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セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
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6, 異変・天才考察

長らく更新してませんでした。
今回の話は少し読みにくいかもしれませんので、ご注意ください。
 そこにある種の天才がいたとしよう。
 学者でも料理人でも運動でも何でもいい。『俗に天才と呼ばれる』人物がいたとしよう。
 天才とは常に万人の尊敬と憧憬の対象であり、そうであれと望まれるものでもある。それ故に物語の中では天才というのはその才能故の苦労を強いられていることが多いが、それは『傍観者』からすれば関係の無いこと極まりない。他人の苦労は自分には分からず、自分の苦労は他人には理解しがたい。当然の理論だ。
 それを目指す人間が多々いただろう。自分もああいう風になってみたい、ああいうふうに尊敬のまなざしを向けられたい、と。子が親を目指すのとは根本的に次元が違うと分かっていながら努力をし、そしてふと気付いた時には諦めているものだ。
 憧憬とは常に『憧れ』でしかなく、それを『目指してみよう』とは思っても『再現する』とはまた異なるものだ。
 例えば年間に五十本のホームランを打つ選手がいたとして、ある男の子がそれをキラキラとした眼差しで、ほんとうに無垢で純粋な気持ちでそれを目指し始める。だが、努力をして気付くことがある。五十本のホームランとは既に『天才』の領域であって、自分が目指すものではないことに。再現できる範囲のものではないことに。すると、男の子は次いで四十本のホームランを打とうと頑張り始める。
 それが普通であり、『憧れ』が『現実』になどなるわけがないという先入観をとうに超えた概念が人間にはあった。
 だが、それが全ての人間に適応される思考なのであれば僕は彼女に出会わなかっただろう。
 彼女はあまりに異端だった。
 異端とはつまり常軌を脱してしまったことであり、異端にとっての異端は普通でしかない。 そのどちらからも異端とされる彼女は、紛れも無く異端。
 彼女は常に完璧であろうとする。それは、『憧憬』を超え、『夢』を超え、『未来』として見据えるほどに。しかし、それほどに目指すものがありながら、彼女は自らの欠点を妥協する。それは仕方の無いことだと頭の隅に追いやる。それの数がどれほど多かろうが、出来ないことは出来ないと妥協する。
 つまり彼女は、『出来ることだけを完璧にこなし、それ以外を排除する』思考の持ち主なのだ。一見してそれが普通のように思えなくも無いが、そこは僕にも説明し難い微妙な境界線が生じる。

「例えば、彼女は料理が得意だとしよう。すると彼女はある中国の有名料理人のような料理が作りたいと言い出すんだ。けれども、高校やそこらの歳でそれを極めることなんて出来るわけが無い。彼女は天才ではないのだから。すると彼女は諦める。それは自分には成し得ない領域なのだと無意識に理解し、『自我』『思考』というものから完全に追いやることが出来る。まるで、中華料理なんてものは最初から無いというように」

 それが顕著に現れたのが先の『虫に対する恐怖の無意識的完全疎外』だ。
 しかしそれに納得できると同時に僕は思う。

「――それは即ち諦めではないのだろうか?」

 一体何度この問答を続けたのか分からない。
 分からないほど続けた問答に僕は、妥協という答えを出した。
 妥協とは、つまるところ『そうなってしまう』ことへの諦めでもあるが、それはイコールして『何もしない』というにはならない。
 だから僕は彼女の願いをかなえることにした。その無意識下にある願望を引きずり出すようにして願いを現実へと変える。
 人としての完璧とは、普遍的なことであり、人でない故に完璧なことは、既に人越という。彼女の完璧はあまりに人間らしすぎるから、その人間らしさはあまりに異形だから、『本物の完璧』を彼女の中で再現する。
 それが僕こと灰田純一がここに在る理由であり、『存在の暴力セルフディストラクション』を襲名した所以でもある。






