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旧作 作者:hayashi

シーズン4 第1章「逃走」

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ゴリラ3兄弟

 豊穣の海に囲まれた5つの島から成る民主主義国家トウア。
 国会襲撃事件以降、治安悪化が収まらず、あちこちで犯罪が多発していた。

 それでも大規模な暴動は、軍が関与するようになってからは沈静化し、街は徐々に秩序を取り戻しつつあるものの――治安部隊の隊員らに過重労働を強いていることには変わりなく、あまりの過酷な勤務に退職者が増え、ますます人員不足となり、一人の隊員にさらなる負担がのしかかるという悪循環にはまっていた。

 あれから……何者かに頭と胸を撃たれたサギーはずっと意識不明が続いていた。

 そのサギーが入院しているトウア国立中央総合病院には、国会襲撃事件でリサに撃たれた『あの少年』もいた。重傷だったため入院が長引いていたが、やっと退院の目処がついたところだ。
 少年には自殺防止用に拘束具がつけられており、ほかの患者の入院部屋から離れた場所にある特別室に入れられている。
 その部屋の前ではパトロール隊の隊員が24時間張り付き、監視していた。

 ――病棟の消灯時間が過ぎ、夜が深まる頃――
 特別室のドアの前で、所在なさげに突っ立っていた監視係の隊員は、薄暗い廊下の向こうに、何か音を聞いたような気がした。いや、気のせいか……このところ過酷な勤務状態が続き疲れ果てていた。つい勤務中に居眠りをしてしまう。頭もボンヤリしていた。今にも瞼が下がり、立ったまま寝てしまいそうだ。

 隊員は今日何度目かのあくびをしながら、壁に寄りかかった。眠気が襲ってくる。

 少年の病室前の廊下はナースステーションからかなり離れており、暗かった。トウア国は治安と共に経済事情も悪くなり、病院も経費削減の一環として節電に励んでいた。

 少年が入院していた最初の頃こそ、2人体制で監視していたが、少年の入院が長引き、隊員の人手不足もあり、いつの間にか1人体制となった。
 また物音がしたと思った直後、監視係の隊員は完全に意識を失った。

 その後、隊員が気づいた時にはベッドにいたはずの少年の姿が消えていた。

   ・・・・・・・・・・  

 やわらかい風が心地よい春の夜、セイヤ・シジョウは自宅マンションにてシャワーを浴びていた。

 日頃の厳しい訓練でますます筋肉質な体となっていたセイヤは、ジャン先輩のようなゴリラ体型にだけはなりたくないと思いつつ、今のプチマッチョ的な肉体は男として決して悪くないと自己評価していた。オレもまだまだ捨てたもんではないと。
 ……今夜はそんなに疲れてないし、リサもそれほどバテていた様子はなかったし、何といっても明日は休みで寝坊できるし……てなワケで心が浮きだっていた。

 リサと結婚して3年目。日頃の訓練がキツくて、とにかく疲れたっ、早く寝たいっ、睡眠が一番っ、という日々を送っているうちに、夫婦生活がおざなりになってきた感がする今日この頃、ちょっとテコ入れをしなければと思っていたのだ。

 しっかりと体を洗い、脱衣所に上がり、リサが用意してくれたバスタオルを広げた時、あることに気づいたセイヤはあまりのショックに立ちくらみを覚えた。
 何ということか……その大きなバスタオルには、ニヤついた『ゴリラ3兄弟』のでっかいイラストが描かれていたのだ!
 ついに『ゴリラ』がうちのバスタオルにまで……一体、これはどういうことだ!

 とりあえず手ぬぐいを下半身に巻いて、脱衣所を出て、キッチンにいるリサにモンクをたれた。
「よりによって何でゴリラの絵のバスタオルなんだ?」

「ん?」
 今しがた食器洗いを終えたらしいリサは手を拭きながら、セイヤのほうへ視線をよこす。(ちなみに皿洗いは夫婦で交代にやっている)

 よく見ると、リサが手を拭いているタオルにも『ゴリラ3兄弟』のイラストが描かれていた。
 ベッドのぬいぐるみに続き、タオル類にまで……『ゴリラ』がうちを侵食し始めた……セイヤは頭を抱えたくなった。

 そんなセイヤの心を知ってか知らずか、リサはしらっと答えた。
「ああ『ゴリラ3兄弟タオルセット』ね、ルイがくれたのよ。すっかり『ゴリラ3兄弟』にはまっちゃったらしくって。そうそう、中央動物園のマスコットキャラになったみたいね。けっこうな人気だそうよ」
 どうやら、またもやルイは余計なものをリサによこしたらしい。
「これ、なかなか質のいいタオルだよ。フカフカでさわり心地いいし」

 いや、そういう問題じゃないのだ。ゴリラといえば、ジャン先輩に『ゴリラその1』に『ゴリラその2』である。しかも、なぜかあの3人は『ゴリラ3兄弟』に似ているのだ。少なくともセイヤの目からはそう見えてしまう。あの3人の顔を思い出させるようなバスタオルで自分の体を拭きたくない。

