仲の良かった、友人の夢を見た。
寝汗と不快感で真夜中に目を覚ます。
喉はカラカラに渇いていた。
二年経った今も、時々その夢を見る。懐かしい思い出が胸を焦がし、行き場のない苛立ちを募らせる。
ベッドから抜け出し、洗面所へ向かう。
水を飲みながら、夢の内容を思い出す。
あの頃のように、下らない事で笑って、笑わされて。目的地もなく、ただ、いつもの5人で歩いている夢。
いつものように、俺が馬鹿をやって、シラケて、あいつが突っ込む。そして、2人で白い視線を浴びる。
そんな平凡極まりない、夢。
あいつは今、どんな夢を見ているのだろうか。
コップを片付け、再び寝室に戻る。
眠れない。
高校に上がって、学校はバラバラになってしまったけれど、休みにはよく一緒に遊びに行った。
このまま続くように思えた関係。
でも、2005年の秋、あいつにとって高校生活最初の学校祭の前日、あれは起こった。
最初は、信じられなかった。
信じたくなかった。
間違いだろうと思い、あいつにメールを送信した。
2分
5分
10分
30分
1時間……
次の日なっても、メールが返って来ることはなかった。
あいつの学校祭の日、学校が終わった後、あいつが搬送されたという病院に行った。
そこには、既に何人もの人がいた。
あいつと部活が同じだった人達。
ICU
意識不明の重体
交通事故
目の前の光景が、事態の深刻さを物語る静謐が、視覚を聴覚を通して、病院の消毒液の匂いが鼻孔を通して、認めたくない現実を突きつけてくる。
なあ、あいつが一体何をしたって言うんだよ。なんであいつが、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ?
あいつを応援するために、俺はレンタルの電子掲示板を建てた。そこには数日で100件を越えるメッセージが書き込まれた。
以下書き込みの一部を抜粋。
(個人が特定されないように、あいつ=○○になっています)
『事故があったとき私は近くにいました。とは言っても救急車が走り去った後でしたが。あの時は事故にあった相手が誰か知らず事故にあった人可哀相ぐらいで事故を見てました。しかし昨日の朝刊を見て本当に驚きました。
何て言うんでしょうか。神様はいないにしてもただ回復を祈ることしか出来ないほど無力です。けど祈ってます。いつも通りに元気になって戻って来てくれること。
だから頑張れ○○!
何があろうと信じてます。』
『○○の兄と仲が良く、○○君とも面識があり今回のことで大変驚きました。みんなが○○君の元気な姿を待っています、頑張ってください!』
『事故のこと聞いてから、ずっと心配でいっぱいです。今日友達から、この掲示板のことを聞いて、これをかいてます。○○くんは、いっぱい可能性をひめた人だと思います。だから、それを途切れさせないで下さい。回復を心から願ってます。』
『小・中学校で一緒だった者です。○○くん、皆がこんなに応援してるよ!!○○くんは一人じゃないから、皆がついているからね!!ご家族方も友達も皆が○○くんの味方だから早くよくなってください。』
俺は何かしていたかったのだと思う。
でも、さほど時間の経たないうちに、俺にできる事は、ただ祈るだけになっていた。
そして、ただ時間だけが流れていく。
安っぽいドラマのように滂沱の涙を流すこともなく、変わらない日常を普通に過ごし、寝て、起きて、現実を拒絶してまた寝て……。
今、あいつは遠くのリハビリ施設に居る。以前、一度だけ見舞いに行ったが、交通費や時間の関係から、高校生である自分達には頻繁に行ける距離ではなかった。喋れるようになっているだろうか、俺達を忘れてはいないだろうか。
今でもあいつの夢を見るあたり、俺が未だに現実を認められていない証拠なのだろうか。それとも、ただあの頃を懐かしんでいるだけなのだろうか。
過去を振り切ることは、過去を忘却することではない。己の過去は消すことなど出来ないし、してはならない。
名も、財も、記憶さえも全て捨て、過去から逃れられたように見えても、其処に居るのは、既に己ではない。全くの他人なのだ。
そう頭では理解していても、時々強い誘惑に駆られる。
もし、全くの他人になってしまえば、俺としての色々な苦しみから逃れられるのではないだろうか?
忘却とは、そういった意味で苦痛からの救済なのではないだろうか?
誰の物でもなくなった記憶の中で、またあいつに会えるのではないだろうか?
あいつを忘れてしまう事もできず、かと言って過去を乗り越えられていない俺は、惰性の為に生きている。
だけど、苦痛からの逃避としての忘却や、意地だけで冷静さを欠いた、後から後悔するような選択はしたくない。
それ故に、俺は忘れはしない。
忘れられない。
少しずつ微睡みに覆われていく意識の中で、ふと思い出した。
あいつに貸したままになっている本があった。
そういえば、随分と前にあいつの兄さんが返そうとしたとき、俺は受け取らなかった。まだあいつの意識が戻っていない頃、俺はあいつの兄さんに確かこう言った。
その本は、あいつに貸した物です。お兄さんからは受け取れません。
あいつは借りたものを返さないような、そんな無責任な野郎ではありません。その本をあいつが借りたままになっていれば、あいつ自身が必ず返しに来ます。絶対です。
あいつの兄さんは少し困った顔をしていたような気がする。
そうだ、俺はお前に貸したんだから。
ちゃんと、お前の手で返しに来いよ。
待っててやるからさ。
おわり
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