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旧作 作者:hayashi

シーズン2 第4章「特命チーム」

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再びの襲撃

 季節は晩秋へと移り変わっていた。
 あれだけ騒がしかった蝉の声が消え、夏の残り香はすっかりなくなり、木々の葉が色づき、その隙間を風が吹き抜けていく。

 シベリカ人への暴行事件のニュースがまた流れていた。トウア人らの学校でシベリカ人の子どもに対するイジメ問題も深刻化していった。

 シベリカ国への警戒は必要だし、工作員の取り締まりも強化すべきだが、トウアに住んでいる一般シベリカ人はそれとは関係ない。が、もしや工作員なのでは? という疑心暗鬼がシベリカ人差別を助長させるのだろうか……シベリカ国への警戒心からシベリカ人への嫌悪感が生まれているのかもしれない。

 その『反シベリカ』への流れを作り出したのはルイ・アイーダだということで、アサト・サハー氏のほかに、『外国人の人権を守る市民団体』もルイ・アイーダを名指しで非難するようになり、世間は『ルイ派』『反ルイ派』の対立を面白がっている向きもあった。

『この頃、人権って言葉も安っぽくなった気がするよね』
 リサと電話でおしゃべりしていたルイは深いため息をつく。
「……ルイ、大丈夫?」
『うん、心配しないで。リサたちのアドバイス通りにしているよ。移動はほとんど車にしているし、出先ではできるだけ一人でいることを避けているし、口に入るものも気をつけて外食は控えているし、自宅はセキュリティ万全だし、できるだけ早い時間に帰宅するように心がけているから』
「私たちへの定期的な連絡は怠らないでね。スケジュールや予定もちゃんと知らせてよね」
『分かってるって』

 電話口でのルイの声は明るかった。

   ・・・・・・・・・・

 それから――さらに季節は移りゆき――

 冬が顔を覗かせる寒空の日、テレビ番組の収録が押してしまい、ルイは夜遅くにタクシーで帰途に着いた。
 人のいない道を外灯が照らす。タクシーを降り、自宅マンションへ入ろうとしたその時、マンションの横にある植え込みの陰から、一人の覆面をした男が現われた。タクシーはもう走り去った後だった。

 覆面男とルイの間は10メートルもなかった。

 マンション内はセキュリティ万全だが、マンションの入り口玄関に入っても、そこから部屋の暗証番号を入力し、鍵を差し込まなければ、中扉は開かない。
 周りは住宅地で、まだ窓から灯りが燈っている家もあったが、その窓は閉め切られており、この異変を感じることができた住民はいないだろう。

 男にすぐに気がついたルイは5歩程反対方向に逃げたが、しゃがみ込んでしまった。
 犯人が近づいてくる。

 そして……乾いた銃声。

 地面には血の染みが点々と咲き、その上に硬質な音が被さった。サバイバルナイフが落ちたのだ。
 男は膝をつく。

 そこには銃を手にした無表情のリサがいた。
「待っていたよ」
 銃を構えながら男に近寄り、地面に落ちているナイフを遠くに蹴った。

 セイヤとジャンも姿を現した。
 男は右肩を撃たれていた。ジャンとセイヤも銃を構えていたが、犯人を仕留めたのはリサだった。

「やっぱり、この機会に乗じて襲ってきたか……」
 セイヤが冷ややかに男を見下ろす。
「おそらく『ルイ・アイーダを恨む一般シベリカ人』を装うだろうが、工作員だ」

 ルイが襲われる前、この実行犯以外にも複数の工作員らしきものが動いていたことは、公安の捜査で分かっていた。一般シベリカ人個人の犯罪ではなく、組織立った犯罪なのは明らかだった。

 ジャンは犯人に手錠をかけ、怪我の様子を見る。治療を施した後、この件に協力してくれた公安隊に身柄を引き渡す予定だ。
 今も密かに公安が張っているはずだが、表に姿を現すことはなかった。

