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セルフ・ディストラクション 作者:白鳥準
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24, 運命考察

 轟音が空に響いていた。空気全体を震わすようにして飛ぶそれは飛行機だった。現在成田空港が全便欠航なので、恐らくは羽田に向かうものかそれ以外かだ。横で黙々と歩を進める灰田も少しだけ空を見上げていた。
 私はあのあと、灰田の頃合いだという合図を聞いて彼と成田空港に向かうことになった。何があるのかは全く想像もつかないが、強いて挙げても私にとって良いことではないだろう。予想でも勘でもなく事実だと胸を張って言える自信が私にはある。言うまでもなく、灰田の提案だからだ。
 成田空港の中は異常とも言えるほど閑散としていた。昨晩見たニュースのゴーストタウンのようだ。受付もいなければ乗組員などいるわけもなく、世界宣言で空港を閉鎖してもここまで静かになるだろうかという大袈裟な疑念まで持たせてくれる。灰田と私の靴音だけが不気味に響いていた。窓の外を見れば目に眩しい暁光が照りつけ、それを遮るものは何も無かった。また映画のフィルムにこの不可思議男と閉じ込められたようで気味が悪かった。

「君は……」

 唐突に灰田が口を開く。照りつけるオレンジ色の光を銀色の髪が吸い込んでいた。

「君は孤立というものを体験したことがあるだろうか?」
「孤立……? 微妙なとこね。身の回りには沢山の人がいたわ。かと言って心を許せる人がいたわけじゃない」
「物質的に満たされ、精神的には満ち足りなかったと解釈して良いのかな」
「別に精神的に余裕が無かったわけじゃない。でも孤立なんて言われるほど世界から切り離された覚えも無いだけよ」
「世界から切り離される、か。やっぱり君は他とは違うね。孤立と孤独の定義の違いをわきまえてる。普通じゃない」
「あんたに言われたかないわよ」

 それもそうかと灰田は薄く笑う。本当に自嘲しているようだった。そのうち空港を進んで滑走路に出る道を見つけ、外に出た。見渡す限りの広大なアスファルトの砂漠に思わず息を呑んだ。空港に来たことは何度かあるが、ここまで閑散としているとまた別世界のように感じる。この世に無機物しかない虚無感が私の背中を駆けた。飛行機は廃れたバスのように、滑走路は南アメリカ方面にありそうな熱帯の一本道のようだ。普段見慣れた光景から人が消えるだけでこうにも変わるものかと私は感心した。
 その永久に灰色しか無さそうな世界に色が存在したのを私は見つけた。灰田は横で腕を組んで、すでにこれ以上進む気は無いようだった。
 色と言っても赤や青のような彩りのあるものでは無い。黒と白、そう表現するに相応しい人間がそこにいる。

「……どうして」

 思わず私は呟いた。言葉を失う状況といったら今しか無いと思うのだが、頭の中には声に出したいと思う疑問しか浮かばない。自分でも珍しいと思うほどの焦りを感じて灰田を振り返った。

「これは、あんたが仕組んだのね?」

灰田はまるで劇の観客のような無関心さの振る舞いで淡々と答える。

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいね。僕がやったんじゃない。君がやったんだ」
「わた……し?」

 灰田の言葉に私は思わず素で顔をしかめた。

「そう、君だ。確かに仕組んだのは僕だが、引き金を引いたに過ぎない。火薬と弾丸を詰めて指をかけさせたのは君。白椿風に言うなら因果かもしれないね」
「一体何を言って――」
「しらばっくれるなよ優等生」

 空気が一変した。あの恐ろしい目だ。他人の奥底を断りも無くスコップで掘り出そうとするような気色の悪さ。だが本当に何のことだか私には分からず、口ごもることすら出来なかった。

「壊したいんだろう? 白椿自身を。打開したいんだろう? 満足の行かない現状を。ならば行けばいい。あそこにいるのは白椿菊乃にとって憎き両親だ。彼女を壊し、孤立させた張本人だ」
「黒住は、何故黒住がいるの」
「ふふっ、本当に顔の広い優等生だ。だがいささか思考が鈍ってるみたいだね。黒住は、白椿は何だい」

