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旧作 作者:hayashi

シーズン3 第1章「憎しみの連鎖」

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歪んでいくトウア

 むせかえるような空気に、ねっとりと暑苦しさを覚える真夏の夜だった。

 ここは中央地区トウア市にある公民館――
 警備員は見回りを始めた。以前起きた中学校爆破事件で多くの子どもが亡くなったことから、トウア国内にある各学校や公共施設には民間の警備員が配置されるようになった。

 その公民館の一室で、今日も夜遅くまで『愛国市民団体』の会合が行われていた。
 今国会で審議される『移民規制』『国家治安維持法』『スパイ防止法』および『自白剤の使用条件のハードルを下げる法案』に賛成すべく、デモ活動で訴えようということで、デモの告知方法や配るビラの内容、演説内容などについての話し合いが持たれていた。
 熱く意見が交わされ、会議に出席していた8名のメンバーは昂揚していた。
 ……なので、ちょっとした物音も気にならなかったのだろう。

 突然、部屋の電灯が消えた。
「停電か?」
 しかし、窓の外からは煌々と灯る家々の窓や外灯の様子が見て取れた。
「ブレーカーが落ちたのか」

 その時、ドアが静かに開いた。目が暗さに慣れていない中でざわめいていた彼らは、すぐにこれに気づくことはなかった。

 何かうめき声が聞こえ、不審に思った一人のメンバーの顔に何か液体のようなものがかかった。
 それは何だか鉄臭い感じがした。

 異変を察した時は遅かった。すでにそのメンバーも同じ液体を頸部から噴出させていた。叫び声を上げる暇もなかった。
 その鉄臭い液体が床を這う。

 まだ魔の手にかかっていない者たちは異変を感じ、ドアの方向へ逃げた。
 しかし、ドアには誰かが立ちふさがっていた。

 ようやく暗闇に目が慣れてきたメンバーが見たのは、少女らしき姿だった。
 その少女が近づいてくる……それが彼の最期の記憶として残った光景だった。

 別のメンバーが叫び声を上げようとした。が、その背後からナイフが襲った。
 辺りは生臭い空気に包まれていった。

   ・・・・・・・・・・

 朝のテレビでは、公民館で起こった「1人の警備員と8人の愛国市民団体会員殺害事件」が報道されていた。

 事件の現場となった公民館の廊下には警備員1人、会議を行っていたという部屋には8人の、いずれも頸部を鋭利な刃物で切られた死体が転がっていたという。監視カメラの存在を知っていたのか、犯人はカメラにスプレーをかけ、姿を映させなかったようだ。
 現場となった部屋の黒板には『反トウア革命団参上』と大きく書かれていた。

 ちなみに、この事件も警察捜査隊が動くこととなり、ジャンたち特命チームにはお呼びがかからなかった。工作員の犯行かどうかも分からず、捜査班は犯人像の絞込みに苦労していた。

 だが、この会合に参加せず命拾いをした『愛国市民団体』の者たちは、シベリカ人の若者で構成される『反トウアグループ』の仕業だとし、シベリカ人排斥運動へとつなげようとしていた。ただし、身の危険があるので表立ってのデモはやらず、匿名性の高いインターネットを使って「我々はシベリカに負けない」「シベリカ人を追い出さない限り、こういった犯罪は続く」と訴えた。
 ネット上では多くのトウア人が彼らに賛同した。

 学校や一般企業、地域社会ではシベリカ人への陰湿な虐め問題がさらに深刻化した。
 また、シベリカ人がやったと見せかけるような犯罪を一部のトウア人が起こすようになり、愉快犯も増え、治安の悪化は留まることを知らなかった。
 何か犯罪が起きたら、真っ先にシベリカ人が疑われるようになり……やがて、そんなトウア人に反感を持つシベリカ人の一部の若者らは暴走した。『トウア人狩』と称して、トウア人への無差別暴行がなされるようになり、死傷者を出した。

 こうして――トウア人はさらにシベリカ人を嫌悪するようになり、憎しみはさらなる憎しみを生み、犯罪を生んだ。
 ――殺伐とした空気の重みが、人々を歪ませていくようだった。

