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旧作 作者:hayashi

シーズン2 第3章「拉致」

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和解(続き)

 その後――木刀事件の記事が週刊誌に載った時からアントンとセイヤのことを気にしていたルイに、リサは『和解』の報告をした。
 すると、ルイもアントンと話をしてみたいと言い出した。

 ルイはアントンを毛嫌いしていたが、「これ以上、敵を増やさないほうがいいと思って和解を申し出た」と言うリサの言葉を聞き、考え直した。いや、アントンを嫌っていたからこそ、どうせならとことん利用してやろうとも思った。

 そう、アントンはライターであり、マスメディア側の人間だ。マスコミ関係者との人脈もある。
 情報戦を仕掛けてくるシベリカとの戦いは、マスメディアをいかに利用し、世論を味方につけられるかにもかかっている。ならばアントンとつながるのは悪くない選択だった。

 アントンが計算高い人間であれば、こちらの取引に応じるだろう。協力を得られるのであれば、そういった仲間は多いほうがいい。

 ルイは、アントンを損得勘定で動く人間だと判断していた。損得勘定で動くから、セイヤの反撃を受けた後はイジメをやめた。もし損得勘定で動かず、自尊心で動く人間であれば、あの後、プライドを傷つけられたとしてセイヤに仕返ししたはずだ。

 そう考えたルイは、アントンに取引を持ちかけてみた。
 マハート氏暗殺未遂事件の後、おそらく自分の身に何かが起こる、大きなモノが釣れるはずだと。だから自分を見張り、自分の身に何か起こった時、セイヤとリサに知らせ、治安局への通報のタイミングについては彼らと相談してくれと。事件後、ルイ・アイーダへの独占インタビューはアントン・ダラーにやらせると。報酬も出すから、こちらに協力してくれと。

 そんなルイの考えに対し、セイヤは当初、形だけの和解したとはいえアントンと組むことに反対した。アントンは信用できない、裏切る可能性もある、最悪シベリカ側とつながる可能性もあると慎重だった。

 しかし、それについてはルイは抜かりなく、すでにアントンの身辺調査も行っていた。今のところ、サギーら工作員とつながっている可能性は低かった。

「アントンが信用できるかどうかよりも、計算高い人間かどうかが重要だ」とルイはセイヤを説得した。

 計算高い人間のほうが動かしやすい。もし仮に、アントンにサギーなどのシベリカ工作員が近づき、取引を持ちかけたとしても……情報漏れを防ぐため口封じをする可能性が高いシベリカ工作員らよりも、そこそこ良い条件を出す安全な自分たちにつくはずだと。

 アントンは、あっさりとこちらの取引に応じた。
 ルイの見立て通り、アントンは計算高く実利をとることを優先する人間だった。そういう面では現実的であり、セイヤと似ているところがあった。

 セイヤは、ルイを見張る人間をもう1人置くことを条件に、アントンとも取引をすることを認めた。これでアントンがどう動くのか、これから使えるのかを見極めることにした。
 もちろん、アントンには必要最小限の情報しか与えず、『ルイを見張ること』『何か起きたら、証拠を押さえ、セイヤに知らせること』『その時々のセイヤの指示に従うこと』だけを話し、作戦そのものの話はしていない。敵がシベリカ工作員であることも知らせなかった。アントンが裏切り、敵と通じることを最も警戒した。
 ちなみに、もう1人の見張りにもアントン同様、最低限の情報しか与えていない。

 アントンはビジネスライクな男だった。詳細を知ろうとはせず、報酬さえもらえれば良かったようだ。
 結果、裏切ることも仕事を投げ出すこともせず、期待以上に働いてくれた。拉致の証拠の写真もきちんと押さえ、見張りや尾行などプロの探偵並みで、その腕はなかなか使えそうだった。

