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セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
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28, 神

『こわれたにんげんの、こわれたせかい』

 私は黒住の言葉から昔読んだ本の題名を思い出していた。それは児童文学にしてはかなりグロテスクで難解な話であり、読んだ当時は出てきた女の子の怖さに泣いていただけだったような気がする。人気はやはり無かったらしく、その頃の友人にその本のことを聞いても知らないと一点張りに帰ってきただけだった。
 本の内容はうっすらだが覚えている。暗い世界に血みどろの女の子、それに白と黒の手に、灰色の扉が出てきた話だった。かなり長い話で、確かその部分はプロローグな部分だったはずだ。村の村長が扉の中に入って、その後……どういう話だったかは覚えていない。強烈なイメージがあるのはそのプロローグ部分だけで、あとはほとんど絵本の世界だったような気がする。比喩するならば、そう、キリスト教の聖典、聖書のような……。
 頭が急に痛くなった。ベッドに顔を埋めて思考を止めた。
 黒住からの頼みは非常に抽象的で、聞いている私は理解に苦しんだ。いや、もとより理解するべきものだったのかも分からないくらいだ。
 彼の『世界を壊して欲しい』という願いの内容は実に簡単なもので、自分のする行動の邪魔にならないように白椿さんを庇護して欲しいとのことだった。一体どの辺りが彼の願いと直結しているのか分からないが、とにかく彼女が邪魔になるらしい。正直意味が分からない。
 今日はもう遅かったので白椿さんに一通メールだけ入れて帰宅したが、庇護しろと言われても具体的な内容が思いつかないのが現状だった。邪魔になる、ということだから、白椿さんが何かをしてしまうのかとも思えるが、事実上彼女と人間的に繋がっているのはそう多くなく、黒住が対象にしそうな人は思い当たりが無い。それに加え、黒住と会ったのは本当に久しぶりだった。今更白椿さんとのつながりがあるとも正直思えない。
 だとするならば、第三者の介入が最も可能性として掲示できるのだが、それでも思いつくのは偶然の産物くらいだった。
 兎にも角にも、私は黒住の忠告を正面から受け入れることにし、明日から白椿さんを家に泊めることにした。

「……そういえば」

 黒住、ということでもう一つ思い出した。いや、本来はこちらのほうを懸念すべきだ。
 連続誘拐事件。
 同一犯ではないだろうにしても、外国規模となってくるともはや黒住の言う偶然では恐らく片付けられない。犯人の動機も目的も全くの不明だが、猟奇的殺人事件があったのちの事件だ。疑念を抱かずにはいられない。

(でも、それにしたって……)

 偶然という要素を抜いて必然にしたっておかしい。日本全国規模で誘拐事件が起こったのならば衝撃こそ大きいものの、まだ納得できる範囲だ。どこぞの大企業が謀反して兵でも上げれば無茶な想像ではあるが可能だ。しかし、これを世界全体と考えると難しい。食品会社であれ車会社であれ、全世界に店舗を広げる企業は少なくないが、やはり意図が計りかねない。

(違う……)

 違和感を感じた。違う、もっと根本的な面から見直すべきだ。
 確かに今回の誘拐事件は不可思議な部分が多い。それゆえに一貫性が無いと言った黒住の言葉も肯定しがたい。
 だが、それよりも重要なのは……。

