【いじめられ】る人縦書き表示RDF


デリケートな内容になりますが、趣旨をご理解頂けると幸いです。

これは、作者の皮肉です。
【いじめられ】る人
作:笑夜


〈校長室〉



―今日からだね。

―はい、校長……。

―君の受け持ちのクラスは、特に酷いと聞いてるが大丈夫そうですか?

―何とか巧くやってみますよ。

―頼んだよ、問題が起こると面倒なんだから……。



―はい……。

教室に入ると、いつもの歪んだ空気が開いたドアから私に向かって抜けていく。

何十もの視線が私に向けられ、私の視界は否応なしにそれらを捉える。

いつものように視線に刺されながら机に向かう。
空気と同じように私に刺さる視線は、
皆同じように歪んでいる。

視線だけではなく、クスクスと気分が悪くなる雑音も、それを発する無数の口元も、皆歪んでいる。

机には目一杯の
「落書き」。
いつの頃からか、私はそれを消す事も止めた……。

昨日、頭の上で絞られた雑巾のせいで、机の廻りに雑巾臭い匂いが残っている。

―くせぇ、くせぇ。

―誰かさんが来たら急に臭くない?

―きゃははは……。


何処にでも必ず存在する光景……。
問題視してもしなくても、必ず発生する自然現象。

そう……これは自然現象。

きっかけさえあればいつでも拡散し、ある日1日にして覆われる。

大人とくくろうが、
親とくくろうが、
教師とくくろうが、

罪悪の薄い、無限に拡がる連鎖を止める事なんて所詮不可能な話なんだ。

「たまたま」
「運悪く」私は境界線の
「地獄」の方へ立たされてしまっただけだ

天国と地獄は紙一重───。

きっかけはただ、たった1日朝寝坊をして、たまたま遅れていった授業が陰湿な教師で、たまたま廊下に立たされて、たまたまその時に生理が始まって……。

そして境界線を踏み外した……。

そう言えば小学校の頃、修学旅行で
「たまたま」浴場に下着を落として、大広間での食事中に名前を呼ばれた男子がいたっけ。

彼はその時に境界線を少しはみ出して、数ヶ月後には学校に来なくなった。
サッカーの好きな元気な奴だったな……。

でも私の胸は少しも痛くなかった。
罪悪なんて持ちようがなかった。

今、境界線のあっち側に居る皆は、多分あの時の私なんだ。
いつでも行き来する可能性のある境界線に気付いていない。

程度の問題もあるけど、度を越え、もはや私の生活は死んでいる。



―死ぬほど辛い……。



―誰か代わってよ……。

エスカレートする様々な陰湿ないじめに、もはやクラスメートはおろか、教師達も見てみぬ振りをしているのは明らか。
誰も境界線のこちら側になんて来たくないに決まっている。

不登校もどうかな……。
親も人間、教師も人間。

最近、学校の何かにつけ文句をあたかも正論のような、子供の為のような言い方で批判や苦情をいう親が増えているようだけど。

所詮は自己満足だ。
「納得」が行かない不満を、勘違いした上から目線で吠えているだけで、自分視線でしか物が見れない。

無理もない。
子供のまま大人になったような親達なんだから。
いざ本当に困っている時には、対処の仕方も知らないんだから……。

どうせわかってくれない。

事実、絶対的窮地に自分達が陥らなければ、親も先生も所詮は人事とばかりに真面目に取り合ってはくれない。

いじめなんて、本人以外の人間との温度差の違いは計り知れないもので、その差は埋まる訳がない。

ただじっと次の場所へ行くまで我慢するか……。
自分という存在を死して(消して)楽になるか……。

「たまたま」誰かが境界線を越え、バトンタッチしてくれるか……。

そんな折り、一人の転校生がやってきた。

ずんぐりとした体型に分厚い眼鏡、この時代に髪を細かく三つ編にし、うつ向き、挙動不審そうな素振り。

垂れる眼鏡をクイクイしながら、うっすら笑っていた。

申し訳ないが少し気味が悪い……。

いかにも男子からからかわれそうな奴…
…幸いここは女子高で男子生徒はいない。

へまでもせず、巧く打ち解ける事が出来ればそこそこに友達ごっこが出来き、その他大勢になる事が出来る。

が、何となく友達を作るのが下手そうな女だ。
私には関係はないけど。

さすがに今日一日は、転校生の方が興味の対象になり、私への被害は思った程ではなかった。

朝一、上履きは机の上に乗せてあったけど……。

転機は転校の二日目に訪れた

彼女にとっても……。

そして私にとっても……。

あろうことか、彼女は二日目にして大きく遅刻をした。

二限目の前の休憩時間。
急いで教室に飛込んだ際に、鞄を一人の女生徒にぶつけてしまった。

クラスで中心的な存在で、いじめの仕切り屋張本人。
不幸の始まり……だ。

さらに典型的に不幸は続く。
私の机の前でつまづいて勢いよく転び、鞄の中身をぶちまけた。

中から飛び出した物は、宝の宝庫だった。

何やら訳のわからないキャラ物の眼鏡ケース、生理用品、メイク道具、ティーン雑誌、日記帳、漫画……。

特に漫画は同姓愛を描いた、しかも男性同士の……。

私は不意に目が留まり、その漫画を拾い上げた時に、例の仕切り屋が見逃さなかった。

転校二日目というのが、何とも不幸としか言いようがない。

その他大勢の輪の中に入ってからであれば笑い話で済んだ
「かも知れない」のに……。

早速、休憩時間には彼女は注目の的になっていた。

悪い意味での……。

―腐女子ちゃんだったんだぁ。

―えっ?これどこメイクしてんの?