 言われて私は黒住の言葉を思い出した。彼は確か自分のことを『刑事』だと表現した。そう、私には何らかの比喩にしか聞こえなかったが事実上今の光景は、白椿さんの言葉、『私の両親が昨晩の連続殺人の犯人』が本当だとするならば容易に状況の説明つくではないか。刑事と犯罪者。何ら不都合の無い組み合わせだった。白椿菊乃自身もその関係で私がいないうちに呼ばれたに違い無かった。彼女を救うと決めたというのになんという体たらくだと自分を貶めたくなる。
 もう一度彼らのほうを見た。四人の男女が睨み合い、一組の知らない男女が組伏せられている。そして白椿さんの背中と、何故か驚愕に打ちひしがれている黒住の表情が見える。

「黒住は、白椿の両親を殺すつもりでいるだろう」
「――なっ」
「驚くことも無いさ。彼は敬愛していた師を白椿に殺されている。簡単に復讐と取れば納得の行くことだよ」
「黒住がずっと追っていたのは白椿さんの両親だったってわけ……。確かに酷い因果だわ」
「その因果を繋げてしまったのは他でも無い誰かさんだけどね」
「だからどういうことなの。遠回しにしないで言いなさいよ」
「言ってるだろう? 良く考えれば分かることさ彼女の口癖であり人生であった『因果』とは、原因と結果のみで構成されるんだ。起きるはずのなかった現状を作った変化、つまり原因があった。彼女の人生の中で最も大きな変化とはなんだ? 孤立していた彼女の横に立っていたのは誰だ?」

 そこで私は一つの可能性に思い当たり、はっと息を呑んだ。 

「……そんなまさか、有り得ない。上手く繋がりすぎじゃない」
「因果は基本的には閉鎖的だ。けどそれを人生と掛け合わせると話は別になる。肌を切れば血が出るのは因果。血が出れば収まるのも因果。しかし、他人と関わる因果はまるで大樹の枝分かれのような結果を出す。百も二百もある結果など誰が予想出来る。君と彼女が出会ったことは、中でも更に特異な原因だった。なら原因が特異であれば結果も特異である。言わせれば因果さ。肌を自分で切ることは実験でしかない。が、肌が切れたのが人生における偶然の産物だとするならば、それだけで死に至ることも可能性として提示出来るようになる。僕に言わせれば『運命』としか言いようが無いよ」

 彼女が似合わないと言った言葉を平然と使ってみせた。

「彼女は人生における結果論を全て原因によるものだと信じている。しかしそれは間違いだ。さっき出した例もそうだけど、因果関係は物質的なものしかありえない。時間的なものに因果は決して発生しない。彼女の主張はとっくに破綻している」
「定義そのものから間違っているわけね」
「そう。人間の時間的な結果は常に偶然でしかありえない。例え昨日に約束を取り付けていても、本質的に考えれば『たまたま用事が入らなかった』に過ぎない。そこに確定した事象は絶対に存在しないのさ」

 言いたいことは十二分に理解出来ていた。元より気付いていなかったわけではない。私が以前、白椿さんに何故そのような口癖なのかと問うたのはそういう意味合いも含めていた。彼女の言う因果とは、私の頭の中にある辞書とは差異があった。若い人の良くある言葉の間違いだろうと見過ごしていた。
 しかし、彼女はこうも言ったのを私は覚えている。
白椿菊乃には運命という言葉は似合わないと。
灰田が言うように、時間的な経過による人生の結果とは偶然しかありえず、偶然をロマンチックな言葉に変換するならば運命だ。彼女は運命は似合わないと言った。つまり、『運命という表現が本当は正しいことを知っていた』に違いなかった。灰田のおこぼれとはいえ、私にも段々と白椿菊乃という人物が理解出来そうな気がしていた。

「なら何故彼女は因果という言葉を好んだのか」

 灰田がまるで私の思考を読んだように続ける。

「もう一度言おう。彼女はそうして信じて疑わなかった。無論、本心は僕には察せ無い。だが一つ分かることは、彼女は運命に喧嘩を売っていた」
「白椿家の呪いね。彼女から話は聞いたわ。ついでに言うと、あんたたちのわけの分からない家の関係もね」

