」
「ああ、あるわねそういうの。高校生とか良くやるわ」
「ですよねー。こう、『ハンバーガーが二段であることを誰が決め付けた。それは観念だ』みたいなっ! ああ、話してたらメガマックとか頼んでみたくなりません? 因果ですよ因果」
「……ならないわよ。特に今の状況を見てたらね」
「あははー」

 申し訳無さそうに頭をかいて、テリヤキマックバーガーを胃袋に放り込む。同時に頼んであるジンジャエールが、ずずずずっ、と音を立て始めていた。

「先輩って運命論とか信じちゃうタイプ……なわけないですよねー」

 突然そう白椿さんが結論した。先ほどの話から同意でも得られると思ったのだろうか、自分で言っておいて途中で気付いたのか萎れていた。
 そして私が答える前に、どこか遠くを見るような目で語り始める。

「いや分かってるんですよ。最近の女子コーセーってやつも随分とませちゃってまぁ、『運命を感じたのっ!』なんて言ってみてくださいよ。周りの人たちにぼこぼこですよ。先輩もどっちかというと運命なんてクソ食らえって感じですかね。いや実は言うとあたしも別に運命なんて信じちゃいないんですよ。原因も何も無いのに、そうなる運命だった、だなんて理不尽すぎてアイスティー吹いちゃいますよホント」

 この白椿菊乃という娘、もしかしたら物凄い子なのかもしれない。一見してどこにでもいそうなギャルのような雰囲気をかもしだしているにも関わらず、何か深いものを感じる。それが何なのかは定かではないが、恐らくは『因果』という言葉を覚えた、『運命』という言葉を乱用するようになった原因があるのだろうと思う。
 ニコニコと笑ってはいるが、そのくせ腹の中で何を抱えているのか検討も付かない。ある意味では灰田と同じく掴めない少女である。
 とは言え、金曜日の下らないことに律儀にお礼をしてくれるというのは素直に嬉しい話で、私は相手に失礼な念を抱いたな、と思って彼女の話に微笑んでおいた。

「あー、笑ったってことは図星ですか煮干ですか一番星ですか。いいんですよー、あたしも先輩も同類、『夢見ない乙女軍団』ってチーム就任ですよ。あれですかね、今流行のノンレム睡眠ってやつですかね。あー、別に関係ないですけどね。ところで、先輩、箸……じゃないや、手が進んでませんね。あれですか、ダイエット中ですか?」

 しかし本当に口の止まらない少女である。これだけ一斉射撃を受け続けていれば手を動かすタイミングも見逃してしまうというものだ。こちらはハンバーガーしか頼んでいないというのに、白椿さんに越されそうである。

「手が進んでいないんじゃなくて貴女が早すぎるだけよ。もっと良く噛まないと消化に悪いわよ? ……というか貴女、噛んでる?」
「いやですねー先輩、そんな早食い選手権に出るわけじゃないんですから。最悪ご飯の旨みが口内全体に広がる程度にはしてますよ。あー、考えてみるとあれって微妙じゃないですか? 糖がデンプンに変わるんでしたっけ? 逆でしたっけ。まあどちらでもいいんですけど、なんかそんなのをくちゃくちゃ噛んでるって正直あまり気分が良いものじゃないですよ、いえあたし的にですけど」
「気持ち分からないでもないけれど、それを言ったら貴女が今食べてるそのジャンクフードだって変わらないじゃない」
「これは別物でしょー。ああやって『ご飯は噛んだ方が良い』なんてことを植えつけてくれやがりましたからにこんなことを思ってしまうませませさんになっちゃってるんですよあたしは。因果ですよ因果」

 最後のサラダに手を付け始めながら、得意の口癖を口にする。私もちょうどハンバーガーを食べ終えたが、……白椿さんのサラダを見て不覚にも釘付けになる。菜食主義ではないが、あの類のサラダセットというのはどうにも魅力がある。緑黄色野菜とはよく言ったものだ。……赤も混じってはいるが。

「あー、なんですかその視線は。いやらしいですねー先輩。なんかこう、王の座を虎視眈々と狙うあまり王女を快楽の底に引きずりこんで拉致監禁調教して奈落に叩き落そうとしている目ですよそれは。サラダが欲しいならそう言ってくれればいいじゃないですかー。奢りがいがあるってもんです」
「…………私が今まで生きてきた中でぶっちぎりで嫌なランキング一位を冠した表現を有り難う、白椿さん」