 ルイから報酬を受け取ったアントンは帰り際、セイヤにポツリと漏らした。
「あの時……お前の親が写っている写真に落書きした時な、お前があんなに怒るとは思わなかった。だって、お前はそれまでもあまり怒ることなかったしな。オレにしてみりゃ、あれもちょっとした悪戯だった……」
 セイヤは反応は示さず、黙って耳を傾けた。
 アントンは続けた。
「オレは皆と違って、親が亡くなったからあそこに預けられていたわけじゃなく……親から捨てられた……親は今もたぶん元気だ。会ってないから分からねえけどな。
 親との思い出なんて、殴られたり蹴られたり、タバコの火でヤケドさせられたり、怒鳴られたり……食事すらまともに与えてもらえなかった……そんな記憶しか残ってない。
 だから、親が写っている写真に落書きしたのって、そんなに悪いことだったのか……今でも分からねえ。
 もちろん、お前のアソコにいたずら描きしたのはやりすぎたかもしれない。お前が切れるのも理解できる。ま、あの時はオレも悪乗りしちまったんだ。
 でも、その前の写真の件については……悪かったとは思えねえ……」

 それを聞いたセイヤは、短い間だったとはいえ家族に愛され育てられた自分はアントンに較べて幸せだったのかも、と思いを巡らせていた。

 ――アントンとはたぶん友人にはなれないだろう。
 だが、取引でつながる仲間にならばなれるかもしれない。
 組むのであれば、なまじ性格が良くて相手に騙されるような善良な人間よりも、性格が悪くても猜疑心と警戒心が強く計算高い人間のほうがいい。そのくらいの人間でなければ、サギーやシベリカ工作らと渡り合えない。

「あのヒロイン様がお前のために、わざわざオレに謝罪にきた時は正直びっくりした。お前は絶対的な味方を得たんだな……」
 アントンはセイヤに背を向け、独り言のようにそうつぶやくと、ルイのマンションから去っていった。

   ・・・・・・・・・・

 しばらくルイとおしゃべりを楽しんだ後、セイヤとリサも帰途に着いた。
 街は夜の色に染まっていたが、西空は茜色の残照が映し出され、未だ昼間の熱気が強い残り香となって漂っていた。生ぬるい微風が頬を撫でていく。

 リサは隣を歩くセイヤにふと漏らす。
「私たち、まだ全然勝ってないよね」
「ああ」

 そう、このルイ・アイーダの拉致監禁事件と、地下鉄中央駅爆破事件とその後の爆破予告事件、ホテル爆破およびマハート氏暗殺未遂事件との確固たる関連性までは突き止められなかった。爆破事件および爆破予告と暗殺未遂事件がシベリカ工作員によるものだったという証拠も上がらなかった。犯人も見つかっていない。

 ルイ・アイーダ拉致監禁事件のみ、シベリカ系船舶会社が関連していたが――
 なぜルイ・アイーダをそのような目に合わせたのかという理由については「ルイ・アイーダがシベリカを敵視する差別発言を繰り返すので、シベリカの良さを分かってもらうため、シベリカに連れて行こうと思い、ちょっと手荒な手段を講じてしまった」という説明しかされず、シベリカ国の関与やシベリカ工作員の存在を示す自供は得られてなかった。
 拉致実行犯も捕まっていない。すでにシベリカへ、少なくとも海外へ逃亡した可能性も高かった。
 それでもこの犯罪が組織的であったと証明されただけでも大きな前進だった。シベリカ国の関与やシベリカ工作員の存在が疑われるとし、いよいよ公安隊が本腰を入れることになった。
 ただ、それらがサギーと関係している証拠は結局上がらず、サギーは容疑者にもなりえなかった。
 息苦しく感じさせる真夏の熱気が、事件未解決の気持ち悪さと不気味さを増幅させていた。


 その後、アントン・ダラーによるルイ・アイーダの独占インタビュー記事が、トウア国でもっとも発行部数が高い週刊誌に載った。トップで大きな扱いであった。
 先日の拉致事件のことを中心に、シベリカ工作員の存在を臭わし、これまで世間を揺るがせた大事件を絡めながら、ルイのシベリカへの警戒を呼びかける主張が全面に押し出されていた。

 世間の関心が高かった『ルイ・アイーダ拉致事件』についての独占インタビューは話題になり、アントン・ダラーはフリーライターとしての知名度を上げた。

 そしてトウア世論は『反シベリカ』の空気に染まった。

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