「全く、初対面の人に向かって指を指して「誰だ」とは、随分な言い様ですわね、初春」
「す、すみません……」
支部にあるディスカッションルームの中。向かいの席に座っている初春に、白井がぎらりときつい視線を送る。入ってきたときの勢いはすっかり削がれ、初春は恐縮しきっている。
「まあまあ、そう怒らずに。支部に顔出してなかった僕も悪いんですから」
隣には好々爺とした顔で廷兼郎が座っている。成り行きで支部に来た佐天と御坂も、同じテーブルに座っている。
「この方は字緒廷兼郎さん。先月風紀委員になったばかりなんですの。あまり支部に顔も出さないので、初春が知らないのも無理ありませんわ。私だって知りませんでしたもの」
「そうだったんですか。私はてっきり……」
「てっきり、何ですの?」
白井の迫力に初春は次の言葉を告げられず、とりあえず笑って誤魔化した。とてもではないが、自分の野暮な妄想を言えるような雰囲気ではなかった。
「でさ、黒子は何でこの人と一緒にいたの?」
「え!? いや、それは……」
言いよどむ白井を見て、今度は初春の目が輝きを取り戻す。
「何か言えない事情があるんですか? 白井さんも隅に置けませんねえ」
「違いますの! そんな下世話な勘繰りはおよしになってほしいですわ。私はただ、犯人確保の現場でたまたまお会いして……、模擬戦を行っただけですの」
どうして模擬戦をすることになったのか、というやりとりは意図的に抜いて白井は説明した。要点を抜き出しただけで、嘘は言っていない。
「模擬戦?」
気になる単語を見つけたとばかりに、御坂が興味を示した。彼女の戦いたがりのムシを、何ともくすぐる言葉だった。
「それで、どっちが勝ったの?」
何故一緒に居たのかという問いの答えは貰っていないが、御坂にとってはそちらのほうが重要だった。
「……勝ったのは、廷兼さんですの」
御坂の『露払い』を自称する白井にとって、自分が負けたことを伝えるのは心苦しかったが、まさか当人がいる前ですぐにバレる嘘をつくわけにもいかなかった。
「大能力者《レベル4》の白井さんに勝っちゃったんですか!」
「すごい! 字緒さんって、どんな能力持ってるんですか?」
案の定、初春や佐天は大仰に驚いてみせた。
「ウチの大能力者《レベル4》に勝てる能力か。興味あるわね」
オーバーリアクションの二人とは対照的に、御坂は値踏みするように、一見大人しそうな瞳で廷兼郎を観察していた。廷兼朗は、そんな彼らの期待にはまず応えられないと思いつつ、本当のことを告げた。
「すいません。僕は無能力者《レベル0》なんで、能力は無いんですよ。勝ったのもまぐれです」
廷兼郎の一言で、場に沈黙が漂った。まず無能力《レベル0》であることに驚き、それに白井が負けたという事実を合わせて考えると、皆は軽々しい発言はしたくない心理状態となっていた。
その中で、御坂だけは嬉しそうに笑っていた。今度は獲物を見つけた猫のように危なっかしい目つきになっていた。
「へえ、黒子が無能力者《レベル0》にねえ……」
くるくると、マドラーを弄ぶ。自身の後輩が無能力者《レベル0》に敗れたという事実を、楽しげに転がしているようだ。
「一体どんな魔法を使ったのかしら?」
「魔法だなんて、単なる格闘技ですよ」
「ええッ!?」
廷兼郎の言葉を聞き、今度は佐天が突然立ち上がった。その勢いに、御坂はさらなる追求のタイミングを逸してしまった。
「佐天さん、どうしました?」
「格闘技で大能力《レベル4》を倒すって、それってもしかして、『対抗手段』ですか!?」
「何ですの、それ?」
「都市伝説ですよ。能力も武器も使わず、素手でどんな能力者も倒すっていう、無能力《レベル0》の格闘家がいるって噂があるんです。そのあだ名が『対抗手段』って言うんです」
「それって以前にもあった『どんな能力でも打ち消す能力』のあれですか?」
「それとは違うの。そういう能力すら無くて、己の鍛えた体だけで能力者と戦って勝つんだって」
興奮気味に話す佐天は、目をきらきらさせて廷兼郎を見ていた。「本当のところ、どうなんですか?」と、言外に尋ねていた。
佐天の圧力に押され気味になりながら、廷兼郎は頷いた。
「『対抗手段』と言うのは、確かに僕の手伝ってるプロジェクトの名前ですけど……」
「やっぱり! 噂は本当だったんだ!」
都市伝説の真相を突き止められたのが嬉しいのか、佐天は手を叩いて喜んだ。対照的に、廷兼郎は難しい顔をしていた。
白井と行ったような模擬戦は、廷兼朗にとって初めてではない。異能力《レベル2》、強能力《レベル3》や大能力《レベル4》の能力者との戦闘は、あのホールだけでなく野外などでも経験している。本来は学校側を通して要請してから、模擬戦という形で協力してもらう。勿論、交通費や食費、怪我を負った場合の治療費も払い、さらに特別手当を支給している。
一応、協力してもらった能力者には他言無用であると含ませていたはずだが、人の口に戸は立てられないということを、廷兼朗はまざまざと感じていた。
「さて、そろそろお暇しましょうか。これではいつまで経っても、廷兼さんが報告書を書けませんわ」
白井がおもむろに立ち上がり、友人たちの体に手を静かに当てた。
「それではごきげんよう」
「ちょ、黒子、私まだ話が――」
白井とその友人たちは、次の瞬間にはその場から消えていなくなっていた。複数対象へのテレポートを間近で目撃し、廷兼郎が感嘆の声を一人上げた。
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