 要領を得ているのかいないのか、良く分からない娘である。

「じゃあ強情な先輩のために一個だけ質問しますから、それに答えてくれたらサラダ奢ります。ちなみにサラダいらないから質問に答えないっていうのは却下の方向で」
「というよりもさっきから質問攻め……に、あっているわけではないのよね……。なんだか貴女と話していると混乱するわ」
「それはご愛嬌ってことで妥協してくだせぇ先輩。――……で、質問なんですけど」

 白椿さんは財布を持って立ち上がる。中々に中身が入ってそうなその分厚さに目を囚われた、その時だった。

 ――凝視。

 視線を上げたとき、強制的・・・に身が凍った。身動きが取れないのではない。取らせてくれない視線。目と目が一本の鉄の線で繋がれたように、動かせない。
 何が起きたという問いに対して、何も起きていない。
 誰だという問いに対して、白椿菊乃。
 何処だという問いに対して、マクドナルド。
 なら――何がおかしいのかという問いに対して、全てと答えた。
 否、違う、違えるな。何もおかしくなんてない。ただ、見つめられているだけじゃないか。落ち着け、冷静になれ、ドライアイスを脳内に叩き込め。疑心暗鬼になるな。相手は誰だ、そうだ、白椿菊乃ではないか。
 彼女は依然としてニコニコと笑みを浮かべたまま、私に問う。

「――灰田純一と、いつどこで誰と何経由でどんな状況でどういった理由でどんな感じで何で放課後話しながら帰ってたんですか?」
「……はい?」

 質問が破綻している。どう答えろというのだろうか。
 破綻している。壊れている。
 放課後について誰と何経由でどんな状況でどういった理由でどんな感じで何で。答えられるわけが無い。元からその質問は質問としておかしい。おかしい。破綻している。
 まずい。破綻した問いに対して混乱している。ドライアイス。ドライアイスを早く頭に。冷やせ、冷やせ。今だけ耳を傾けるな。破綻する。質問が破綻する。答えが破綻する。

「……うっ……」

 急激な吐き気を催した。急いで口に手を当てて嘔吐感を抑える。
 待て、何故吐き気など催している。今の問いにどこか破綻していた点があったのか。冷静に考えろ。『破綻ごときに破綻されるな』。

「先輩? 先輩!? ど、どうしたんですか、物凄い顔が青いですよ。何かハンバーガーの中におかしなものが入ってましたか? ちょ、何か飲み物貰ってきます!」

 視界から白椿さんの姿が消える。
 何故消えたのか。いや、そんなことを問うている暇など無いはずだ。
 問題は、『何故私はこんな風になっているのか』にある。それ以外に興味を持つな。彼女の質問が破綻していたことなんて眼中に置かず、私がそれについて過剰な疑問を持ったことも眼中に置かず、冷静になれ。何故、こんなことを考えている。
 私の中で何かが破綻した。積み上げた積み木が誰かに蹴飛ばされたように思考が纏まらない。あと一つか二つ積み木の欠片が足りない。私はそれを必死になって暗中模索している。暗い場所にいるわけじゃない。ただ、『ピースが多すぎてどれが本物なのかが分からない』。
 そのうち白椿さんがオレンジジュースを持って戻ってきて、私に手渡した。私は最初それが何なのか判断に迷ったが、やっとのことでそちらに意識を向けて手にとって飲んだ。冷たい感覚が喉を嚥下していく。
 白椿さんが私の背をさすりながら心配そうな顔で覗き込んでくる。

「せ、先輩。もしかして調子が悪かったんですか。それなら断ってくれれば良かったのに、ああ失態ですよ失態。大丈夫ですか?」
「…………ええ、なんとか持ち直したわ。ごめんなさいね、折角誘ってもらったのに。実は病み上がりで、昨日は完全に寝込んでたのよ。朝は熱が下がってたから大丈夫だと思ってたんだけど、油断したわ」
「そうだったんですか。因果ですね因果。早く帰って薬を飲んだほうが良いです」
「そう、ね。風邪薬くらい携帯していればよかったわ……」

 ――――薬ならここにあるぞ。

 そう、聞こえたような気がした。
 そして、私と白椿さんが声の方、顔を上げると、そこにそいつはいた。

「名乗りが必要ならば名乗ろう。俺の名は黒住儀軋くろずみぎきし。なぁに、薬を持っているというのは嘘ではない。俺は嘘が無期懲役の次に嫌いだからな。嘘つきは泥棒になる前に殺してしまいたいくらいに嫌いだ。――だが、貴様に声をかけたのは善意では無く悪意だがな」

 黒い巨塔とでも言うべきだろうか。圧倒的な高さと、圧倒的な悪意を持った黒ずくめの男がそこで無表情に笑っていた。
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