 人員不足の治安部隊はこれら犯罪を抑止できず、検挙率も落ち、軽犯罪については野放し状態となった。

 そしてついに――
 シベリカ人少年による中学校での銃乱射事件が発生する。

 この中学校で虐めにあっていた少年は4丁の銃を持ち、学校の先生や生徒8名を撃ち殺し、6名に重傷を負わせた後、同級生らを人質に教室に立てこもった。

 少年の要求は「今現在、拘置所、留置所、刑務所にいるシベリカ人全員を解放すること」だった。
 シベリカ人の若者の間では「今国会で、自白剤使用条件のハードルが下がる法案やスパイ防止法改正案が可決されれば、シベリカ人は罪をでっち上げられて捕まり、自白剤を打たれ、廃人にさせられる」とウワサされていた。

 この件ではファン隊長率いる特戦部隊が出動することになった。
 相手は少年であり、銃をどこから手に入れたのか明らかにする必要があり、確保が望まれた。

 だが特戦部隊が動く前に、少年は人質にした同級生らを何人か撃ち、最後に拳銃を口にくわえ自殺した。
 現場は凄惨を極め、少年の血に染まった脳みその断片が教室の壁に張り付いていた。

 その様を見せられた生き残った同級生たちの多くはその後、精神を病んだ。

 少年は最初から自殺を考えていたようだった。自分の要求が通るはずがないことも分かっていた。
 そう、少年の目的は、世間の注目を浴びて、自分の訴えがテレビで報道されることだった。教室の黒板に「シベリカ人よ、立ち上がれ。トウア人に屈するな」とメッセージを遺していた。

 なお少年が持っていた4丁の銃は、例のパトロール隊が襲われ盗られた銃だったことが分かった。当然、少年1人でパトロール隊を襲って銃を盗ることは不可能であり、その入手経路はこれから捜査される。

 それから――
 少年の思惑通り、この事件は一部のシベリカ人の若者を奮起させ、ついには『トウアの未来をつぶす運動』と称して、トウア人の子どもを狙う犯罪が頻発するようになった。

 もちろん、こんなバカなことはやめるようと呼びかけるシベリカ人もたくさんいたが、そんなシベリカ人にはどこかしらから「アンモン教授の二の舞になりたいか」という旨の脅迫文が届くようになり……やがて、暴走する若者を止めようとするシベリカ人は少なくなり、トウア人と仲良く共生しようと呼びかける声は消えていった。

 一方、シベリカ人少年による銃乱射事件で犠牲になった生徒たちの親を中心に、トウア市民らの「シベリカ人はトウアから出ていけ運動」の輪は大きくなり、憎悪の連鎖は止まらなかった。
『シベリカ人街』から離れたところに住んでいたシベリカ人は、トウア人の中では暮らしづらくなり、『シベリカ人街』へ引っ越してくる者が急増した。
 反対に『シベリカ人街』区域に住んでいたトウア人はそこから出る者が増え、シベリカ人とトウア人の交流は少なくなり、お互い、距離を置くようになってしまった。

 またトウア世論は、より強硬なスパイ防止法、国家治安維持法施行を望むようになっていた。治安部隊と軍の強化もしかりだ。
「これらの法案が次の国会で可決されて施行される来年までとても待てない。もっと早くできないのか」「治安部隊の人員を増やし、強化しろ」「シベリカ人への公安の監視を徹底させろ」という声が圧倒的だった。

 そんな中、サハー氏は「危険だ。時間をかけて慎重に審議すべき法案だ」と反対したが、そんなサハー氏はいつしか「トウアの敵」「シベリカのスパイ」「売国奴」と揶揄されるようになった。

 ミスズ先生もサハー氏の応援をしようとするものの、その発言内容は――
「シベリカ人によるこのような犯罪が起きるようになったそもそもの原因は、トウア人がシベリカ人を虐めたからですっ。トウア人がまず反省すべきですっ。反省こそが平和につながるんですっ」
「治安部隊や軍を強化するのはケンカを売っているようなものですっ。今こそ武器を捨てる勇気が必要ですっ」
「トウア人はいつから平和と人権を軽視するようになったんでしょうかっ。私はそんなトウアを悲しく思いますっ。今、私はトウア人であることが恥ずかしいですっ」
 ――というもので多くのトウア人から反感を買っていた。

