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旧作 作者:hayashi

シーズン3 第2章「消えゆく平和」

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教育工作

 セイヤのリクエストで今日の夕飯はヒレカツとなった。ポテトサラダも付けることとなり、セイヤもキッチンに立った。
 ヒレカツにはキャベツの千切りが付き物、ということで、それもお願いされた。細かい包丁さばきはリサよりセイヤのほうが上手だ。

 でき上がった料理をテーブルに並べ、二人はさっそく食事を始める。
 ヒレカツはサクサクしていて旨かった。ビールによく合う。

 テレビをつけてみると、例の子ども無差別銃撃事件および立てこもり事件、爆破事件などについて、コメンテーターたちが意見を述べていた。

「そういえば、この頃、ルイをテレビで見なくなったよね……アンモン教授のことを引きずっているのかな」
 リサはヒレカツを切り分けながら、ひとりごちた。ルイとは何気ないメールのやりとりはしているものの、突っ込んだ話は避けている。二人とも今は「何気ない日常のおしゃべり」に飢えていた。
 それに……やはりルイに何か壁を感じるようになっていた。
「ま、大人になると、打ち明けられないこともけっこう出てくるよね」
 気をとり直し、リサはテレビに顔を向けた。

 この頃のトウア世論は、子どもを銃撃した犯人が少年少女だったことで、少年法の改正、厳罰化を求める動きにあった。未成年者であっても重犯罪の場合、最高刑は死刑、大人と同じ裁きを受け、実名や顔写真も明かすべきであり、早期の事件解明のために自白剤も使用していいのでは、という意見が多数だった。

 が、それに対して、またしてもあのミスズ先生が反論し、ほかのコメンテーターたちとやり合っていた。

「犯人とはいえ、少年少女の人権を守るべきですっ」
「被害者の人権はどう考えますか?」 
「それはそれ、これはこれですっ。犯人を厳しく罰したからって、被害者が生き返ったり、傷が治ったりするわけじゃないですよねっ」

 あまりの無神経な発言にほかのコメンテーターたちは完全に引いていた。

「あと、犯人の少年らを銃撃した治安部隊にも反省を求めますっ」
 あのサハー氏でさえ、このことは批判しなかったが、唯一ミスズ先生だけは口にしていた。

   ・・・

 テレビでこのミスズ先生の発言を聞いたリサは、口に運ぼうとしたヒレカツを思わず落としそうになった。
「わっ……ミスズセンセ、つまり私を非難しているってこと?」

 あの時、犯人を撃たなければ、セイヤが撃たれ、リサも撃たれ、放られた赤ん坊は大怪我、もしくは打ち所が悪く、命を落としただろう。「私たちの人権は?」と問いたくなる。

「何かすごい人だよな、ミスズ先生。いろんな意味で」
 セイヤもテレビの中のミスズを見やった。

   ・・・

 番組ではコメンテータらがミスズ先生にツッコミを入れていた。
「あのですね。治安部隊の方は手榴弾や地雷で殉職しているんですよ。犯人への銃撃は正当防衛でしょ」

「相手が手榴弾や地雷を使ったからといって、こちらも武器を持って銃撃するというのは間違ってますっ。治安部隊が武器を持って攻撃しようとするから相手も武器を使うんですっ」
 ミスズ先生も負けずに応えていた。

 それに対し、ほかのコメンテーターらは口ぐちに意見し、ミスズに集中砲火を浴びせた。
「いえ、相手のほうが先に武器を持ち攻撃してきたんですよ? 治安部隊はそれを阻止し、犯人を捕まえるために仕方なく銃撃したんです」
「これからは犯人が少年であろうと、銃使用条件のハードルを下げ、治安部隊が躊躇することなく銃撃できるようにすべきです」
「犯人への銃撃は正当防衛です」

 そんなコメンテーターたちにミスズは言い放った。
「だからといって、こちらが戦えば本当の戦争になっちゃいますよっ。戦っちゃダメなんですっ。それに~人権に優先順位はありませんっ。犯人の人権も大切なんですっ」

