挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
26/36

25, 終劇の白黒

 何故、このような結末を迎えてしまったのか、私には全く解せなかった。息を上げて駆けつけた時には既に遅く、額から黒い血を流す一人の男性がか細いうめき声を微かに、呼吸しているのと何ら変わりない大きさで上げている。その横で顔面を青くした女性が悲鳴を甲高く上げた。耳も目も塞ぎたくなるような光景だった。

「……あ」

 状況を未だ掴めていない少女が思わず無意味な声を発した。私すらも言葉を失っている。いくらなんでも刺激が強すぎた。白椿さんと同じようにアスファルトの上に膝を崩した。いや、崩れた。当の発砲した黒住は中で一番澄ました表情をしていた。自分がした行為に一点のミスも、間違いも、後悔も無いといったように目の前の惨状をなんでもなさげに見ている。彼の瞳は何色にも染まっておらず、強いて言うなら真っ黒だった。数分してやっと落ち着いてきたのか、体の震えは収まってきた。しかし黒住に何かを言おうとすると、カチカチと歯が音を立てるだけだった。そこで初めて自分が腰を抜かしていることに気付く。

「何も今殺すことは無かったんじゃないか?」

 後ろでいつの間にか灰田が静かな顔で黒住と対立していた。しかし当のこちらも特に感慨は無いように見える。やはりどう考えても普通ではない。私と白椿さんを置いて会話は淡々と進んでいく。

「今殺すことは無かった、か。その言いぐさで行くなら俺は今殺しても何ら問題は無かった。だが正直俺には何故この男が死んだのか理解出来ん」
「というと?」
「拳銃は二丁。一丁は未だに俺の懐の中だ」

 ほう、と灰田が興味深そうに言う。黒住は私たちの目の前で懐から拳銃を取り出し、『六発入った弾を全て出した』。

「この拳銃には弾は最高六発しか詰められない。言いたいことはそれだけだ」
「つまり他の誰かが撃ったと?」
「違う。もう一丁はこの男自身の腰に下がっている。つまりは自殺だ」

 段々と覚めてきた私は横で放心している白椿さんの肩を叩いて聞く。

「それは、本当?」
「……」

 案の定答えは返ってこない。
 だが、すぐにでも黒住に飛びかからないところを見れば予測はつく。自殺したのだろう。頭の混乱が次第に収まり、自分でも不思議なくらい冷静さを取り戻しつつあった。熱湯をドライアイスで冷ましたってこうはならないだろう。膝に力を入れて灰田の横まで下がった。今までの位置にいると血なまぐさい臭いが鼻につくからだ。

「何故彼は自殺したんだい? 君が催促したんじゃないのか」
「催促したという点で言えば、誰だってこんな状況死にたくなる。一部始終を見ていたのなら分かるはずだ」
「残念ながらそこまでは見てないんだよね」
「……どうでも良いことだ」

 もはや興味も失せたのか、黒住は身を翻して空港に戻ろうと歩を進めた。

「呪いよ」

 突然女がそう言った。黒住の足が止まる。たったその一言で、ここにいる五人全てが頭のスイッチを切り替えたように表情を変えて女を見る。私も同じだった。
 女の顔はまるで甘美に震えているようだった。目の焦点が全く合っていない。ホラー映画に出てくる何かのウィルスに感染して狂った化け物に似ていると率直に思う。事実、彼女は『呪い』というウィルスにやられているようだ。

「夫は引き金なんか引いてないわ……呪いよ、白椿の呪いが夫を殺したんだわ……ほら、見なさい。見たでしょう? 夫が血を吐く様を、白目を剥く様子を!!」

 軽くヒステリックを起こし、勢いよく正面にいた白椿さんに飛びかかった。

「ひっ……!!」
「ねぇ菊乃、今度はあなたの番よ。白椿のしきたりを守り、使命を実行し、私たちの『白の世界』を実現するのよ!」
「お、お母さ……止め」

 本人は気づいていないのか、女は白椿さんの首に手をかけて大きく揺さぶっていた。私は流石にまずいと思い、即座に女を引き剥がしにかかる。が、ヒステリックを起こした人間はまさに火事場の馬鹿力だ。全く離れる気配が無い。

「ほら見たでしょう菊乃!? 呪いはあったのよ、私たちを殺す呪いは存在したのよ。どうしたって回避出来ない運命はあったのよ!!」

 女の馬鹿力に爪が痛んだ。今更切ってくれば良かったと後悔する。肘が顔面をかすめた。装飾で頬から冷たい血が流れるのを感じた。女の髪の毛から血の臭いがした。自分のものではないとすぐに理解した。白椿さんの表情が限界に近付いている。私は祈るような気持ちで後頭部を拳で強打するが、やはり倒れてはくれなかった。
 コツ、と、革靴特有の音がした。

「いい加減にしろ。クズが」

 拳銃の発砲音、一つ。

「良い歳して呪いだの運命だのほざいてんじゃねぇよ」

 拳銃の発砲音、一つ。

「その被害妄想がどれだけの人間を死なせたと思ってる。貴様らの身勝手な行動がどれだけの人間を叩き落としたと思ってる」

 拳銃の発砲音、一つ。

「しまいには自分の娘すら手にかけるか? 狂ってるのは、家だけにしろ!!」

 拳銃の発砲音、三つ。
 一つの音が鳴る度に私の前で鮮血が噴水のように上がる。最初に左腕が飛んだ。次いで右腕が飛んだ。白椿さんが咳き込む中で、女は吐血した。最後には花火のようだった。女は男と同様にアスファルトに身を打ちつけ、絶命した。返り血を浴びた私は自分が殺人犯のような錯覚を覚えながら後ろに下がる。もはや黒住に席を譲る他ない。今の彼は、私の私見であるが相当に怒っているように見えた。それが意外にも意外だったために、ある種の畏怖すら感じてしまうほどだ。これが本当の黒住なのだと、直感で理解する。
 黒住は死に絶えた女と男の近くに寄る。が、何をするわけでも無く一瞥しただけで白椿さんの元によって手を差し伸べた。