―だからぁ、雑誌でお勉強してんだよね〜。

しかし彼女はへらへらと愛想笑いをしながら眼鏡をいじっている。

―あんた笑ってる前に鞄ぶつけて謝りもなし?

例のいじめっ娘主犯格が声を荒げ、机を蹴った。

いじめる側多数とといじめられる側が……二人になった―─。

絵に書いたような光景を目の前に、私は一人こう思う……。



―やった……と。

翌日には私の落書きだらけの机は、転校してきた彼女のそれと入れ替わっていた。

授業中、懸命に落書きを消している彼女を見ていると、さらにみんなの感情を苛々させた。

新たに落書きされても、照れ笑いしながら毎回消しさり、次第に苛々と冷やかし感情がクラス全体に広がって行く。

「たまたま」ではなく、彼女は
「着実」に境界線のこちら側へ向かってきてくれる。

彼女が転校してきてからは、確実に私に対しての攻撃は少なくなり……私もまた、彼女に対しての苛々を積もらせていた。



「脱出ヲ試ミナケレバ」……。

いじめなんて所詮は相手があればいい。

きっかけで生まれようが、
苛立ちから生まれようが、
対象人物が居て、何らかの発散が出来ればいい。

し易ければしやすい程、都合がいい。

だからと言って、人形をいじめて発散する奴なんて少ない。

一人で十人をいじめる奴も、まずいない。

発散精神を
「人」意外に向ける奴もいるけど、人はそれを〈いじめ〉と定義付けない。

喧嘩の強い男子が大勢とやりあって、散々な目にあってもそれをいじめられたと言うだろうか?

しかし、それが
「きっかけ」になり、悪意が繰り返しの図式に陥ると、喧嘩の強い男子は
「いじめられ」る側になり、
「弱者」になる。

「強者」が
「弱者」をいじめるとは限らない。

いじめの図式は些細で簡単に出来上がり、その図式が
「強者」と
「弱者」を意味付けるだけだ。

その真ん中に引かれた境界線は、あっけなく引かれ、天国と地獄を分け隔てる。

幸いにして、私の境界線は薄く消えかかっている。

きっかけはまたしても彼女がくれた。

廊下で……。
しかも私の目の前に生徒手帳を落とした
中から出てきたのは裸の男性写真とコンドーム。

格別のアイテムを偶然手にした私は、タイミングを十分に計り、私が中心になって
「巧く」皆にお披露目をした。

そう。
苛立ちと一緒に
「バトン」を彼女にぶつけ、私と彼女の間にまず境界線を作った。

私を通して、うすら笑いの歪んだ沢山の視線は転校生に向けられる。
「きっかけ。」

もともと私を向こう側へ追いやった連中も、私と一緒になって笑っていた。

一緒になって……。

―面白いもん見つけたじゃん。

―ナイスだよ、これ あははっ。

うっすらと引かれかけていた彼女の境界線。
私は明確にしただけだ。

いじめの中心だった奴らも、その他大勢も、もはや立ち位置を決めている。

私が立つ、こちら側へ―──。

数週間後には、以前の私の居た地獄の位置には彼女が座り、私は出来上がった図式の
「強者」の側でスクールライフを満喫していた。

それからも、事有る毎に彼女は私達を苛立たせ、その度に天国の快楽を私にくれた。

もともと罪悪の薄い行為。
友達の輪も大した事なんてない。
けど、みんなで笑い合うのは楽しいんだもん。

私はそれで構わない……。

地獄を知らないみんなは、それが日常だと安心してる。

私はそれで構わない。
私が天国のまま過ごせたら……。

〈校長室〉



―大抵は大きな的が存在すると自然と輪が生まれ、本能が多数派に所属したがるものです。

―いや、早かったですね。見事でした。

―友達の輪なんて利害が一致すれば案外味方が欲しくなるものです。
出来るだけ沢山の……。

―これでとりあえず落ち着きましたよ。

―言っておきますが、一時回復の応急処置ですのであしからず。
長期は受け付けますがオプションとしての延長になりますので……。

―まぁ、その時はその時で……。

―いっそのこと、先生方がおやりになったらよろしいんじゃないですか?今や、教育で解決するなんて無理でしょうから…。

─………。

─では今回はこれで。





プルル…プルル…







―はい、お電話有難うございます。
「いじめられ専門サービス」でございます。

―あの、我が校で手のつけられないイジメがありまして……。

―毎度有難うございます。
只今予約でいっぱいで、次のスケジュールは……。





『「いじめられ」専門サービス


いじめられるターゲットの取るであろう行動をあえて取り、自らがいじめられっ子として存在するのが勤め。

集団心理を利用し、自らがクラスの共通の標的になる事でクラス全員を加害者(その他大勢含む)に仕立て上げ、輪を回復する。

論理摩り替え型の、
現代ビジネスである。 』



【完】














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