 当然ながら「ミスズがトウアから出て行け」「お前の平和主義がトウア人の犠牲者を増やす」という反応が多く、ミスズ先生は『平和』『人権』という言葉を胡散臭いものにしてしまっただけだった。

・・・

「このミスズセンセって何だかヘン……これだけトウア人の犠牲者が出ている中、一方的にトウア人のほうが悪いなんて発言をすれば叩かれるに決まっているのに」
 セイヤとリサはテレビを見ながら朝食を食べていた。
 出勤時刻まで1時間の余裕があった。

 実は先日、引っ越したのだが、そのマンションが治安局へ歩いて10分という近さなので、通勤に時間がかかることがなく、朝は比較的ゆっくりできるようになったのだ。日増しに悪くなっていく治安に、以前住んでいたマンションでは心許なり、セキュリティがしっかりしているところに住居を移したのだった。

 二人の新しい住まいとなったマンションは海からは離れてしまったものの、人通りの多いところにあり、人目があるので犯罪に巻き込まれるリスクが少ない。裏を返せば、そういうことに気を使わなければいけないほど、トウア社会は不安定になっていた。

 テレビのワイドショーでは、ほかのコメンテーターからも白い目で見られつつ、ミスズ先生は「シベリカ人がこういう犯罪を起こした理由や事情を考えたことありますかっ? トウアの人がそうさせたと思いませんかっ?」と暴走していた。
 さすがに司会者が「理由はどうあれ、銃の乱射は許されません。被害者の心情を思いやってくださいませんか」とミスズ先生に釘を刺した。

 リサはパンを頬張りながら、覚めた目でテレビの中のミスズ先生を見つめる。
「おかげで、ミスズセンセが所属している『平和と人権を守る教職員連合会』も胡散臭い目で見られるようになっているし、センセに応援されているサハー氏も『おかしなミスズの仲間』っていうイメージになりつつあるし……お仲間の足を引っ張っちゃっているよね~、センセ」

「……まあな……」
 セイヤの短い相槌を受けて、リサのおしゃべりは続く。
「番組も何でミスズセンセみたいなのを出すんだろうね。また苦情の電話やメールやファックスが殺到しているよ」
「ああいうのを出すと視聴率がとれるからだろう……」
「たしかに……今日はどんな爆弾発言をやらかすんだろう、と思って見ちゃうのかもね……おっと、いつまでもゆっくりしてられないっ」

 リサはパンを口に押し込み牛乳で流すと、席を立ち、食器を流し台に運んだ。
 セイヤも釣られるように立ち上がり、テレビを消す。そして、流し台に積まれた食器の汚れをお湯で流しながら、「皿洗いは帰ってきてからだな」とひとりごち、バタバタしながら出勤準備を始めた。

 これだけ凄惨な事件が続くと、リサもセイヤも慣れっこになってしまい――事件直後はそれなりにショックを受けるが、だからと言ってそれを長く引きずることはなくなった。
 そして、そのショックの度合いも、かつての地下鉄爆破事件、中学校爆破事件の時よりも薄まっている。

 今では、どんな悲惨な現場を見た後でも、何も感じずにミンチされたハンバーグや血が滴るステーキ肉を平気で食べられるようになった。
 だが、そのくらいの図太さがなければ、この仕事は長続きしない。工作員らとの戦いにも勝てないだろう。

「ま、不感症になった、とも言えるかもな」
 セイヤは自嘲気味にひとりごちた。

 ……オレのメンタルは、目的のためなら何でも犠牲にできる計算高い冷徹なシベリカに一番近い。もともと持っているオレの素質なのか、こういう仕事をしている環境のせいなのか……

 そう思った時、セイヤはなぜか肉が食いたくなった。今晩の夕飯は肉だ。リサにお願いしよう。
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