「大丈夫?」
 リサは地面に伏していたルイに怪我がないかを確かめた。ルイは震えていたが元気そうだった。
「ありがとう……リサ、カッコよかったよ」
 ルイは自分を奮い立たせるようにニカ~っと笑った。

   ・・・・・・・・・・

 ルイ・アイーダが襲われたこの事件も、世間を大いに騒がせた。皆、取材したがったが、ルイはまずアントン・ダラーに独占インタビューをさせた。これにより、アントンはライターとしての知名度を確かなものにした。

 ルイを襲った犯人はシベリカ工作員の疑いがあることが報道されると、世間の空気は完全に『反シベリカ』となり、「移民の規制と治安部隊を強化せよ」という声が高まった。そして「軍も強化したほうがいいのでは」という声も出始めた。
 いつもは治安部隊と軍を敵視している平和系市民団体も、「治安部隊と軍を強化せよ」というトウア世論の流れに逆らえなかった。反論すれば売国奴扱いされる始末だった。

 ――来年度は治安部隊と軍関連予算が大幅にアップされるだろう。
 治安局と軍のトップらは密かに勝利の祝杯をあげていた。

   ・・・・・・・・・・

 一方、サギーは『トウアにおける世論操作工作』に完全に失敗したことを認識していた。
 これまでの工作の目的は『トウア国の治安部隊と軍を弱体化させること』だった。しかし全て裏目に出てしまった。しかも『シベリカ国工作員の存在』を、多くのトウア国民に疑われるようになってしまった。

「完敗ね……」
 トウアの各マスメディアの報道内容をチェックし終わったサギーの顔は歪んだ。ただ、それでもルイを始末しておいたほうがいいと思っていた。放っておけば必ずルイの存在はシベリカにとって大きな脅威になる……
 しかし、いつまでもルイにこだわっていられなかった。『上』からの指示で、次の段階に進まざるを得なかった。本当ならばトウアの治安部隊と軍をもっと弱体化させてから進むべきステージだったが仕方ない。

 ……次はもう失敗は許されない……

   ・・・・・・・・・・

 ルイを襲った犯人の身柄は、公安隊の預かりとなった。

 その後の調べにより、犯人は不法入国していたシベリカ人であることが分かった。が、例により工作員である証拠は挙がらなかった。犯人は「ルイ・アイーダを懲らしめようとして犯行に及んだ」という供述を繰り返すだけだった。

 ルイ・アイーダを監視していたシベリカ人グループも、とりあえず『不法滞在』でひっぱってきたが、同じく「ルイ・アイーダに天誅を下そうと思って、仲間を募って犯行に及んだ」とし、自分達は一般シベリカ人であり『工作員』などという存在は知らない、と言い張った。

 この前の、シベリカ系船舶会社をはじめとするルイ拉致事件の被疑者らも、ルッカー治安局長の判断で最終的に公安の預かりとなっていたが――こちらも新しい供述は取れず、あるいは供述が二転三転したりして、捜査はあまり進んでいなかった。
 おまけに拉致実行犯は未だ見つかっていない。

 そんな犯人=被疑者に対し、公安は自白剤の使用許可を求めた。
 が、自白剤使用は原則禁止であり、特別許可が降りるまで相当の手続きを踏まなければならず、時間が長くかかりそうだった。

 ルッカー治安局長は以前より、自白剤使用条件について、もっとハードルを下げるような法改正を政府に求め、要望書を提出していた。その甲斐があってか、与党である民主平和党が閣議決定し、ようやく国会で審議される運びとなっていた。

 ほかにも公安にもっと権限を持たせるスパイ防止法や国家治安維持法に関する法整備が進められようとしている。
 問題はこのことを世間が知った時、世論がどう動くか、である。人権関連の市民団体は反対するだろう。しかし、今のトウア世論であれば、自白剤使用に賛成するほうに傾くはずだ。世論の後押しがあれば、この法案は通るだろう。そして、なし崩し的にスパイ防止法や国家治安維持法の内容も改正されるはずだ……

 治安局長室では様々な報告書を前に、ルッカーはひとり、笑みを浮かべていた。
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