「どれだけ人間が気張って、どれだけ人間が努力をしようと、天才と神には適わないものだ。俺はこの場で宣言する。――俺は、黒住の名前を捨てよう」

 そこにいた全員が黒住の方を見た。灰田だけは特に意外そうな顔はしなかった。白椿さんは何を言っているのか全く分からないと言った様子で差し伸べられた手を見ていたが、急にやわらかくなった黒住の表情に心を許したのか、おずおずと手を握った。そのまま立たされると、そのあとすぐに手を離した。
 黒住はそれに特に感想も無いように身を翻し、灰田の前で止まった。

「貴様の勝ちだ。俺は師のようにはなれなかった。やはり、どう考えても『正義』と『悪意』は相反する。客観的だろうが主観的だろうが、結果論だけ語れば無理な話だったのだ」
「なぁに、僕としてはかなり近づいてたと思うよ。先代の彼女も黒住の血筋を完全に引き継いでるのに悪意なんて微塵も感じなかったからね。嫌な意味で、はね。いやらしい意味では塊のような人だったけど」
「ふん。弟は師に似るか」
「……最後に手を汚して、どうするつもりなんだ。君は僕らのようないわゆる『異端』じゃない。れっきとした一般人だ。罪が発覚すれば間違いなく務所行きだ。それにここじゃ発覚するのも時間の問題だろう」
「ならば問題あるまい。俺は貴様らとは違う。黒住のために築いてきたものを最後に行使すればいいだけの話だ」
「……それはそうだったね」
「結局、人間には貴様らのように完全に『自分を壊すこと』なんてできやしないということさ」

 その後の話で分かったことであるが、黒住儀軋は白椿菊乃や灰田純一のように正統に血を受け継いだ家のものではなく、先代の黒住の弟子だったらしい。しかしその先代も白椿の『事故殺害』の巻き沿いをくらい死亡、跡取りがいなくなった黒住の家を引き取ったのが彼だという。元々黒住はいわゆる『賊』であり、他二家のような天才肌が揃ったものではなかったらしい。ゆえに、彼らの信条であった『自己破壊』とは、自分の善意と感情を粉々にすることに他ならなかった。人が嫌がること、人を嫌がらせること、そういう当然の感情を異端に与えるのが彼らの優しさであり、最大の自分への嘘だった。結局、黒住儀軋の言動は嘘しかなかった。ただ灰田が言うに、彼の褒められる点は、人間でありながらそれ以上嘘を重ねなかったことだという。汚く知能の歪んだ人間にとって嘘とは呼吸することと同じであって、人の世に生まれてきて嘘を百つかないものなんて珍しいのだと。むしろ、その点を取れば彼も立派な『異端』だったのかもしれない。
 究極の善意の塊、それが黒住の悪意だった。




 ―――



 後日談であるが、あの殺人事件と成田空港での出来事は綺麗さっぱりと黒住の手によって処理されたらしい。元々本物の警察とも関わりがあった黒住に成せるワザ、地位を上り詰めた人間特有のワザだね、と灰田はおかしく笑っていた。
 成田空港の一件については、数年前の復讐のようなものだったらしい。黒住は『再現』と言っていたが、その事後を知る灰田に言わせれば全然違ったらしい。黒住の師は空港を全面閉鎖するという偽造を仕掛け、ジャンボジェット機で白椿をひき殺そうと企んでいたらしいのだ。それは失敗するだろうと私はユーモアのある黒住の師に脱帽した。 
 その後黒住の行方は誰にも分からなくなった。どこか辺境の地へ旅立ったのかもしれないし、その権力を使って人間らしく遊んでいるかもしれない。何はともかく、もう私と関ることは無さそうだった。
 白椿さんは酷い親だったとはいえども両親を失った痛みは大きかったらしく、その後数週間は家に引きこもりっぱなしだった。元々孤立していたとはいえ、一番太かったつながりはやはり家族だったのだろう。それでも黒住を恨まないと誓い、自分の中だけで解決するのはある意味では本当に強いと思う。元気な声で学校で挨拶を交わしたときに私はそう思った。灰田に言わせれば白椿の家は固定観念に取り付かれたがゆえに、意識の力が強く働いていたのだと言う。つまりは火事場の馬鹿力だ。代々から呪いの内容を受け継いできた家は、まるで一つの宗教団体のような結束力と意志力の強さをつけていた。その間違いに気付くことすら許されないほどに、だ。そう思えれば白椿さんが私との出会いでそのことに気付くというのは本当に不思議な運命によって左右された因果だと思う。本当に、因果だ因果。

「いいんちょー!」

 クラスのドア側のほうから男子生徒の声がした。委員長というのは私のことだ。昼ごはんを同席していた友人たちが行ってらっしゃいと私を催促した。ドア側にいる男子生徒に用件を聞くと、廊下で誰かが私を呼んだらしい。ニヤニヤとしながらそう言う様が気持ち悪くて思わず引いた顔をしてしまったかもしれない。

「で、誰が呼んでるって?」
「ああ、灰田って奴が呼んでる」

 どうやら私はついに、彼の劇に出演要請が来たようだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