 ――気付いた。

 私は思い立つと下の階のリビングに向かった。目的は新聞紙。優等生気取りの私であるが、実は世間には疎い。ゆえに新聞やテレビを利用することは少ないために、親に場所を聞くしかない。もしかしたら新聞紙を取っていないかもしれない。自分のそういう面の無頓着さに今更呪いをかけたくなる。これで優等生を名乗っていたのだから笑える。本当に微笑してしまいそうだった。
 一階に降りてリビングに駆け込む……が、そこには誰もいなかった。時計を見る。夜中の十時を回っているために流石の父親も帰宅している時間だ。そうでなくとも母親はいる。コンビニにでも出かけたのかと思ったが、そもそも夫婦そろってコンビニに行くなどという暴挙に打って出るほどフレンドリーな家族ではない。
 寝室だろうか。私は一度降りた階段を再び駆け上がる。そして両親が寝る寝室のドアを開けたが、やはり中は無人だった。整ったベッドがやけに寂しい。ランプも付いていなかったので、就寝前というわけではなさそうだ。
 すれば、どこに行ったというのだろうか。私が風邪を引いていた時もそうだったが、大抵連絡が無い外出の時は置手紙が置かれるのが家の常識だった。それすらも無いということは、……思いつかない。
 とりあえずは通勤先で何かがあったのだろうと結論付けておくことにした。
 新聞紙はリビングの端にまとめて置いてあった。紙の感触が妙に懐かしい。テレビ欄を裏に向けて、見出しが一番大きい順に見ていく。政治経済から下らない話まで、マスコミは何でもネタにしたがる。これを疎ましいと思う人が多いようだが、向こうも仕事なのだと割り切るべきだと私は思う。実際にやってきたら私も嫌がるだろうが。
 ページをめくっていく。すべてのページを見終わった。無駄にテレビ欄まで見てしまった。しかし、それでも私の望んだ結果は得られなかった。いや、逆に捕らえれば得られたのかもしれない。
 一番の問題は、そこにあった。
 黒住の言葉を思い出す。
『東京都でも何件か起きているが、何よりも北海道から沖縄、それどころか話によれば中国やハワイのほうでも起きているらしい』
 注目すべき点は前者だ。日本で東京で何件か、それに加えて北から南までときた。それほど重大な事件が新聞紙に載っていなかった。
 そこで思い出したことがある。白椿夫妻を殺害した成田空港での一件だが、あれもどうでもいいで片付けられるものじゃない。何故自分が疑問を抱かなかったのかは不明だが、成田空港を閉鎖し、さらにはその内部での殺人事件。いや、もっと以前に戻るべきである。都内での白椿夫妻が起こした猟奇殺人の方がもっと規模が大きい。町一つがゴーストタウンとなったあの事件が一ヶ月やそこらで解決した。黒住はそれは黒住が得た地位と権力の力だと言っていたが、『現実でそんなことが出来るわけが無い』。それに納得した自分こそもっとも現実から離れているのかもしれない。それもこれも、すべては灰田純一にまつわるもののせいだ。

(一体私は何を考えていたの?)

 深刻な自己嫌悪に陥りそうになり、思わず頭を抱えた。歯軋りの音すら聞こえてくる。それに混じって、荒い呼吸の音も聞こえてきた。
 結論は単純明快。異常だった。
 朱に交われば赤くなるということだ。異常と関ればこちらも異常になったか、物事に疑問を抱かなくなった。何が優等生だ。どこが優等生だ。何もかもが、おかしい。
 それだけか? 本当にそれだけだったか?
 一度湧き出した疑問の水は留まることを知らない。許容できる範囲をゆうに超え、頭を侵食していく。何が起きているのかまったく分からない。目の前の光景が回っているはず無いのに、ぐるぐると回転しているように見えた。
 まるで、壊れた世界のようだった。

「まだ気付かない。まだ気付かない。君にこうして出会うのは二度目だろう。一体その間にどれだけの時間があっただろうか。それでもまだ気付かない」

 いつもの通り、音は無かった。

「一人の男は音楽家だった。ある日彼は音楽に対して一切の興味を失ってしまった。彼はそのことに疑問を抱いた。自分はこんなんじゃなかった、もっと出来る人間だったはずだと。しかし、彼の疑問はおかしかった。それは何故だろうか」

 それはあまりに抽象的な例だった。しかし、私には彼の意図するところが理解できた。

「そうだ、元々彼は音楽家じゃなかったんだ。ただ、そういう雰囲気の中にいただけだった。音楽を作って、楽器を弾いて、歌まで歌った。立派に音楽家と呼べそうだが、彼はそれでも音楽家じゃなかったんだ。理由は一つだ。彼は音楽をやっていただけだったからだ。ただ、そうしたいだけで、それ以上も以下も無かった」

