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旧作 作者:hayashi

シーズン3 第2章「消えゆく平和」

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ぬいぐるみと子ども無差別銃撃

挿絵(By みてみん)
 季節は初秋――とは言っても、まだまだ残暑が厳しく、熱中症への注意が呼びかけられていた。

 セイヤとリサのお待ちかねの休日。
 今日はリサが前々から欲しがっていたソファとテーブルをそろえようかという話になり、トウア中央都市ビル内にある百貨店に出かけることになっていた。
 前よりいくばくか広い部屋に越し、リサの涙ぐましい節約生活のおかげで貯金もけっこうできたので、これからはちょっぴり豊かな暮らしを目指していくことにしたのだ。

 玄関の横にかけてある鏡の前でリサはサングラスをかけた。『特戦部隊ヒロイン・リサ』はもう世間から忘れ去られたようだが、用心するに越したことはない。
 いつもと雰囲気を変えたいということで深紅の口紅もつけてみた。

 ちなみにこの口紅は、ルイが「たまには遊び心でこういうのをつけてみなさいよ」と言って、ずっと前にプレゼントしてくれたものだ。
 そのルイとは最近、当たり障りのない内容のメールのやりとりはしているものの、なかなか会う機会がなく、ましてやジャンを含め、4人で遊ぶことはあの『動物園』以来なかった。ルイとは少し距離ができたような気もし、リサは寂しく思っていた。

 でも今日は、セイヤとの久しぶりのお出かけで、リサの心は浮き浮きしていた。
「サングラスに深紅の口紅、なんか映画に出てくるミステリアスな女スパイ気分になっちゃうな~」
 爪には赤いマニキュアを塗っていた。マニキュアも口紅とセットでルイがくれたものだ。
 けど、色白のリサは、口紅にしろ、マニキュアにしろ、深紅を塗るとその部分が強烈に目立ち、ケバいを通り越し、そこだけ浮いて見えた。セイヤの感覚では似合っているとは言い難かった。

「あ、何か足りないと思ったら香水だわっ」
 ポンと手を打つとリサはまた部屋に戻ってしまった。

「香水なんて……そんなの持ってないだろ」
 香水なんかより、お風呂上りの石鹸の匂いのほうがいいよな~と思いつつ、セイヤは靴を履きながら、リサが身支度を終えるのを待った。

「う~ん、たしか香水もルイがくれたのがあったはずなのよ。どこにしまったっけ……もらったきり、使ってなかったからルイにも悪くて……」
 部屋のほうからリサのつぶやきが聞こえてきた。

 ルイのやつ、リサに似合わないものばかり寄こして……というか、オレの好みに合わないものばかり寄こして……と憮然としていたら、「あった、あった」という声と共に何だか強烈な匂いを身にまといながらリサが部屋から出てきた。

「さあ、行きましょ~」
 リサは張り切っていた。黒のタンクトップにジーパン姿だったが、胸元が開きすぎて白い肌が眩しく、あまりに扇情的だった。

 ジャンからは小ぶりだと残念がられるリサの胸だが、タンクトップ姿だと実に形良く盛り上がっている様が見て取れた。決して大きくはないが、言われるほど貧乳ではないのだ。先輩がこのプリンとしたリサの姿を見れば見直すだろう、いや見惚れてしまうかもしれない。下品な言い方をすれば『そそられる』だろう。

 しかし、それはそれで問題だ……ということで、セイヤにしてみれば、男の目を惹くような刺激的な格好で外を出歩いてほしくなかったが、リサが楽しそうにしているので渋々良しとした。

 中央都市ビルはトウア市内中心地に位置する、近代的な装いの大型複合施設だ。
 その中にある中央百貨店はけっこうな賑わいを見せていた。治安が悪化し、人々が外出を控えるようになり、各地で街の賑わいが消えていこうとする中、この中央都市ビル周辺だけはまだまだ健在だった。

「家具売り場は6階ね」
 セイヤとリサはエスカレータに乗った。エレベータはできるだけ乗らないようにしている。何かあった時、逃げ場がなく、脱出するのが困難な状況に陥る場合があるからだ。
 以前はそんなこと気にしなかったけど、この頃は、有事の際はどう逃げるか、どう身を守るかを考えて行動するようになった。

 エスカレータを乗り継いでいくと、子どもたちが大勢いるフロアーに上がった。
「おもちゃ売り場だね」
「子どもかあ……」
 セイヤは何気につぶやいてみたが、聞こえたのか聞こえなかったのかリサはスルーした。

 ……やっぱり、子どもを持つことはまだ考えられないのかな。ま、仕事あるし、こんな治安が悪化した中、子どもがいたら心配事が増えるだけだもんな……とセイヤは遠慮気にリサを見つつ、ため息をついた。まず治安が悪化しているトウアの今の状況を何とかしたい、それが先だった。
 が、そう思う一方で……子どもができると『授乳期間は胸が大きくなる』という話を聞いたことがあり、それはそれで興味があったりする……そんな不埒な思いも頭をよぎった。

「ここのフロアー、ちょっと寄ってみる?」
 リサに声をかけられて、セイヤは我に返った。その時、思わずリサの胸に目をやってしまい、すぐに逸らした。

 ……いかん、オレとしたことが、『不埒の王様』と言っても過言ではないジャン先輩の影響を受けまくっている、と反省しつつ……
 授乳期間は胸が大きくなるなんて、これこそ生命の神秘だ……その生命の神秘に触れてみたいだけなのだ、と心の中で言い訳をした。