 ―――





 その日の目覚めは二度目であったが、こうまで普遍的な目覚めで無かった日常は二度と来ないだろうと私は思う。メールの着信音で目覚めるなんてことは有り得る話であるが、私の目の前にこの男がいた、というこの状況は決して有り得てはならなかった。
 一体全体どういった経過があってこうなったのか、記憶は定かではないが、『確か熱中症か何かで倒れた』はずである。確かに記憶にある炎天下に長時間居座ればそれも捨てた可能性ではないが、目の前にこの男がいると実は手刀で昏倒させられたのではないだろうか無意味に誇大な想像をしてしまうものである。
 知らぬ間に私は自分の部屋に戻っていた。恐らく状況から察するにこの男がここまで連れて帰ってきてくれたのだろうが、だからと言って私の枕元で嫌な笑みを浮かべるのはよして欲しいと思った。自分の額に手を置くと、ほんのりと熱が伝わってくる。本格的に風邪を引いたらしい。
 そこで初めて灰田は私が起きたことに気付いたのか、どこから持ってきたのか、私の額の上に濡れタオルを置いた。

「現在時刻は五時半といったところだ。別に疲労が溜まっていたわけじゃないだろうに、随分と長く寝ていたね」

 ひんやりとした感覚が額から身体全体に伝わっていく。ちらりと窓の外を見てみれば、虚ろな暁光が世界の八割を占めていた。森野医院に出かけた時間とは全く相容れない光景だ。冗談ではない、危うく半日を惰眠で過ごすところであった。寝すぎたせいか、頭の奥が酷く痛かった。
 私は枕元に手を置いて、ゆっくりと立ち上がろうとする。しかし、それを灰田が『待った』の姿勢を取ってそれを制した。

「君は少々おかしくなっている.........ようだからまだ休んでいたほうが良い。君に肩入れするつもりなんて微塵も無かったけど、流石に目の前で倒れられたら適わないからね」
「嫌な表現使うのね。……それより、どうやって家に入ったの?見知らぬ男を家に入れるほど私の家族は警戒心の無い人たちじゃないと思ってたんだけど」
「ああ何、気にしないで良い。彼らは僕に『また明日にでも調子を見に来てくれると嬉しい』と言った。それを僕がただ単に『ではまた明日』と言ってここにいる。それだけのことさ」
「つまり不法侵入?」
「……さぁ、どうだろうね」

 上手くはぐらかしたつもりなのだろうか、灰田は黄昏に向けておぼつかない視線を送った。やはりどうにも掴めない男であると改めて認識する。彼の銀色、いや灰色の髪の毛は何度見ても異質で、それでいて私の気分を激しく揺さぶる。彼の瞳はまるで、他人の中に入り込んで内側からドアを壊そうというくらいの勢いでノックする暴力のように静かで痛かった。

「――……ところで、天才とは、一体何だと思う?」
「……は?」

 なんだか数時間前にも同じような反応をした気がする。が、今回も灰田は付け入る隙など蟻の巣の入り口ほども持ち合わせていない。いたって真剣にそう私に問うた。
 しかしあまりに唐突すぎるそれに私は思わず問い返した。

「いきなり何よ。どこの悟り開いたのよ全く……」
「なぁに、君が寝ている時に少し考えたくなったのさ。君も、優等生を気取ってるのならば考えたことがないわけじゃあるまい?」

 その発言には流石の私もイラっときた。灰田を睨みつける。

「気取ってるって……何様のつもりよ、貴方。最近付回してきたと思ったら、ちょっと図々しいんじゃない?ストーカーとか何とか考えたことあるけど、貴方それより大分悪質な気がしてならないんだけど」

 だがその炯眼けいがんすらも彼はもろともしない。いや、前提として間違っているのだろう。彼は既に私が睨みつけていることを知らない。眼中にすら入ってないくせして、こうまでに気にかけてくるこの矛盾が腹立たしい。なのに彼は笑う、妖しく笑みを漏らす。

「くくく。それはそうだ。君が僕を不快に思うのは当然の理。自分の領域テリトリーの中に不適合因子イレギュラーが入りこめば嫌悪する。そんなのは熱帯魚だって同じさ。まあ最も彼らの場合は、嫌悪ではすまなそうだが」
「共食い、もとい油でもぶち込んだら一気に死ぬわね」
「――そうやって危険な、本当に君とは思えないその発言が楽しいね。君にとって僕が油かどうかと聞かれればそれは違うね。僕は君にとって『よくないもの』であることに間違いはないと思うけれど、それは決して死に繋がるとは限らない。僕もこの世に生を受けてから結構経つけれど、いくらなんでもこんな状況で君を殺す計画を虎視眈々と狙えるほど僕も狂った人間じゃない。――……いや、狂ったって意味で言えば、それ以上か」