 だが彼はそんな自分に疑問を抱いた。自分はこんな人間ではなかったと。しかし、その疑問こそ破綻していることに気付けなかった。

「彼が音楽を止めた時点で彼は音楽家でないのだから、音楽が出来なくて当然だ。そして自分が音楽が出来ないと知った時、彼は自分がおかしくなっていることに気付き、苦悩する。その問いがおかしい、と僕は以前言った。無論違う状況ではあったけどね。それは何故なのか。彼が音楽家ならば、彼が音楽が出来なくなることに疑問を持つのは当然と言えよう。これは哲学思考が必要な問題じゃない。もっと単純な答えが用意されているんだ」

 そう知っていても、疑問は止まらなかった。何故なら彼は、音楽家ではなかったからだ。

「――スランプ。これが答えだ。音楽家であろうがスポーツ選手であろうが画家であろうが、スペシャリストに誰しも訪れる壁さ。彼はそのことを理解しておきながら、自分が音楽を出来ないことに疑問を持った。これは、異常だ」

 その瞬間から、彼は音楽を止めたことになる。完全な自己否定だ。

「だから彼は音楽家ではなかった。他の何かだったのさ。そうして嘘の自分を壊して、彼は世界の外へと飛び出した。そこが地獄か天国かは分からない。だが、それが彼にとっての真の世界であることには間違いないだろう。これを僕ら、灰色の世界の住民はこう呼ぶ。『セルフディストラクション』とね」
「――……そして、それを補助するのが、灰田一家の仕事、ってわけ」
「さぁね、正直僕の世界は僕でも計り知れないから」
「最悪ねそれは」

 そうだね、と灰田は薄く笑う。そこにはもう何もかもが消え失せ、たった一つ残った真実だけが浮かんでいた。

「私は、その、貴方の仕事の対象だったわけ。私は学生で、何の得意不得意も無い人間なのに良く見極めたわね」
「その言い草、まるで自分が異常だということに気付いていたみたいだね」
「まさか、私はただの優等生よ」
「これでもなお、自分を優等生と呼ぶか。ま、僕も君がそんな簡単な人間じゃないと分かっていたけどね」

 傍から聞いたら何の会話か解せないことだろう。そんな誰にも分からない会話が、きっとこの先も続いていく。彼と出会い、口を開くたびに。そんな気がした。

「今一度問おう。君にとって、優等生と天才の違いとは何だ」

 その問いは、いつもと同じく唐突で意味不明で、ほんの少しの違いがあった。

「そうね……」

 だから、私も今ばかりは少し違った。まるで、自分が優等生で無くなったみたいだった。

「勇者と、魔王。世界と、神。何よりも、私と、あんたのことよ」

 案の定彼は笑った。大きく、顎が外れるんじゃないかと思うほどにその整った顔をゆがめた。嘲笑しているんじゃないとすぐに分かる。彼は、喜んでいる。
 いつだっただろうか、私は彼といる時間にたまに映画のフィルムに巻き込まれたような感覚がすると思ったことがある。それは、彼に感じる比喩でもあったのだが、今分かった。これは紛れも無く、彼の世界に巻き込まれていたのだと。

「たまごとにわとりという話があるだろう」

 またも唐突に話を切り出してきた。もう慣れっこである。私はそれに静かに頷いた。

「たまごが先なのか、にわとりが先なのか……。その問いは簡単だ、にわとりが先だ。何故なら神がその前に存在し、神は生物を創造したからだ。それはたまごではなかった。
 ――では、問題だ。『世界と神はどちらが先に生まれたのか』」

 私はその問いに答えることを延期する。 

「それは、私への挑戦と受け取って良いのね。真実に気付いた音楽家は何に化けるか分からないわよ、覚悟しておいたほうがいいわ」
「構わないさ。君が何であれ、僕の望む結果になるだろうから」

 彼の望む結果とは一体どのようなものだろうか。悲しくも微笑む彼の表情からは全く察せ無い。私はその今まで見せなかった表情に思わずたじろいだ。これが、彼の檀上なのだ。今まで傍観することで恐怖を味わってきたその壇の上に、私は今立っている。
 その私は、疑問を口にした。

「この物語は一体どういう話なの?」

 脈絡の無い、自分で言っていてわけの分からない問いだった。しかし、勿論彼には通じた。何故なら彼は――。

「世界の始まりと、終わりの話だよ」

 ――神だから。
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