 セイヤは水滴をたらしながら、リサに訴えた。
「ゴリラのタオルなんて使いたくない……」
 リサからすれば、ゴリラの絵がついたバスタオルごときに何を駄々こねているのか、と思っているだろう。それでもゴリラは嫌だ。

「ああ……体ちゃんと拭いてないから床が水浸しじゃない。セイヤってヘンなところで子どもっぽいよね……」
 案の定、リサは呆れたようにため息をついていた。

「じゃ、私がゴリラバスタオル使うよ……いいバスタオルだからセイヤに使ってもらおうと思っていたけど」
「え?」

「そのままゴリラタオル置いておいてね。私、これからシャワー浴びるから。セイヤのバスタオルは今、出してくるから、ちょっと待ってて。その濡れたままの体で部屋に行かないでよ」
 リサはセイヤのバスタオルを取りにキッチンを出ようとしたが、セイヤが慌てて止める。

「ちょっと待て。ゴリラバスタオル、リサが使うのか?」
「使わなきゃもったいないでしょ。せっかくルイがくれたのに」

 リサが『ゴリラバスタオル』を使うということは、あの3人に似ているゴリラ顔の絵がリサの裸体に触れる、ということである。
 つまり、あの3人のニヤついた顔がリサの裸体に巻きつき、リサの裸体を包むのだ。
 しかも、3匹(3頭)のゴリラはただニヤついているだけではなく、1匹(1頭)は舌を出し、もう1匹(1頭)は唇を突き出し、チューの形をさせている。リサの体がゴリラたちに舐められ、チューされ、蹂躙されている様が思い浮かんでしまう。まさしく野獣に襲われるリサの図だ。

「いやダメだ」
「へ?」
「それだけは譲れないっ。ゴリラバスタオルを使うのはよせ」
「えええ?」
 ついにセイヤの『譲れない発言』が出てしまった。こうなるとスーパー頑固になるセイヤ君である。
 セイヤ自身も分かっていた。これはどう考えても『下らないこだわり』だ。けど、イヤなものはイヤなのだ。たかがゴリラ、されどゴリラである。

「もったいないって言うならオレが使うよ、そのゴリラバスタオル、オレ専用にしてくれ。リサもフカフカタオル使いたいなら別のを買えよ。その代わり無地にしろよな」
「はあ……」

 リサは心の中で……ええ~とセイヤ君、たしか今年の夏で23歳になるよね……とつぶやいていた。
 ま、それでも今のところはまだ、セイヤのそういうところをカワイイと思っている。けど、これが「もういい加減にしてよね」という気持ちになり、やがてはそんな夫に疲れて、離婚の危機となるケースもあるようだ……と、この前「子どもっぽい夫を持った妻のぼやき」と題したテレビのワイドショー番組を思い出す。

 セイヤは脱衣所に戻ると、渋々ゴリラバスタオルで体を拭き始めた。もちろんゴリライラストが描いてある面を避けて。
 ああ、心浮きだつ春の夜だったのに……すっかり覚めてしまった。いや、でもゴリラに夫婦生活を邪魔されるのもシャクである。がんばらねば……

 と、セイヤがゴリラタオルに心を乱され、ベッドの上に置いてある『ゴリラ3兄弟』のぬいぐるみを睨みつけていた時、治安局から呼び出しがかかった。トウア国立中央総合病院より入院中だった『子どもへの無差別銃撃犯および国会襲撃犯』の少年が消えたという。

 ――特命チーム出動である。

「これからシャワー浴びて、さっぱりできるかと思ったのになあ」
 ブツブツぼやきながらもリサは身支度をした。

「オレだって……」
 これから夫婦生活のテコ入れを、と思っていたところなのに……なにげにセイヤは開けっ放しになっていた脱衣所に目をやった。そこの手すりにかけておいたセイヤが使用したバスタオルの中の『ゴリラ3兄弟』がニヤリと笑っている……ように見えた。

   ・・・・・・・・・・

 中央地区治安局治安局長直属特命チーム専用室。

 セイヤ・シジョウ、リサ・シジョウ、ジャン・クロー、そして軍出向組の『ゴリラその1』ことゴンザレ・トマー、『ゴリラその2』ことアザーラ・キノー、『クール』ことグレド・リネー、『メガネ』ことフィオ・ロボー、全7名は、ルッカー治安局長より病院から消えた少年の捜索協力を命じられた。

「これって警察捜査隊とパトロール隊の仕事だよな」
 ジャンが酒臭いため息をついていた。どうやら今まで酒盛りしていたらしい。
 夜遅くに呼び出された軍出向組の面々も疲れた顔をしていた。

「まあ、警察捜査隊とパトロール隊はただでさえ過重労働ですからね……比較的、余裕がある私たちも手伝わなきゃバチが当たりますよ」
 リサはジャンの背中を軽く叩いた。いや、これはジャンに、というよりも自分に言い聞かせていたのかもしれない。

