警備員への状況説明はすぐに終わり、開放された廷兼郎は一旦第二学区の訓練施設へ私物を取りに戻り、その後、風紀委員の支部で報告書を作成していた。
「それにしても、まさか死体を見つけてしまうとは、思いもよりませんでしたわ。学園都市では何が起きても不思議ではないとはいえ、ああいうことがあるなんて思いませんでしたわ」
白井が冗談めかして言っても、廷兼郎は黙ってパソコンをにらみ付けている。やはり先ほどのことが堪えているのだろう。神妙な面持ちをして、報告書の作成もはかどらない様子だ。
「警備員から連絡が来ましたよ」
オペレーターをしていた初春飾利が呼びかけると、廷兼郎はすぐに彼女のパソコンへと向かった。その画面には、被害にあった女子学生のパーソナルデータが映し出されていた。
名前は公咲明之。中学二年生。十四歳。
さっと目を通してから、廷兼郎はぐっと目を瞑った。
「死因は何でしたか?」
「はい。脳組織の喪失によるショック死だそうです」
やはり脳が無くなっていたことに、廷兼郎は難しい顔で頷いた。
「欠損や傷害ではなく、喪失ですの?」
初春の報告に、白井が疑問を投げかけた。
「はい。大脳皮質や脳幹まで、ごっそり無くなってるって……」
「外傷は……、恐らくありませんわよね」
現場で被害者の様子を見ていた白井は、諦めるように言った。
「外傷は倒れた際に出来た顔の傷だけだそうです。犯人は、空間移動能力者の可能性が高いそうです」
外傷が無いと言う事は、外科的な手段で被害者の脳を取り出したわけではないということであり、それを可能とするのは、物体を任意の場所へ転送させる空間移動能力者であるということは、自明の理だろう。
「人間の脳だけを空間移動させるなんて。間違いなく、高レベルの空間移動能力者ですわね」
「白井さん、参考までにお聞きしたいんですが、本当に空間移動能力者にこのような犯行が可能なのでしょうか?」
「本当に、とは、どういうことですの?」
「今回のように、脳を体外へ空間移動させるというのは、とてつもないストレスになるんじゃないですか?」
直接相手の死傷に繋がる能力使用は、良心や常識といった観念に阻害される。それでも無理に行うことは能力者に多大なストレスを与えることになる。場合によっては心的外傷後ストレス障害を患い、その後の能力使用が制限、あるいは不可能となるケースも存在する。
「確かに、ものすごいストレスですわ。私には正直、出来る確信はありません。ですが仮に、そうしたストレスを感じない精神状態なら、可能であるとも考えていますの」
「他人の脳みそを取り出して、平気でいられる精神、か。十中八九、病気ですな」
「ええ。同じ空間移動能力者としては、犯人を早急に拘束して精神病院にブチ込みたくて仕方ありませんわ」
「でもこの事件、警備員の管轄になるから、僕らはもう関われないでしょう」
廷兼郎の言葉に、白井も勢いを削がれてしまった。
風紀委員に対して、警備員はその上に位置する。危険な事件や任務の際には、警備員のみで対応するのが常である。これには風紀委員の生徒を危険に晒さないことと、より強大な能力の行使を未然に防ぐという目的がある。
「それが、そうでも無いんです」
「どういうことですの? 初春」
「警備員は第二学区から脱走して行方不明になった患者の捜索に当たっているため、それが終了するまでは、第一発見者の字緒さんが所属する第一七七支部の風紀委員が、捜査を行うようにとの要請がありました」
「何だと!?」
廷兼郎は初春のパソコン画面に映る警備員からの報告書を読み、愕然とした。
「人が一人死んでるんだぞ。そんなに患者が大事なのか? ふざけやがって……」
捜索が終わるまでの間とはいえ、殺人事件の初動捜査を学生に任せるとはどういう了見か。廷兼郎は無機質な文字の羅列に今にも食って掛からんばかりの敵意を向けていた。
その脱走した患者、安治並甲佐がどのような立場の人間か、廷兼郎には分からない。もしかすれば、やんごとない身分を持つVIPなのかもしれないし、一刻も早く見つけねば命に関わる病を患っているのかもしれない。そうした已むに止まれぬ事情があり、警備員も上層部からの指示を受けて仕事をしているだけということは十分に想像できるし、理解もする。
