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セルフ・ディストラクション 作者:白鳥準
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27, 村と扉

 その日から、村には平穏が訪れていた。殺人鬼はいまだに佇む灰色の扉へと吸い込まれていき、それが残ったということ以外は、手の消失も加えて全てが丸く収まっていた。
 私は村の村長であるからして、そのような不安要素を残しておくのはどうかとも思ったが、以前と比べれば大分ましになったことには安堵を覚えずにはいられなかった。事実、あの扉が現れてから何日か経っているが、特に危害を加えるような産物ではないようである。
 ただ一抹の不安はやはりあった。というのも、最近になってあの扉の向こう側に何があるのかと村の学者が気にし始めたことだった。あの扉には禍々しい何かが存在していると占い師は言っていた。それが確かか不確かかを確かめるためにも調べる必要があるとは思っているのだが、その圧倒的な威圧感からある一定の距離以上を詰めることが出来ないでいた。まるで禁断の地へ近付けさせないための魔法のようである。事実、私を除いたすべての村人はそこに近付けないでいた。
 ある日のことである。その学者が一つの結論を導き出した。私はそれを聞いて激しく憤怒した覚えがある。
 学者は『あの殺人鬼に似通った人間ならば扉の向こうを確認できる』と言った。しかしそれはつまるところ『悪事をしろ』ということに他ならない。村長としてそのような行為を許すわけは無かったが、学者も頑なだった。

「あれは異次元とのつながりを持っている。扉には表と裏しかなく、そこに続く部屋が存在していない。つまり、あの向こうには新たな世界が広がっていると断定して良いだろう」
「馬鹿な。三文小説ではあるまい、そのような幻想が現実に存在するわけがないだろう」
「だから調査をすれば、すべての結果が出ると言っているではないか!!」

 均衡状態のまま時間だけが過ぎて行った。何度か学者は血で手を染めようとも試みていたが、その度に私は邪魔をした。もはや彼は放っておけるほど冷静さを持っていなかった。
 そんな日々を過ごす中、事件が起きた。私の村で神隠しが起きたのだ。さらわれたのは小さな子どもで、親は大層に悲しんでいた。
 学者はそれを根拠も無しにすぐ灰色の扉にこじつけ、確かめるべきだと今まで以上に奮起した。私は始めはそれを必死になって止めていたが、事件はそれだけでは終わらず、一日に一人ずつ、この村から村人が消えていき、その様を見ているともはや灰色の扉を疑うほかはなくなってきた。次第に私は学者の行動を許そうと思うようになり、ついに学者は村人の一人の命を奪った。その様子といえば、まさに狂気としか言いようの無い光景であった。
 学者は扉に近づくことが出来た。これには私も素直に驚いてしまった。
 学者をまるで迎えるように扉が開き、彼はその中に姿を消した。言うまでも無いが、それから彼は帰ってこなかった。結果としてあの扉の中に何があるかを判断することは出来なかった。しかし、それでも神隠しは続いた。
 これでは殺人鬼がいた頃と何も変わらないじゃないかと、私は非常に焦っていた。村人たちの不安も大きくなるばかりで、安心する表情を見る日は二度と来ないのではないかと錯覚するほどに緊張に満ち溢れていた。
 そして私は、その状況に我慢の限界を感じ、ついに暴挙に打って出た。

「この扉に生贄を捧げ、神隠しを止めてもらうように頼み込もう」

 この言葉に村人は絶望したことだろう。学者の一件があってから、彼らの結束が崩されたことによってそれぞれが疑心暗鬼になりつつある最中での決断だった。もはや最悪としか言いようが無い。
 私は自分を慕う村会のものの子を一人殺し、扉へと捧げた。心が痛んだという騒ぎの話ではない。泣き叫ぶ妻を見ると、罪悪感で今すぐ死にたい気分に駆られる。それでも私は、村を救うために小さな犠牲をいとわないと誓ったのだ。正直心身ともに潰れそうでいた。
 そう、私は決してこれを生贄のための行動だと思ってしたわけではなかった。単に、人を殺すための口実、逃げ口でしかなかった。すれば、あの学者のように扉の中に入り、確認できると思ったからだ。私はその日扉に近づいたが、やはり威圧感に押し出され、冷や汗と激しい後悔に襲われただけであった。
 そうして次の日も次の日も、村人を泣かせた。その泣き顔を見るたびに、心を潰した。そうしていくうちに、私は知らぬ間に自分を壊していた。

 ――そして、願いが叶った頃には、何も残っていなかった。

 扉の前に立つ。夢を見すぎて、一体何が夢だったのかすら私は忘れてしまっていた。灰色の扉は私には天国に見えた。この先へと足を踏み入れれば、私は何もかもから解放されるのだと。
 扉の向こう側から声がした。聞き覚えの無い男の声だった。

「君の名前を聞かせてくれないか?」

 優しい声だと思った。きっと、この奥にいる世界の創造主は想像の通り慈愛に満ちた人物なのだろうと幻想すら抱いた。私は引き込まれるようにして、その扉に自分の名前を告げた。

 その世界を見た。
 世界は灰色で、言ってしまえば、壊れた人間の、壊れた世界だった。
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