自分でも会心のブラジリアンキックをかまし、気絶したテレキネシスト《念動力者》に手錠をかけると、ようやく他の風紀委員が到着した。空間移動で現れた女学生は、既に収束している現場を見て、どういうことかと首を傾げた。
「風紀委員ですの。ここで能力者が喧嘩をしているという通報があったのですが……、既に終わっているようですわね」
廷兼郎の腕章を見ると、おやっとまたも首を傾げた。
「あなたも、風紀委員ですの?」
「ええ、そうですが、何か?」
「この辺りの風紀委員にしては、見ない顔ですわ」
廷兼郎はここへ越してきて三ヶ月しか経っておらず、風紀委員に登録したのは先月のことなので、見慣れないのも無理はなかった。
「風紀委員になったのが、先月からなんです」
「そうでしたの。ごめんなさい。失礼な言い方をしてしまって。最近、風紀委員でもないのにこうした事件に関わろうとするおせっかいが多いんです」
「へえ。そんな人がいるんですか。正義感が強いというか、何というか」
「違いますの。単なる野次馬根性ですわ。それに負けず嫌いだからとことんまで首を突っ込もうとするんです。わたくしがいくらお止めしても、まったく聞く耳を持ちませんのよ」
「知り合いの方のことなんですか。大変ですね」
「え、ええ、まあ……。それより、この方たちが喧嘩してた能力者ですのね。わたくしが運びますわ」
風紀委員の女学生が手を伸ばすのを、廷兼郎は慌てて制止した。
「僕が運びますから。あなたに運ばせるわけにはいきませんよ」
それを聞いて、女学生がむっと顔をしかめた。
「そういう発言、女性差別の対象ですわよ。それにわたくしは空間移動能力者です。人一人運ぶのなんて、どうってことないですわ」
「そうじゃなくて、僕が気絶させたんだから、僕が運ぶのが義務でしょう。他人に運ばせるのは不義理だ。せめて警備員の収容車までは、運んであげないと」
そう言われれば、確かに幾分筋が通っている。女学生が考えている間に二人の能力者をひょいと担ぎ上げ、廷兼郎はそそくさと歩き出した。
その後を追うように、女学生が走り寄る。
「警備員の車は、確か公園の南に止まってましたわ」
「そうですか。じゃあそっちに」
二人の人間を抱えているが、廷兼郎の足取りは軽い。風紀委員の女学生の歩く速さとほぼ同じである。
「少し、お聞きしても良いですか?」
「何ですの?」
「あなたはもしかして、常盤台中学の白井黒子さんですか?」
突然、自分の名前を言い当てられ、白井黒子は鼻白んだ。
白井は能力レベル4という貴重な人物であることは確かだが、誰もが知っているなどというほどの知名度ではない。それが突然、初対面の人間に名前を呼ばれては些か恐縮してしまうというものだ。
「そ、そうですけど……」
「やっぱり、そうですか。常盤台中学の制服で空間移動を使うとすれば、あなただけですから、すぐにピンと来ましたよ」
廷兼郎は「すごいでしょ」とでも言いたげににこやかな顔を向けた。だが、すぐにしまったと顔を曇らせた。
「すいません、こちらは名乗りもせずに。僕は字緒廷兼郎と言います」
「廷兼さん、ですか。随分お詳しいですのね」
「ええ。仕事柄、能力者のことについて、調べることが多いんですよ」
「能力開発か何かの仕事ですか?」
「いいえ、そんな上等なことじゃありません。要は、喧嘩ですね」
「はあ? 喧嘩が、仕事?」
要領を得ない回答は、やはり白井には意味不明だった。
「対能力者戦闘術って、ご存知ですか?」
「多少は。風紀委員の研修で習いましたもの」
対能力者戦闘術とは、その名の通り能力者を相手にした場合の戦闘技術体系である。警備員や風紀委員などは、場合によっては能力者と直接戦闘を行うため、こうした戦闘技術を日ごろから学んでいる。
「僕は、対能力者戦闘術の研究開発に携わっているんですよ」
「戦闘術の開発、ですか」
「そう。武器を持たない平素の状態で、如何にして能力者を制圧せしめるか。それがテーマです」
白井は、どことなく嫌な予感を禁じえなかった。
「では、能力者を調べるというのは……」
「戦闘になった場合の有効な戦術を編み出すためです」
要するに、どうやってこいつに勝つか、ということを考えていると廷兼郎は言ったのだ。
その対象にはレベル4の白井も含まれている。あなたと喧嘩して勝つ方法を考えていると言われて、良い思いのする人種は非常に稀有である。白井はそのような性格を有してはいない。