それでも、廷兼郎はやるせない気持ちでいっぱいだった。
このような仕打ちは被害者である公咲に対して、あまりにも無情である。
「やりましょう。捜査」
廷兼郎は覚悟を決め、白井と初春に顔を向けた。
被害にあった公咲の無念は、風紀委員が汲み取る。患者探しで忙しい警備員になど、一指たりとも触れさせはしない。
その決意を表すように、廷兼郎はぐっと拳を握り締めた。
「警備員が患者を探し出す前に、僕らで犯人を捕まえましょう」
「勿論ですわ。警備員の対応は腹に据えかねますが、正直なところ、渡りに船ですわね」
白井も握った拳を突き出し、廷兼郎の拳にトンと押し当てた。白井は白井で、同じ空間移動能力者を捕まえたいという意志があるのだろう。
初春だけは、そんな二人のやり取りを冷めた目で見つめていた。
「もう、女の熱血なんて流行りませんよ」
カタカタと小気味よくキーボードを叩いて、ひたすらパソコンの操作に集中している。
「初春、ここは空気を読むべきですのよ。一人で斜に構えるのがカッコイイとか言って、和を乱さないでほしいですわね」
「分かりました、分かりましたから、お花いじくるのやめてください!」
頭の花を取ろうとする白井の手を避けている間も、初春の手はキーボードから離れなかった。
「既に事件の概要と警備員からの要請を、支部の風紀委員の皆さんに送信しました。これから方針を決めるため、ミーティングを行うようにも伝えてあります」
「ミーティング? 皆ここに来るんですか?」
「いいえ。そんな必要はありません。何故ならここは学園都市ですから!」
どうだとばかりに胸を張る初春に、廷兼朗は少し気圧された。
「集まらないなら、どうやって会議するので?」
「携帯端末を利用して、ボイスチャットによる会議を行います」
初春の説明に、廷兼郎はぐぐぐっと大きく首を傾げた。どんなに頭を回そうと、携帯端末で会議する仕組みが彼には分からなかった。
そうこうしている間に、廷兼郎が覗き込んだパソコンの画面に、固法美偉の顔が小さなウィンドウで表示された。
「今何人ぐらい集まってるかしら?」
「まだ私たちと固法先輩だけです」
「そう。あと七、八人集まったら始めてしまいましょう」
そして間を置かず、次々と第一七七支部のメンバーの顔が表示される。その様子に、廷兼朗はこれでもかというほど目を真ん丸く見開いていた。
「すごい。これが初春さんの能力だったのか」
「いや、これは能力じゃありませんわよ。パソコンと携帯電話を繋げただけですの」
「だから、そういう能力じゃないんですか?」
白井は目を細めて、横ではしゃいでいる無邪気な男子高校生を見つめていた。彼のように、最先端科学を驚いてみせる反応は、学園都市に慣れ親しんだ白井にとって新鮮に映った。そして同時に、科学に囲まれた都市における彼の生活が、非常に不安だとも感じた。
「集まったみたいなので、会議を始めますよ。字緒さん、そこのホワイトボードを持ってきてください」
「え? ホワイトボードをですか?」
「はい。このカメラでホワイトボードを映しながら会議をするんです」
廷兼朗が今までに輪をかけて驚き、本当に映せるのか早く確かめたくて、急いでホワイトボードを移動させた。
「それじゃ字緒さん、進行、お願いします」
「あ、はい。それでは、まず今回の事件と、その後の経緯について確認します」
おう、だの、はい、だのという声が返ってくるたび、廷兼郎は「ホントに会議が出来てる!」と感動したが、事件に対する責任感でそれを押さえ込んだ。
「既に資料が送られているので省略しますが、私が遭遇した殺人事件の捜査が、警備員ではなく我々第一七七支部の風紀委員に委ねられたということで、その捜査方針を話し合いたいと思います」
廷兼郎は、巨大なうねりのようなものへと抗う感覚をひしひしと感じながら、会議を進行していった。
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