バスを一本ずらしたら
目の前の満員バスを見て私はため息をついた。
行き去るバスをなす統べなく見送る。
冷たい風が身に染みるなか、コートに手を突っ込む私はバス停にはりつけられた時刻表を力なく見た。
朝の通勤ラッシュの時間帯にも関わらず、次のバスは20分後とはこれいかに。
地方とはいえ、あと五分は縮めてほしいものだと私は常々思う。
その癖来たバスが満員とはまた不幸の極みである。
仕事には間に合うだろうが何故今日に限って人がこんなにも…
考えを巡らせ私は一つの答えに行きつく。
バスに乗っていた乗客は学生が多かった。それも中学生くらいの年頃とみた。
今の時期を考えれば入試シーズンではないか、と。
そういえば確か何時ものバスは途中高校の近くを通ったはずだ。
成る程成る程と一人納得がいったところで私はふと後ろからの視線を感じて振り替えってみた。
すると珍しいことに私の後ろに行列ができていた。
「鴨…」
季節外れの鴨の親子が私の後ろに可愛い行列をつくっていたのである。
人に寄ってくることもそうだが、子育てにしては早すぎないかと冷たい息を吐く。
つぶらな瞳はキョロキョロと辺りを見渡し、そして見下ろす私の顔を凝視した。
「可愛い…」
思わず私は口にしてしまった。
最後に可愛いと言ったのは何時だっただろうか。
三日で別れた彼女との最初で最後のデートの時だった筈だと考えたところで私は思考を止める。
あぁ冬とはなんと寒い季節だろうか。
懐も甥達への御年玉で寂しくなった。
まるで私の心にすきま風が吹き込んでいるようだ。
なら、今くらいはこの可愛さに癒されても誰も文句は言えまい、と私は鞄から朝食用に鞄に入れておいたパンを取りだし、小さく千切って投げてみた。
するとちょこちょこ小さな足で歩いていた鴨の親子はそのパンの欠片を食べ始めた。
あぁ、可愛いなぁ、とうっとりする私はもう一度パンを千切ろうとしたところ、鴨は突然勢いよく走り去ってしまった。
そこで寒い現実世界に帰還した私は何者かの影が目の前にあることに気がついた。
咄嗟に見上げてみると、ダースベーダーと視線があってしまった。
……ん?
ダースベーダー?
突然の事に私は思わず固まってしまう。
どういう訳か私の目の前に、スーツ姿のダースベーダーのマスクを被った人が立っていた。
スーツなので多分男…だと思う。
冬の寒空の中、シュコー、シュコーと音をたてて呼吸している。白い息がまるで
蒸気のようにマスクから漏れている。
「あの…」
「!?っはいっ!?」
シュコー、と音をたてながらダースベーダーが声をかけてきた!
思わず声が裏返ってしまい慌てて立ち上がる。まだまだ若造とはいえ、外回りをしているいい大人としては恥ずかしい限りである。
現状脳内は目の前の謎で謎な謎の存在に一杯一杯だし、これまでにこのような状況に陥ったことが無いので、私としては戸惑うばかりである。
多分どの経験豊富な先輩達も未経験・・・のはずだと思う。
「夕陽ヶ丘高校はこのバス停から行けますか?」
「え、夕陽ヶ丘……」
夕陽ヶ丘高校夕陽ヶ丘高校夕陽ヶ丘高校夕陽ヶ丘高校………夕陽ヶ丘高校?
咄嗟の質問に脳内は真っ白になり、その言葉を何度も復唱したところで質問の正確な意味を理解した
「えっと、夕陽ヶ丘高校は確かにここから乗れますよ」
「シュコー、ありがとシュコーさいまシュコー」
「ど、どういたしまして」どうやら私は人助けに成功したらしい。
ダースベーダーからお礼を言われるなんてそうそう無い経験をした。
「あの」
「はい?」
まだ用事があるのかダースベーダーがさらに話しかけてきた。
高校時代にプレイしたギャルゲーなんかだとここはダースベーダーではなく女の子であり、可愛い子だったなぁなんて顔を覚えて、次の日また顔をあわせて「また会いましたね」
なんてお互い軽く会釈なんかしつつも気まずい空気を押しきってお互い自己紹介をして…して…同じクラスだったんだ!みたいな…みたいな……
これが女の子ならなぁ。そしてそんな青春送れていたらなぁ。
実際、出会った存在は変声機で声を変えた男か女かもわからないような性別不明のダースベーダーである。何でだよ!どんなベターなゲームでも流石に曲がり角でダースベーダーとはぶつかるまい。
「どこか、おかしいですかね?シュコー」
どこかおかしい…って全部だ全部・・・とは言えるはずもなく、
「えっと、あなたがそのマスクをしている事についてですか?」
「はい。入試の時はシュコー先生が相手に覚えてもらえるシュコーようにって。それでシュコーインパクトがあればいいなとシュコー思って」
入試?と言うことはこのダースベーダーは高校に入試に行くというのだろうか。
「あ」
よくよく見てみればダースベーダーが着ているのはスーツではなくブレザータイプの制服である。
中の人がまだ中学生だと思えばなんだか私はだいぶ気が楽になって余裕が生まれ
た
「でもやはり流石にそれはダメだと思うよ。顔を覚えてもらう意味でも隠しちゃってるし、正常な精神の持ち主だと判断してもらう意味でも」
なにげに酷いことを言っている気がしたが、まぁダースベーダーには気にも留めぬ些細な事でああろう。
「・・・それは盲点でした」
しばらく考える素振りを見せたダースベーダーのその着眼点は、たぶん誰が見ても盲点では無い。無いはずだ。
高校入試なんて、身の丈に合っていれば就活で面接とは思えないような個性をアピールするほど切羽詰まるものでは無いはずだ。
まぁ内申とか諸々まともな場合に限るが。
するとダースベーダーは突如そのマスクをはずし始めた。
「そうですか。社会人の意見大変参考になりました。ありがとうございます」
長い黒髪は吸い込まれるようにバスの中へ――
「あ」
動かない自分を見て、バスの運転手は私を乗らないとみたのか扉を閉めてバスを走らせた。
見ようによっては娘を送りに来た親御さんとみえなくもなかったかもしれない
いや、そんなことよりもだ!
女!?てか、バスっ!!
バスはすでにそこにはなかった。
思わず頭を抱える私は時刻表を恨めしそうに眺める。
絶望だ。
何で女子中学生が男子学生のズボンをはいているんだと思った。
絶望だ。
乾燥した唇から、自然と白い息と一緒にため息が出た。
走り去ったバスと一緒に、何かがどんどんと離れていってしまう気がした。
「絶望だ」
どうやら職場には間に合いそうもない。
走り去るバスのスピードが上がっていくにつれて、自分の鼓動も早くなっていく。
スーツ姿の男は仕方がない、ともう小さくなってしまったバスを追いかけるようにして上り坂のアスファルトの上を走り始めた。
そろそろ雪が降りそうだな。
おわり
ちょっと気まぐれに書いた。ベイダーではない。ベーダーだからセウト
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