 スタジオは一瞬、シーンとなり、コメンテーターたちは呆れ顔でミスズ先生に質問攻めにした。
「では、犯人におとなしく殺されろと言うのですか?」

「戦わなきゃ、殺されることはないんじゃないですかっ」
 ミスズはしれっと答える。

「いいえ、何もしていない子どもたちが銃撃され、殺されたんですよ。治安部隊に戦うなと言うのは、そんな犯人を野放しにしろって言ってることになりますよ?」

「戦っても根本は解決しませんっ。こういうことが起こらないような社会にするにはどうしたらいいかを考えるんですっ」

   ・・・

 またもや、リサはヒレカツを落としそうになった。
「……戦わなきゃ殺されずに済んだ……戦っても根本は解決しない、だから戦うな……ていう論法、学生時代に聞いたサギーの言葉と同じだよね……サギーは教職員だった頃、この『平和と人権を守る教職員連合会』の副会長の座についていたんだっけ……ということは、まさかこの連合会、シベリカ工作員の集団なんじゃない?」

「何人かは工作員が紛れ込んでいるかもしれないな。工作員らが『連合会』を利用していたんだろう」
 ヒレカツを食べ終わったセイヤはポテトサラダをつつきながら、学生時代、サギーから受けた『絶対平和教育、人権教育』を思い出していた。

 ――『あなたは血に染まった手でご飯を食べられますか』――

 当時、教職員サギーのこの問いに、「平気です。食べられます」と答えられた生徒は皆無だろう。
 殺人はもちろんいけないことだが、正当防衛、任務としての殺人、刑罰による殺人をも含め、殺人を全否定させる教育が施されていた。襲われても、戦いを仕掛けられても、ひたすら逃げること、どんな場合でも戦いを拒否することを是とし、平和の象徴として『不戦を貫いたジハーナ人』が奉られた。

 そう、正当防衛や任務としての殺人も「悪」だとし、罪悪感を植え付けるような教育が巧妙に仕組まれていたのだ。
 安定的な公務員への就職希望者は多く、競争率が高いのに、治安部隊と軍への入隊希望者が異常に少ないのはそのためだ。
 そして、トウアが今までは比較的、豊かで治安が良く、人々が身の危険を感じずに日常生活を営むことができていて、それが当たり前だったから、この『絶対平和主義』がまかり通っていたのだ。

 ――『平和と人権を守る教職員連合会』――
 トウアに絶対平和教育を浸透させ、人の命を奪うこともありえる治安部隊と軍を否定し、子どもたちに「戦わないこと」を是とする教育を施す教職員たちの組織。
 シベリカは工作員を使ってこの組織を利用し、長い年月をかけ、トウア人を子どもの時から洗脳するよう仕向け、治安部隊と軍の弱体化を狙ったのだろう。おそらく、この組織はシベリカから裏で相当の援助をされているはずだ。

 セイヤは改めて、トウアをターゲットにしたシベリカの戦略に舌を巻いていた。
『教育』は子ども相手だし、すぐに成果は出ない。しかし『教育』は人間の根本を作り、社会のありようを変えていく。教育にはそういう力がある。その成果が表れるまで最低でも十年以上はかかる。そんな『教育工作』にもシベリカは手を出していたのだ。そして、それはある程度、成功している。

   ・・・

 テレビではミスズ先生の発言が続いていた。
「そもそも、なぜこういったことが起きたのでしょうかっ。それはトウア人がシベリカ人を差別し、虐め、疎外したからですっ。つまり原因はトウア人のほうにあるんですっ。トウア人が外国人の人権を大切にし、外国人が不満を持たないように同等の権利を与えてこそ根本解決になるんですっ」

 一見、正しいように思えるミスズ先生の考えは、以前のトウア社会では受け入れられていたが、今は誰もが違和感を持っていた。なぜ、そこまでしてトウア人が譲らないといけないのだ? と。