 そうして再び妙に濡れた笑い声を漏らす。
 まるで――自分が狂っているのを、心底楽しんでいるように思える。あの壊れたフランス人形ばりの威圧感と恐怖感のある瞳を輝かせることは無いが、何故だか、そう、傀儡子に操られる傀儡子。器を操っているくせして、その器に翻弄されているかのような不安定で、奇怪で、奇妙な男。
 昨日までとはまるで違う灰田純一が、そこには存在していたように思える。それが何故なのかは分からない。私が彼のいる日々を過ごした中で、何かおかしい点があっただろうか。
 ――いや、違えてはならない。
 彼との日々を数えるな。彼を数えなければならない。
 常に狂い、常に哂い、常に常でいた。
 だが。

「いやなんだ。衰弱している状態の君にこんな訳の分からないことを言うのも何だけど、僕は人間なんて低俗な生き物に分類されるべき存在じゃないんだ。ん、とは言え決してこの存在が嫌いなわけではないんだ。彼らには十分に楽しませてもらっているし、無論だけど僕は君が気になっているからここにいる。それは間違いない。まあ、果たして君が『グリーン』なのか『レッド』なのかはまだ定かじゃないんだけれど、くくく、まあ僕にとってはどちらでも良い話だ。それよりも、僕の問いに答えてくれないか?君とって天才とは何だ?」

 だが、そこにいたのは『常が常でない』ものである。あれはきっと『化け物』だ。何かが、何かがずれ始めているかつて『人間であったもの』に恐らく等しい。そして同じくして、自分を化け物か何かと勘違いしている正真正銘、疑いようの無い馬鹿だ。
 ――なら、正面真っ向から私が、『優等生』である私が叩いて見せようじゃない。

「……天才っていうのはね……生まれつき備わっている、人より飛びぬけて良質な、それでいて完全な能力のことよ」

 下らない、自分で言っていても実に下らない答え。思わずくすりと笑ってしまった。
 だがそうして私が微笑を浮かべたのと真逆に、灰田は心底面白そうに口元を吊り上げた。……これだ、これが灰田純一の真であり嘘の姿。
 胸糞悪いが、どうやら私も普通ではないらしい。この男に楯突くなんて、あまりに無謀だ。このまま殺されるのかもしれないとも思ってしまう。

「ああ、実に君らしい。実に『優等生きみ』らしい答えだ。そう、人より飛びぬけて良質で、完璧な能力のこと。補足を付け加えるならば、そのさまを実行できる人間のことも言うのだけれどね」
「単純な補足ね。貴方の事だから、もっと不可解なことを言うのかと思ったわ」

 だが灰田はその口元をゆっくりと一本の線に戻し、普段、普段と言って良いのか分からないが、優しそうな表情に戻った。

「なぁに、僕とて人間に分類されるべき人間じゃないと言ったが、それは即ち僕も人間なのさ。ああ、物凄く残念で、非常に喜ぶべきことにね。つまり僕も完璧じゃないし、人間の枠外に位置できるほど壊れてもいない。――故に僕にとっての天才も、君の意味するところと同じ場所にある。ふぅん、そうかそうか。……で、君は天才に憧憬を抱いているのかい?」
「勿論。私はあんたみたいな奴とは違って、常に上を目指しているもの」

 その答えに満足したのか、灰田はさほど私に興味も無くしたかのように視線を外して、今あった出来事を全て帳消しにするような言葉をほざいた。

「風邪は万病の元さ。早めに治すと良いよ」
「そう思ってくれているなら、絶対に明日来ないでね。気分が悪くなるわ」
「了解した。明後日学校で会おうじゃないか。また、その日まで」
「ええ、本当は二度と会いたくないけれどね」

 それに言葉を返すことも無く、灰田はそこから自然に出て行った。
 ガタンッ、と小さく音を立てて扉が閉まる。知らぬ間に私の額に乗せられていた濡れタオルは熱ですっかり温められてしまっていた。ちょうどベッドの横に水桶があってので、それに私はタオルをつける。
 三十七℃弱ほどしかないだろうその熱は、きっと明後日には治っている。それが今回のことで、最も悔やまれた事項だった。






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