会議の結果、固法率いる数人で被害者の友人知人関係を調べ、白井は他のメンバーと共に殺害現場の引き継ぎを担当し、初春は参加可能な風紀委員のシフト作成や、捜査情報の整理などの裏方を引き受けることになった。
現場に遭遇した廷兼郎は、一番事件に詳しいとして『脳髄盗取』事件統括本部長なる肩書きを初春から拝命仕ったが、「柄じゃない」の一言でバッサリと返上し、検死結果を確認するついでに、学園都市の医師に質問したいことがあったため、被害者の運ばれた病院へ向かった。
そして個人的に、事件の調査を風紀委員が担うことになったと、被害者である公咲に面と向かって伝えたかった。
「本部長、勝手に行動されては困ります」
すっかりその気の初春は、廷兼郎に電話で支部へ戻るよう伝えたが、彼にその気は全く無かった。
「統括するのは初春さんに任せますよ。僕はもう一度、被害者の検死結果を確認してきます」
「確認って、データはもう届いてますよ」
「データだけではなく、直接会って分かることもあると思うんです」
「読心でもするんですか?」
初春の的外れな言葉に、くすりと廷兼朗が表情を綻ばせた。「そんなところです」と曖昧に返答し、病院へ向かうバスに乗り込んだ。
病院のカウンターに用件を伝えると、カエル顔をした初老の医師が出迎えてくれた。
「君が例の風紀委員さんだね。話は聞いてるよ?」
「はい。よろしくおねがいします」
「うむ。こっちだ」
薄暗い階段を下りると、検死室に通された。
「親御さんや友人への連絡は?」
「両親には伝えたよ。だが遠地に住んでいてね。電車を乗り継いで、こちらに着くのは夜になるだろうね。そのころには霊安室に移せるだろう。友人との面会も、その後ということになるかな?」
今ごろ公咲の両親は、仕事を休んで取るものも取りあえず電車に乗り込んだことだろう。嘘であって欲しいと、呪文のように繰り返しながら。
じくりと胸が痛む。肉親を失くしたことで被る苦しみは、一年ほど前に両親が他界した廷兼郎にとって他人事ではなかった。
今回の場合は、腹を痛めて生んだ子供が先に亡くなってしまったのだから、世の無情を痛感せずにはいられない。
程なく通された検死室は、えもいわれぬ匂いが立ち込めていた。強力な洗剤で隅々まで清潔に保っているからこそ、『死』の芳香がこれでもかと浮き彫りにされていた。
医師が壁に取り付けられた取っ手を引くと、あの女子学生、公咲明之の体がするすると滑り出てきた。
発見当初よりも血の気が失せているものの、体には傷らしい傷が見られず、死体であると伝えてもらわねば、睡眠中だと誤解しかねない。
「死んでいるとは、とても思えません」
「ああ。とても綺麗だね」
廷兼郎は公咲の姿を見ていると、おもむろに手を合わせて祈り始めた。
「警備員ではなく、風紀委員があなたを殺した犯人の捜査を担当します。非才の身ながら全力で捜査し、必ず犯人を見つけ出しますので、どうか安らかに眠ってください」
力むあまり、祈りを上げる両手は震えていた。その震えが止まると、廷兼郎は大きく息を吐きながら手を下ろした。
ようやく伝えるべきことを、伝えるべき相手に伝えられた。ここから本当の意味で、廷兼郎は犯人探しを始めることが出来る。
「先生。検死結果について、もう一度詳しく教えていただけませんか?」
強い決意を込めた瞳を、医師は笑顔で歓迎した。
「ああ。いいとも。聞きたいことは何でも聞きたまえ」
公咲の死体を元の場所へ戻し、医師は廷兼郎を資料室に案内した。
「まず、直接の死因である脳組織の喪失は、どのように行われたのでしょうか?」
「非常に正確に行われているね。くも膜の内側にある脳組織と脳幹が見事に喪失している。ほぼ即死だろうね?」
くも膜の内側、大脳皮質や小脳だけを狙いすましたような正確さで体外へ空間移動したらしい。
「このような事例というのは、過去にあるんでしょうか?」
「人体の空間移動は、空間移動能力者にとってはそう難しいことではないと言えるが、今回のように相手を死亡させる意図があったと思われる事例は少ない。そして、脳組織のみを空間移動するというのは、今回が初の事例だね?」
専門家の意見に、廷兼郎は大きく頷いて納得した。脳を体外に空間移動させるなんて、やはり尋常の事態ではないようだ。
「知り合いの空間移動能力者の方が、仮にこのような犯行を行うとすれば、能力で相手を殺してもかまわないという、ある種の倒錯した精神が必要だと言っていたのです」
「ふむ。確かに、モラルや常識などを無視することが必要だね?」
「能力者がそうした精神状態に陥るには、どんな条件が必要なんでしょうか?」
医師は口を潤すための緑茶を淹れながら、諭すように説明した。
「能力者とはいえ、人間だよ。常識や良識の観念は一般人と何ら変わらない。生まれつきそのような精神構造をしていたり、トラウマを受けるような体験をしたり、精神的に追い詰められたり、何らかの洗脳を受けたり、精神に影響を与える薬物を服用したりするなど、原因はいくらでもあるね?」
「原因、か」
素人考えを晒すのは恥ずかしいが、そんな体裁など、先ほど誓った決意の前には取るに足らないものだった。
「先生。これは僕の推測なんですが、犯人は彼女を殺したかったのではなく、脳組織が欲しかったのではないでしょうか?」
「なるほど。能力者の脳が目的であり、死亡したのはその過程に過ぎないというわけだね? だとすれば、まさか外の研究機関の仕業かな?」
「それも可能性がありますけど、外の研究機関とか、とにかく能力者について研究したい連中だとしたら、脳を取り出すというのは迂遠な手段だと思います」
能力者を研究するために脳を取り出す。確かに能力者は自分だけの現実に基づく脳内の演算によって超能力を発揮しているのだから、脳を調べればそれが分かると考えるのは自然である。だからといって、本当に脳を奪うと言うのは、ナンセンスと言うほか無い。
「今回の場合、脳は取り出したが、被害者の体は残っています。つまり現場に証拠を残している。あえて超能力を使って、高い精度で脳組織を取り出す苦労をするよりは、能力者自身を拉致したほうが遥かに容易だと、僕は思います」
「確かにそうだね。ならば、どうして犯人は脳を取り出したんだろうね?」
ここまでは既に、支部の会議で話された、というよりは廷兼郎が話したことであった。外の研究機関の仕業だというゴシップめいた意見に、廷兼郎はそうして苦言を呈した。
それでは何故、脳だけが取り出されたのか、という疑問が当然なされたが、それについて廷兼朗からは答えようとしなかった。彼自身、自分なりの推測は持っていたが、それが合ってるかどうかの保障は何処にも無い。そして、敢えて能力者の前で話すことでもないと判断していた。
能力者のいないこの環境にならないと、廷兼朗は打ち明ける気にならなかった。
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