 ほかのコメンテーターはミスズ先生への質問を重ね、ミスズはそれに答え続けた。
「では、子どもたちが銃撃されたのは仕方のないことで、トウア人のせいだとおっしゃるのですか?」
「まあ、仕方ないとは言いませんが、トウア社会に問題があるから、起きたんですよっ」
「シベリカ人には問題がなく、トウア人に問題があると?」
「だから~、まずは私たちトウア人が反省してこそ、解決への一歩だと思うんですよねっ。大人の対応をしましょうよっ」
「いえ、現実的に考えましょう。犯人を野放しにすれば、第二第三の犠牲者が出ますよね。これを阻止するにはどうしたらいいか? ということなんですよ」
「だから~、犯人の少年たちに、これ以上、犯罪を重ねないでほしいとお願いし、トウア人が今までシベリカ人を虐めたことを反省すれば、犯人たちも許してくれるんじゃないですかっ」

   ・・・

 もうリサはヒレカツを落としそうになることはなかった。
 セイヤは黙々と食事を続けていた。

   ・・・

 テレビの中でもミスズ先生は非難轟々だった。
「あんた、何言ってるんだ? なぜ犯罪者に許しを請うんだ? 犯罪者は捕まえて処罰する、これが社会の原則だ」

 そんな批判の声にミスズ先生は相変わらずの姿勢だった。
「ええと~、犯人を捕まえるというよりも、犯人に自首してもらうのが一番なんじゃないでしょうかっ。平和的解決を考えましょうよっ」

「あんた、それが可能だと思っているのか? ふざけているんじゃないのか? だとしたら最低な人だ。犠牲者に謝れ」
 コメンテーターの一人がつかみかからんばかりに怒鳴った。

「それこそ暴言ですっ。あなたこそ私に謝ってくださいっ。平和的解決のどこが間違ってますか? 平和を軽視しないでくださいっ」
 ミスズ先生も負けずに声を張り上げる。

 が、別のコメンテーターも負けてはいない。
「あなたのようなふざけた人に『平和』を語ってほしくありません」

「私、ふざけてませんっ。代表者として申し上げますがっ、『平和と人権を守る教職員連合会』は平和について、長年に渡って研究し、教育を施しているんですよっ」

「ええ、ですから『平和と人権を守る教職員連合会』にも大いに疑問を持ってます」

 ついに決定的な言葉がテレビを通じて全国に流れた。
 そう、誰しもがそう感じていた、ミスズ先生が所属している『平和と人権を守る教職員連合会』の胡散臭さに――

 もうトウアは、人々が身の危険を感じずに安全に生活できる社会ではなくなったのだ。そんな社会では『絶対平和主義』など単なる戯言、まやかしであり、現実味のない理想論だ。現実味のない理想は、自分たちの身を危うくするだけである。

 だが、その時ミスズ先生が一瞬だけ微笑んだ。それは「してやったり」という勝利の微笑みに見えた。バカっぽく見えたミスズ先生が怜悧な女に思えた瞬間だった。

   ・・・

 セイヤはテレビの中のそんなミスズを凝視した。
「ひょっとして、ミスズ先生って……」
「え?」
「……世間に『教職員連合会』の胡散臭さを知らしめるために、わざとやっている?」
 ミスズ先生はテレビを利用し、バカっぽさと無神経さを装い、実は『教職員連合会』をつぶそうとしているのでは、と一瞬思ってしまった。

「いや、考えすぎか……」
 セイヤはビールを飲み干した。お腹はすっかり満たされた。
「何よ?」
「いや、何でもない。ごちそうさま」
 そう言うとセイヤは食器を片づけに立ち上がった。早く休まないと、明日の仕事に差し支える。

 リサは騒がしいテレビを消した。静かで平穏な夜の空気が部屋を包む。
 その時、なぜだかこの何気ない日常生活を愛しく思った。
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