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セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
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30, 虚しい校舎

 人はいない。けれど風は吹いているようで、髪の毛が右へと大きく揺れた。荒野に吹き荒れる風はこんな感じなのだろうか。排気ガスを吸っていない早朝の空気が昼過ぎになっても続いていたのは良いのやら悪いのやら。気分は最悪だが、世界はある意味最高に綺麗だった。
 やってきたのは私が通う都立高校の校門前。門は閉じており、言わずもがなインターホンを押しても誰も出るはずがない。異端者と呼ばれる分類はこれほどまでに少なかったのかと拍子抜けも出来そうだった。それくらい世界からは人が消えていた。
 黒住は横で黙ってじっと学校を見つめていた。彼の話ではここに白椿さんと『神』がいるらしい。舞台の選択としては成功だろうと思う。きっと、終わった場所から始めるのだろう。
 まず黒住が校門を飛び越えた。私も持ち前の運動神経であとに続いた。つい一カ月前までは律儀にインターホンを押して謝って入ったというのに皮肉な話だった。
 飛び越えると校庭だ。ここから校舎までは約二百メートルはある。地味に時間がかかる距離だ。普段は部活動で賑わっているのだが、無論今は閑散としている。
 校舎に足を踏み入れた。今までの土の感触とは違う冷たいものだった。誰もいない校舎に二人分の足音だけがまるで雨音のように響く。
 三階に上がった時、妙な威圧感を感じた。いや、きっと高圧的なものではなく、虚無感から湧き上がる近寄りがたい雰囲気を指す威圧感だ。自分が今までいた世界とは違うという絶対的確信を持った。

「灰色の、世界ね」

 思わず私はそうつぶやいていた。
 世界にとっての色とはなんだろうかと考える。彩色豊かな自然の生み出す天然物か、初めて世界が創られてから今まで不滅かつ永久の姿を保つ海や空や大地か。いや、極端に言ってしまえば人間の作り出したものだって世界にとって立派な色となるだろう。
 しかし、その全てがあるこの世界には色が無い。唯一灰色を除いて。単純に漫画の世界の解釈でいけば、白が光や善良を表し、黒は闇や悪を表す。間違ってはいないだろう。ならば灰色はと考えた時、人々は虚無と答えるだろう。まさにそんな感じだ。つまり世界に灰色しか無いこの世界はまさに虚無そのもの、優しく表現しても今まで体験した中で最も寂しい世界だった。
 世界にとっての色とは、人々だ。賑わう人々だ。喜んで落ち込んで怒って悲しんで、時には人を助け、時には人を殺したりする。そんな人の彩色で世界は色付くのだろう。人のいない世界は、こんなにも寂しい。

「さて、ここからは別行動にしよう」

 黒住が立ち止まって言う。私はその意図を掴みかねて何故と問うた。彼と別行動を取ることは正直心情思わしくない。今からあの腐れ野郎と対面すると思うだけで、主に三つくらいの意味で震えが来るのだ。黒住がいるだけでも大分支えになっていたのだ。

「目的を忘れたか? 今は神の暴挙を止めるより白椿の救出が先だ」

 そういえばそうだった。相手が相手なだけに緊張し失念していたようだ。

「そういえば貴方、何故ここに白椿さんがいると分かったの?」
「聞くまでもないだろう。ここに神がいるからだ」
「なら何故ここに神がいると分かったの?」
「俺が俺だからだ」

 なんと不思議に説得力のある言葉。黒住が言うのだから恐らく白椿さんはここにいるのだろう。いや、間違いなくいる。

「分かったわ。二手に別れて探せってことね。連絡は取れるの?」
「取れる。まさかジャミングを仕掛けるほど壊れてないだろう」
「要塞戦じゃあるまいしね」
「俺は北側校舎を探す。貴様は南を」
「了解したわ」




 ―――




 冷たい、本当に冷たい校舎だと菊乃は思った。こんな世界のどこに救いがあって、どこに望みがあって、どこに温かさがあって、どこに、彼の結末はあるのだろうか。きっと間違っていた。望んでいたものときっと違っていた。
 四階建て校舎の一階。そこに灰田純一はいた。購買部の前で、パンを片手に廊下の壁に背をかけていた。酷い有様だった。死人のような目で身体を押さえつけていた。しかしそれでも笑みは彼の顔に浮かび、時折くすくすと笑い声までも聞こえる。
 途中、灰田は菊乃に気付いて顔を上げた。菊乃は灰田が招待した人物ではなかった。彼は落胆したように視線を床に戻す。その行為が無性に菊乃にとって苛立たしかった。

「一体、何をしたんですか」
「…………」

 邪魔者を見る目だった。用は無い、立ち去れと目が語っている。だが、菊乃は下がらない。

「分かってますよ。あなたの望みも、この世界の仕組みも。気持ちは全然分かるっていうか、前まではあたしの望みもあなたと変わらなかった。だから分かります。でも、もう良いんじゃないですか。あたしたちはかつて無いほどに結束できた。先輩を、先輩を中心として、何かが繋がれた。普遍を手に入れた。それで、何が不満だったんですか?」
「……分かる? ははっ、ふざけた言葉だね。何が不満か、そんなものを聞いてどうするんだい? それが分からない時点で、君は僕を、僕らを理解していない」
「理解させる気はあるんですか」
「無いね。そんな努力水の泡にしかならないし」
「じゃあ多分あたしは間違ってるんでしょうね。でも、これだけは分かりますよ。この方法は度を越えてる。今すぐ止めてください」

 それを灰田は鼻で笑った。心底馬鹿にしたような笑顔で言う。

「何を、どう止めろと? これは僕の望みではあるが、僕の意志ではないのさ。世界が、そうなってしまっただけの話」
「世界は、あなたじゃないんですか」
「……残念ながらね」

 ふぅ、とため息を吐いて灰田は立ち上がった。大分長い時間座っていたのか、かすかに膝が揺れているような気が菊乃にはした。灰田は背伸びをすると、視線を細めて廊下の向こう側を指差した。菊乃はそちらを一瞥したが、特別何も無い。

「君がここにいる必要は無いだろう。さっさと去るが良いさ。そこを真っ直ぐ行った突き当りの階段を上って三階、正面に図書室がある。君の仕事は、きっとそこにある」
「……仕事?」
「…………」

 灰田はもう何も答えない。脱力したように再び廊下の壁に寄りかかって座った。本当に死人のようだと菊乃は思う。
  もう一度灰田が指差したほうを向いた。虚空の彼方へと消え去りそうな遠い廊下。

(図書室……ですか)

 何があるのかは分からない。だが、彼女は進むことにした。
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