「隊の垣根を越えた特命チームはいわば何でも屋ですからね」
 セイヤもため息をついた。せっかく夫婦生活のテコ入れに励もうとしていたのに、と。
「おまけに今回、逃げた容疑者は国会襲撃事件と中央百貨店での子ども銃撃事件および倉庫立てこもり事件で治安部隊の隊員を死傷させた凶悪犯ですし」

「ったく、見張りは何をやっていたんだか……仕事を増やしやがって」
 まだブツブツとモンク言っていたジャンを尻目に、リサはセイヤに話しかけた。
「少年の逃走を助けたのは……もしかして、あの少女?」
「可能性はあるよな」
 セイヤはリサを一瞥するとボソっと吐いた。

「少女って、国会襲撃犯でひとりだけ逃走を果たしたっていうあの……」
 ジャンが話に入ってきたので、セイヤはジャンにも視線をよこしながら、自分の考えを述べてみた。
「はい。彼女はかなりの訓練を積んだ実力ある工作員という印象を持ちました」

「でも、国会襲撃したヤツら以外にも、まだ工作員はいるんだろう。今もどこかに潜んでいるんだろうな……」

「ええ、ですから彼女が少年の逃走を手助けしたとは限りませんし、あるいは彼女と一緒にほかの工作員も協力したかもしれませんね」
 そう言うとセイヤは押し黙った。

 国会襲撃犯でひとりだけ逃走を果たした少女……こちら側にいる人間の、誰かの協力がなければ、逃走は無理だ。
 あの時……国会襲撃事件で出動した治安部隊は救助隊、パトロール隊、警察捜査隊、特戦部隊、警護隊などなど隊員の数は計り知れない。制服さえ手に入れてしまえば、治安部隊外の人間があの中に入り込むことも可能だった。それだけ現場は混乱していたし、各組織が混在した。

 ……こちら側の人間の中に裏切り者がいる? しかし、そこまでしてあの少女の逃走を助けた理由は何だ? 協力者は誰だ? 何が目的だ?
 セイヤは病院から逃げた少年のことよりも、少女のバックグラウンドが気になった。

「何ボヤっとしている? 行くぞ」
 ゴンザレこと『ゴリラその1』の声がセイヤの物思いを断ち切った。

   ・・・・・・・・・・・・・・・

 深夜、黒い海から潮の香りが漂う第2トウア港。
 その近くの沿岸に一台のワゴン車が止まった。

「早朝、ゴルディア行きの船が出る。それに乗り込め。船員の中に協力者がいる。それまで倉庫のコンテナで待機していろ。合図は教えたとおりだ。そのあとは協力者に任せればいい。トウアから出てしまえば自由だ。あとは好きに生きろ」
 今まで車の中で何を訊いても無言だった少女が、車から降りるよう少年に促す。

 が、少年は「なぜ、オレを助けた?」と、車の中で何度も問うたことをもう一度ぶつける。

「早く降りろ。時間がない」
 少女は前を見つめたまま、少年に視線を合わせようとはせず、無表情に短くつぶやく。
 ワゴン車を運転する男も無言だった。目深にかぶる帽子から垣間見える顔……見たことのない顔だった。少年が知らない工作員か、それに準ずる協力者なのだろう。

「お前はどうするんだ? 一緒に行かないのか?」
 少年の問いに、少女はそっけなく答えた。
「……私にはまだ、ここでやることがある」

「じゃ、オレもここに残る」
 少年は腕を組み、シートに深く腰掛けたまま、車を降りようとせず、言葉を続けた。
「助けてくれた恩返しだ。お前がこれからやることを手伝ってやってもいいぞ」

「……」
 少女は車に乗ってから初めて少年を見つめた。

「おい、どうするんだ? いつまでも車を止めておけない。時間との勝負だ。治安部隊が検問を設ける前に中央地区を出なきゃアウトだぞ」
 運転席の男が周囲を警戒しながら低い声で迫る。
 少年は「行ってくれ」と短く答えた。

 波のざわめきに、ワゴン車のエンジン音が重なる。

 ワゴン車はそのまま猛スピードで走り、中央地区を抜け、西地区の島につながる海底トンネルを通った。

 その直後、中央地区内だけではなく、全地区へつながる道路、橋、海底トンネル各所に治安部隊による検問が設けられ、非常線が張られた。
 しかし、彼らはすでに西地区の『シベリカ人街』に入り込み、逃走を果たしていた。

 治安部隊はここでも遅れをとってしまった。人手不足、隊員らの過重労働がこんなところにも影響していたのだ。そして全国指名手配にするも、少年法により一般国民には顔写真と実名が伏せられるので、一般人からの情報提供は望めない。
 が、少年といえ凶悪犯であり、情報を公開することも考えられ、現在、検討中である。結論が出るのは先になりそうだ。

「凶悪犯の少年の人権よりも、我々の人権を尊重しろ」「犯罪者の情報なしでは我々は警戒するにもできない」「これでは外を出歩けない」「また新しい犠牲者が出るかもしれない」と、早急な少年法改正の声が世間から叫ばれた。

 ちなみに病院で少年の監視を務めていた隊員はこの重大な失態に職場にいたたまれなくなったのだろうか、辞職した。
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