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第一章
匹夫之優:四
「はい、模擬戦終了。廷兼郎、お疲れ様」
 網丘は館内マイクで、廷兼郎に模擬戦の終了を伝えた。
 後ろから白井を抱きかかえていた廷兼郎は、そのまま白井を肩に担ぎ上げて控え室に向かった。
 最後に白井の放った決死の踏みつけは、ものの見事に外れて廷兼郎の目の前に落ちる形となり、彼はそれを抱きかかえて即座に締め落とした。鶏を屠殺とさつする農家の人の無慈悲さと練度で、大能力《レベル4》を制圧した。
 控え室では網丘が廷兼郎を待っていた。彼女特製のスポーツドリンクを差し出し、飲むよう勧めてきた。控え室にあるベンチに白井を横たえ、網丘からそれを受け取った。

「どう? 手合わせした感想は?」
「やはりハンデがありましたね。この状況で、彼女は能力を発揮しにくい」
 苦虫を噛み潰した顔で廷兼郎は言った。彼が思うに、障害物があればあるほど、そしてルールが無いほど、空間移動テレポート能力者は強いと考えていた。
 障害物があるということは、空間移動テレポートさせる素材に事欠かないということであり、ルールのない戦い、例えば敵を殺してもよいとされる状況なら、障害物を相手の体に直接テレポーさせるだけで、まず確実に相手は戦闘不能となる。そして言うまでも無く、移動のための距離と時間を殆ど無視できるため、逃避行動に入られれば仕留めるのは困難極まる。かような状況でこそ、空間移動テレポート能力者は絶大な効果を発揮する。
 今回は模擬戦ということで、ルールの無い殺し合いではないということ、そして障害物の無いホールでの戦いということで、空間移動能力の強みを多分に台無し《スポイル》にさせたまま戦わせることになってしまった。
 廷兼郎としても、より白井の能力が発揮できるような環境で彼女と戦いたいという思いはあったが、まさか自分で犯罪を犯したり、白井を殺そうと狙ったりするほどの倒錯は起こしていなかった。なのでこれが、廷兼郎と白井が行える限界の闘争と言える。
 目を瞬かせて起き上がった白井は、先ほどまでホールにいた自分が、何故控え室にいるのか、まったく覚えが無い様子だった
「あれ? 頭踏んづけたのに……、何で無事ですの?」
「とりあえず、VTR見ますか? 先ほどの模擬戦、全部録画してもらってますから」
 廷兼郎に促され、白井は二階の観測室に上がり、模擬戦のVTRを見せてもらうことにした。

 空間移動テレポートした瞬間に見事な打撃を食らってのたうち回る白井が、あらゆる角度から観測されていた。やはりVTRを見るに、現在の自分の居場所と空間移動テレポート先、そして空間移動テレポートを行う瞬間が把握されているとしか思えない手際だった。
「廷兼さん、実はあのハンカチ、見えるんじゃありませんの?」
「中々疑い深いですね。これは常盤台の仕込みが余程に良いんだなあ」
 廷兼郎は笑いながらハンカチを差し出した。試しに白井が自分の目に巻きつけても薄く光を感じるだけで、見えるとは言い難い状況だった。
 VTRを見終えて、廷兼郎が言った。
「どうでしょう。納得してもらえましたか?」
 元々は廷兼郎の「大能力《レベル4》や超能力《レベル5》に勝つ」という発言が気に入らず、白井が食って掛かったことから始まった模擬戦である。自分に勝ったら納得すると言った以上、納得せざるを得ない。
 それでも白井には、どうしても聞きたいことがあった。
「何故、わたくしの居場所や空間移動テレポート先、それに空間移動テレポートを行うタイミングが分かったんですの?」
 負けたことは事実なので勿論認めるが、これだけはどれほど頭を捻っても分からない。手品か何かのようなタネがあるはずだと、白井は考えていた。
「ふむ。それは僕よりも、網丘さんに説明してもらったほうが良いでしょう」