「大能力《レベル4》や超能力《レベル5》と戦って、勝つつもりですの?」
白井の知っている対能力者戦闘術は、柔道などの格闘技をアレンジした、護身術や捕縛術の色合いが強いものである。当該能力者をなるべく傷つけずに拘束するものであり、素手でありながら高位能力者の打倒を行うというものでは、断じて無い。
「何故、勝てないと思うんですか?」
「だって、単なる格闘技では能力者に勝てるわけがありませんわ」
それは銃器を持った相手に生身で堂々と戦うようなものだ。それどころか、能力によっては銃器よりも汎用性と危険性に優れたものが多く存在する。それに対して素手で立ち向かって勝つというのは、御伽噺にもならない。
白井の答えに、廷兼郎はゆっくりと首を振って答えた。
「武術というのは、弱きが強きに勝つため、編み出されたものです。超能力があろうと無かろうと、人間は強いんです。絶対に勝てない、なんてことはありません」
廷兼郎の言い切る様に、白井は反論の余地を無くしてしまった。それほど真っ直ぐに、彼は能力者に「勝つ」と言ってのけた。
公園の南口には、到着した警備員がこれから突入を開始しようとしていた。それを手を振って制止し、廷兼郎は二人の能力者を車まで搬送した。
病院へ向かう車を見送り、廷兼郎は大きく伸びをした。これから支部に寄って事件の報告書を書かなければならない。買っておいた昼ご飯はパイロキネシスト《発火能力者》に爆破されてしまったので、支部の近くにある食堂ですませようと考えていた。
「お待ちになってくださらない、廷兼さん」
妙にしっくりくる呼び方で、白井は廷兼郎を呼び止めた。
既に喧嘩をしていた能力者は警備員に渡したのだから、風紀委員の彼女がこの場に留まる用は無いはずである。
「先ほどの、格闘技で大能力《レベル4》や超能力《レベル5》に勝てるという言葉、やはり納得がいきませんの」
廷兼郎としては、それほど失礼なことを言ったつもりはなかったが、聞くほうにとっては看過できなかったのだろう。彼は迂闊な言い方をしたことを後悔した。
だが、謝罪の言葉は喉の奥深くに飲み込んだ。そうすることで、事態が自分にとって好ましい方向へ転ぶような気がしていた。
「あの二人も、格闘技で倒しましたの?」
「そうですよ。と言っても見てはいないのだから、信じてもらえないだろうけど」
「そうですわね。何かの能力を使ったと言う可能性はありますわ」
「ああ、そっちの心配か」
てっきり自分が武器の使用を疑われていると思っていた廷兼郎は、安心のため息をついた。
「僕は無能力者《レベル0》だから、能力はありませんよ」
白井の顔が一気に強張った。学園都市の生徒は定期的に、身体検査で能力レベルを判定する。無能力《レベル0》とは、如何なる超能力も発現していない状態を示している。
はったりをかましている可能性もあるが、学園都市の総合データベースである書庫に名前や身体的特徴を問い合わせれば、すぐに分かってしまう。ここで嘘をつくメリットは殆ど無い。
廷兼郎は腕を組み、ほとほと困り果てた様子で唸っていた。
「それで、納得しないと言うことでしたが、僕にどうしろというんですか?」
そう尋ねる廷兼郎の顔は笑っていた。彼は明らかにこの状況を楽しんでいた。
慇懃無礼な態度が、白井の神経を逆撫でる。
「わたくしに、勝ってごらんなさい。そうすれば納得しますわ」
売り言葉に買い言葉である。多少言わされた感は拭えないが、最初に絡んでしまったのは自分である。その始末も自分でつけなくてはならない。
白井の言葉を待ってましたとばかりに、廷兼郎は手を叩いて寿いだ。そして早速、彼は耳に掛けていた携帯端末で網丘に連絡を取った。
「字緒です。ええとですね、今白井黒子さんと……、ええ、はい。その白井さんです。大能力《レベル4》の空間移動能力者の。彼女がですね、対能力者戦闘術がどれ程のものか見たいと言うことで、はい。それですね、訓練場で模擬戦を行いたいんで、場所の予約しといてくれますか?」
網丘と二、三言葉を交わして通話を切ると、廷兼郎は満面の笑みで白井に言った。
「模擬戦の予約取れました。すぐにでも始められますよ。訓練場は第二学区ですから、バスで行きましょうか」
まるで意中の女性をデートに誘ったときのように、うきうきしながら廷兼郎は白井を訓練場へと案内した。
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