 そんなセイヤをよそに、リサはこのおもちゃ売り場のフロアーで足をとめていた。
「ちょっと大きめのぬいぐるみが欲しいんだけど……ソファに座らせたらカワイイよね」
「ん……じゃあ、そっち先に見るか」
 とにかくリサのボディーガード役として買い物に付き合おうとセイヤは気を引き締めた。

 二人はおもちゃ売り場のフロアーを歩き、ぬいぐるみが置いてあるコーナーに入った。
 リサは『20パーセント割引セール』と銘打った大きなワゴンの中に、たくさんのぬいぐるみが積んであるのを見て、かけていたサングラスをおでこに乗せ、顔を輝かせていた。その中から、ぬいぐるみをあれこれ手に取り、吟味し、やっとこさ候補を絞った。
 最終的に『ゴリラ』と『ペンギン』のぬいぐるみが気に入ったらしく、どちらにするか悩んでいた。

「ゴリラはやめておけよ……誰かを思い出すだろ」
 セイヤが耳打ちしてきた。
「ん?」
「ジャン先輩が常にうちのソファを陣取っているかと思うとゾっとする」
「……たしかに。じゃ、ゴリラも捨てがたいけど、ペンギンにしようか」

 そう言ってリサがゴリラを手放した時、その後ろを目深に帽子を被ってサングラスをし、バックパックを背負った4人グループが通り過ぎていった。
 見た感じ中高校生くらいの少年3人と少女1人だったが、何だか気になったので、セイヤはそのまま目で追った。

 するとその4人は上着の内側から銃を取り出し、おもちゃを見ている子どもたちへ発砲し始めた。
「なっ?」
 何発もの銃声と共に、次々に倒れる子どもたちの姿が目に飛び込んできた。
 リサも持っていた『ペンギン』を置いて、びっくりした様子で振り返った。

 悲鳴が響き渡り、場内は騒然となった。床が子どもたちの血で染まっていく。
 4人組は無言で銃口を客に向けながら、逃走する。
 その周りにいた客は固まってしまい、犯人らから遠ざかるようにし、道を空けた。

 追いかけようとしたリサをセイヤは止めた。銃も防弾ベストも身に着けていないのに、犯人らを追いかけるのは危険だ。まずは治安局に通報し、犯人の外見や様子、人数、走り去った方向、拳銃を持ち発砲したことと、その被害状況を説明し、救急車を手配した。

 血だまりの中で、親たちが銃撃された子どもらをそれぞれ抱きかかえていた。ある者は泣き喚き、ある者は言葉をなくし、ただただ青ざめていた。

「許せない……」
 リサは怒りに顔を歪めながらも、以前セイヤに「決して無茶はしない」と約束した手前、そこに留まった。血に染まりながらピクピクと痙攣を起こしている子ども、全く反応を示さない子ども……その凄惨な姿を脳に刻みつけた。手前にあるのほほんとした表情のぬいぐるみが幻のようにかすむ。

 やがて警察捜査隊が到着し、逃走した犯人の捜索に動いた。パトロール隊が非常線を張り、客の保護に当たる。
 ジャンも駆けつけてきた。治安部隊専用のワゴン車に乗って、防弾ベストや銃など装備一式を持ってきてくれていた。
「緊急要請だ。オレら特命チームも参加する。お前ら、犯人の姿、見ているんだろ」
「はい」
 セイヤとリサはワゴン車の中で装備を整える。
 その間、運転席でジャンが苦々しい思いをぶつけるようにハンドルを握りしめ、ひとりごちていた。
「犯人は例の『トウアの未来をつぶす会』のシベリカ人グループか?……ついに子どもへ無差別銃撃かよ」

 これはもう決定的にシベリカ人とトウア人の間に修復不可能な深い溝を作るだろう。
 無差別に子どもを狙う『トウアの未来をつぶす運動』……憎しみを煽る一番効果的なやり方だ。一部の過激なシベリカ人を利用して、工作員がそう仕向けさせたのかもしれない。

「トウアではそう簡単に銃は手に入らないはず……しかも年端もいかない少年や少女に……」
 リサはホルスターに収めた銃に目をやった。
「工作員が関わっている可能性もあるが、一般のシベリカ人の間でも銃が密かに出回っているのかもな」
 前方を見つめ、ハンドルを握りしめ、ジャンは舌打ちした。

 そこでルッカー治安局長から連絡が入った。犯人らは繁華街の東外れにある『金属加工センター』が所有する倉庫に逃げ込み、警察捜査隊と特戦部隊がそこを取り囲み、犯人らを追い詰めたとのことだ。突入する場合は特戦部隊が動くことになるので、その補佐をしろという指示を受けた。

「オレたちも特戦部隊に合流することになった。今後は現場を仕切っているファン隊長に従えとのことだ。ま、特戦部隊はオレらの古巣だし、セイヤとリサは犯人を見ているからな……協力要請は当然だ。さてっ、行くか」

「金属加工センターの倉庫……」
 リサはつかの間ぼんやりと視線を遠くにやる。
 そう、そこはリサの兄が殺された銀行があった場所だった。銀行は移転し、建物は取り壊され、今は『金属加工センター』が所有する倉庫となっている。

「大丈夫か」
 セイヤがリサの肩に手を置いた。
「うん」
 リサはハッとしたように、しっかりと頷いた。

 3人は治安部隊専用ワゴン車で『金属加工センター』の倉庫へ向かった。
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