 同じくVTRを見ていた網丘が、巻き戻し終えたVTRを見ながらこくりと頷いた。
「簡単に言うとね、産毛と耳で感じたんだよ」
「網丘さん、それじゃ簡単すぎます。もう少し具体的に」
「具体的に言うとだな。白井君の周りに発生してる固有の準静電界が、電荷の移動などによる変化を起こし、体毛の先端と内耳の有毛細胞の振動で、廷兼郎は白井君の行動を察知したのだ」
「準、静電界。AIM拡散力場のようなものですか?」
「似てはいるが、AIM拡散力場は能力者にしか見られないものだ。準静電界は能力者であろうと無かろうと、生き物であれば普遍的に保有している、微弱な生体電位のことだ」
 人間を含めて、あらゆる生き物の体内には微弱な電流が走っている。準静電界はそうした生体電流から生じる、弱い電界のことを指す。
「生体電位を察知するなんて、電撃使い《エレクトロマスター》でないと無理なのでは?」
「電撃使い《エレクトロマスター》どころか、ゴムの木だって犬だって、生体電位を感知できるよ。人間に出来ないわけが無い」
 生体電位は行動することで変化する。歩いた際に接地した足裏で電荷のやり取りが行われたりするだけで、電界は変化を起こす。
 電界は個人ごとにパターンが異なり、ゴムの木を使った実験では、近くを歩いた人間の足踏みに合わせてゴムの木の生体電流が変化することが証明されている。犬もまた優れた感覚毛を持つ生物であり、何百メートルも離れた場所から飼い主の気配を察知する能力は、固有の電界を感覚毛で認識しているからだと言われている。
「武道に精通した人物の感覚が総じて鋭敏なのは、この感覚を研ぎ澄ませる訓練を行っているからだと、私は考えている」

「それでも、空間移動テレポートのことまで分かってしまうのですか?」
「それは、戦った当人にしか分からないな」
 ここで網丘は、後の説明を廷兼郎に委ねた。
「分かる、というほどの確信があるわけではないんですが、ここら辺に来るだろうなあ、ってことは感じてます」
「ですから、何でそんなことを感じるのかって聞いてますのよ!」
 何とも説明しづらそうに一頻ひとしきり唸ってから、廷兼郎は言葉を選びながらも喋り始めた。
「何というか、空間移動テレポートが来る直前、白井さんの気配が二つにブレて知覚されるんです。それで大方の場所とタイミングが分かったんで、迎え撃てました」
「ですから、それが何故出来るんですの?」
 廷兼郎はそれ以上の説明の言を持たないため、あることに例えてみることにした。
「それじゃあ僕が、白井さんは何故空間移動テレポートが出来るんですか、と聞いたとしたら、どう答えますか?」
「それは、『自分だけの現実パーソナルリアリティ』において空間把握処理を三次元から十一次元に置き換えて演算し……」
 それ以上の説明を、白井は続けなかった。説明が出来ないわけではない。『自分だけの現実パーソナルリアリティ』の理論と十一次元演算の方法は完璧に頭の中に納まっている。だがそれを、自分とは違う、ましてや無能力者《レベル0》に大能力者《レベル4》の『自分だけの現実パーソナルリアリティ』を伝えることは出来ない。そもそも言葉による説明で完全に『自分だけの現実パーソナルリアリティ』の情報を伝達できるなら、世の中は高位能力者で溢れかえるし、学園都市で行われている能力開発の殆どがナンセンスなものになってしまう。

「僕に空間移動テレポートは出来ない。ましてや能力者でもないので、いくら説明されてもやはり理解できません。だけどね、白井さん」
 白井の目を真っ直ぐに廷兼郎が覗き込んでいた。あまりに力強い瞳に、白井は僅かだけ怯んだ。
「武術とは、『自分だけの現実パーソナルリアリティ』に基づくものではない。どんな人間にも多かれ少なかれ備わっている機能を利用したものなんです。今は分からなくても、訓練次第では僕と同じことが出来るんですよ」
「同じこと、ですの?」
「はい。これだけ感覚が鋭敏なら、能力者との戦闘において、優位に働くとは思いませんか?」
「ええ、そう、ですわね。そんなことが出来たら、確かに便利ですわ」
「それが僕の研究している『対抗手段カウンターメジャー』です。ご納得いただけましたか?」

 ここまでされては、納得しないわけにはいかなかった。
「分かりました。納得しましたわ」
「それはよかった」
 先ほど女子中学生に回し蹴りや膝蹴りを浴びせたとは思えない、満面の笑みで廷兼郎は答えた。
「そういえば、肩とかお腹は大丈夫ですか? 目が見えなかったんで加減が効かなかったんですけど……」
「そう言われれば、ちょっとお腹のあたりが」
 白井が自分のお腹を押さえると、くうっという間延びした音が部屋に響き渡った。天使が通ったような静けさに満たされ、やや間を置いて白井の顔が紅潮し始めた。
「い、いやあの、これは、違いますの。絶対に違いますの!」
 白井が必死になって抗議していると、もう一回くうっとお腹が鳴った。
「すいません、僕のお腹の音です。お昼ごはん食べてなくて」
「紛らわしいことするなですわ!」
 妙な日本語を話す白井は、割とマジでキレ気味で、一瞬だけ、首が切断されかねないと廷兼郎に予感させた。


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