 すると灰田は心底嬉しそうにほう、と相槌を打った。

「正直それを知られたところで僕には何ら問題ない。……話がずれたね。白椿菊乃は知っての通り自分の運命には半ば諦観していただろう。他人との関わりを極限まで断ち切り、自分を押し殺していた。あえて褒めるならあの元気っ子気質が失われなかったことかな。普通は根暗になってもおかしくはないんだけど」
「十分根暗だったと思うわあの子。あの年頃の少女にしては世界を達観し過ぎてるし、何より本気で悩んでたみたいだしね」
「それを言うなら君はどうなんだい? 達観し過ぎてるという意味合いで言えば君は究極的だ」
「――私は優等生だから」

 それだけ言うと灰田は一瞬微笑んだ。まさに、その答えを待っていたと言わんばかりの満足げな表情だった。

「続けるよ。ともかく、彼女は一度白椿の運命に負けていた。……けど、彼女は君と出会って可能性を見出した。恐らくは因果なんて言葉を使い始めたのも最近だろう。そして彼女はさも当然のように無意識のうちに、『君という原因に自分の自由を結果付けた』」
「……それが、彼女の因果の全て、ってわけ?」
「そして彼女の運命の全てでもある。君は運命論はどう思う?」
「全ての事象は最初から決まっているって理論ね。ある意味では宗教の延長線上にある理論だと思うわ。……まあ、どうやっても知ることの出来ない不確定要素を結論にすることは出来ないわ。ノストラダムスの予言も外れたわけだし、正直納得するに値しないわね、勿論個人的意見だけど」
「十分だよ。なら僕の意見も言おう。僕は運命は存在すると信じている。いや、実際最近までは僕も君と同じだったんだけどね。見事に僕の目の前で予言を当てた人物がいたものだから考察し直したんだ。まあそんなことはとうでもいい。本題だけど、君の言うように不確定要素、しかも未来の出来事なんてもはや神にしか分からないだろう。が、逆に考えてみれば『運命が存在しないと言える根拠も無い』はずだ。元々運命は定義からして不安定なものだ。よって僕は運命はイコール未来だと定義した。つまり、今ある出来事、これから起きる全ての事象は運命と呼べる」
「……それは理論から逸脱しているわ。運命っていう存在自体の有無を聞いてるんじゃない。その性質についてだわ」
「――都合だよ」
「……都合?」

 いきなりの言葉に私はオウム返しになる。

「都合さ。人間の世界は須く都合で構成されている。都合の良し悪しによって人は簡単に何かを曲げてくる。そんな絡まったケーブルのような世界に理論なんて入れる隙はない。つまりは運命自体の有無は人それぞれだが、運命論自体は破綻している」

 私はついに頭がついてこれなくなり、手のひらを灰田に向けて待ったした。

「つまり何が言いたいわけ?」

 灰田は急に真剣な顔になって答えた。

「人の都合によってころころ運命は左右されるように、白椿菊乃の因果も同様に左右される。つまり、今の状況は果たして右と左、どちらに傾いていても、何が起きるかなど絶対に分からない。人、それを因果とは呼ばない」
「……」
「しかしここまで語っておいて何だけど、因果は存在する。九十九パーセントは完全じゃないが、不動と呼んで差し支えないだろう。これからの因果を作るのは君だ」

 私は遠くを見た。夕日が地平線に沈む光景の少しこちら側、四人の男女が何かいざこざしている。一人は白椿さん、一人は黒住、そして今黒住に命を握られている一組の夫婦。その光景が、一刻一刻と動き出すのを待っている。
 白椿の呪いの正体は定かではない。
彼女は目の前で起きた交通事故を自分と出会ったせいだからと言った。その時の表情は真剣極まりないもので、普段なら漫画の読みすぎだと笑い飛ばせるものも絶句するしか私には出来なかった。もしかしたらその時には既に私は何かを察していたのかもしれない。いや、もし気付くタイミングがあったとするならば更に前だ。そう、初心に帰ればよくわかること。
 ただ単純に、彼女らは普段ではないと。

 と、私がもたもたとそのような思考を繰り広げている時だった。突如、飛行機の轟音に引けを取らない鈍い音が空に、地に、耳に響いた。流石の灰田も首を上げて四人のいる滑走路中央付近に目を向ける。そして、その事態を見ていた私は一瞬の硬直のあと、大きく吐息を吐き出して走り始めていた。

 ――拳銃が、発砲された。
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